第109話

文字数 1,340文字

 後ろを見ると、ここからでも水淼の大龍の姿がわかる。雲一つない空へと想像を絶する巨大な一本の水色の柱が海水をまき散らし遥か彼方まで伸びていた。
 北龍から聞いたんだけど、ここではよくある景色なんだってさ。だけど、退治しないと東龍や乙姫たちは生存できないんだって北龍が熱心に言う。俺でも龍たちが水が必要なことはわかる。全ての命の脅威は水を失うだけではないっていうし。それもなんとなくわかる気がするんだ。
 だから俺は決意と共に、居合い腰ではなく。雨の村雲の剣を抜刀し仁王立ちをした。水淼の大龍に背を向け。タケルになって、ありったけの気を開放した。今から龍尾返しを放つ。だけど、まだ未完成のはずだ。
 タケルの気が極限まで高まると、四海竜王や魚人たちが脅威を感じたのか、それぞれ水淼の大龍から物凄い勢いで離れていった。いや、正確には俺や海から離れている。北龍と南龍は人間の姿に戻って、竜宮城の城下町まで走っていった。
 西龍も砂浜に上がり必死に海から離れた。ただ東龍だけは俺の傍で興味津々だった。
 俺は振りかぶった。
 綺麗に弧を描いた刀の切っ先は、正面の海面にズン。と不気味な音と共に見事海水を水平線まで斬った。まるで、海を刀で斬る技のようだけど。
 海面は瞬時に膨張するかのように両側から海水が天へと断末魔のような噴出をしていく。俺は見事大海のど真ん中に巨大な穴を開けた。これが恐ろしい技。幻の剣。はて? 鬼姫さんから教わった龍尾返しってこんな技だったっけ? きっと、タケルが独自に俺に内緒で産み出したのだろう。
 ああ、そうだ。まだ未完成だったからか……。
 大きなな体長300メートルの海蛇やタコ。七色の美しい魚までもが天へと噴出する海水と共に登っていく。
 それと同時に瞬く間に水淼の大龍の姿が消えた。
 勿論、遥か遥か下方へと……。

 ここ地球とは違い水の惑星の海には底というものは考えない方がいいっていうし。
 奈落の底へと落ちた水淼の大龍はどうなったのかはわからない。恐らく底にはまだ並々ならぬ海水があるはずだし。そうだなまだ無傷で、脅威は完全には去っていない。
「おおー! これが新しい武の技か! 強くなったな。武よ」
 東龍は大穴の空いた大海をしばらく眺めている。天空には美しい七色の魚群が宙を泳いでいる。スカイブルーのクラゲ、金色のエビなどが舞っていた。すぐに豪雨のような元は海水だった雨が辺りに降り注いだ。
「はあ、疲れた……」
「武。お前強いな。一万年くらい生きていたがお前みたいな奴は見たこともない。お前のおかげで地球に住んでみたいと初めて思ったぜ! なあ、後で城下町の薄谷に行こうぜ。そこには酒と団子があって、かなり美味いんだ。そうだ南龍も誘おう。小さい身体だけど大食いだぞ。俺と同じくその店の常連でさ」
 本当に疲れた俺は東龍に連れられ、竜宮城の城下町へとたどたどしく歩きだした。なんでも薄谷って店に行くんだって。おおよそ3千年前からある老舗で、昔は乙姫もよく通っている有名な店なんだって。そこで、俺を休ませると同時にもてなしてくれる。
 武家屋敷や出店などが目立つ。未だ賑わう城下町を、夜を迎える準備の提灯が町の魚人たちによって所々に掛けられ、俺は幻想的な竜宮城の城下町の一面を覗いた。
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登場人物紹介

山門 武。

麻生の幼馴染で文武両道だが、どこかしら抜けている。

「俺、変わらないから。そう……いつまでも……」

麻生 弥生。

武の幼馴染で学園トップの美少女。

「私は武と誰もいないところへ行きたい……例え、日本を捨てても……」

高取 里奈。

タロットカード占いが大人顔負けの的中率の不思議な女。

「明後日には辿り着いているわ。その存在しないはずの神社に」

武に世界を救うという使命を告げる。

湯築 沙羅。

運動神経抜群で陸上県大会二年連続優勝者。

過去に辛い失恋の経験があるが、二番目の恋は武だった。


鬼姫。

鬼神を祀る巫女。剣術、気、ともに最強。

蓮姫。

海神を祀る巫女。神出鬼没な槍技の使い手。

地姫。

白蛇を祀る巫女。雷や口寄せなど随一の不思議な力を持っている。

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