第111話

文字数 1,306文字

 東龍が言うには、水淼の大龍退治は城下町のどこからも見えたので。あんな凄い大技とあっては、皆の気を引くどころじゃないんだ。とも言う。
 夜空に浮かぶ三つの月の中央に、一際大きな流れ星が落ちている。外はもう深夜の深い闇の中だった。薄屋の喧騒は夜通し賑やかで。
 俺も少しは酒を飲みたいなと思った。
「凄い技ね。何て名前の技なの?」
 ミンリンは俺の傍へ来て顔を覗いてきた。
「え?! ああ……。幻の剣っていうんだ」
 俺は極度の集中から平常へ戻りお茶と団子を楽しみながら話そうとした。
「へえ……。ねえ、まさかとは思うけれど、その技で水晶宮の竜王と戦ってくれるのよね」
「ああ。そうだけど」
 俺は自分でも落ち着かない態度をしている。気恥ずかしく。とても嬉しかった。褒められ慣れていないんだ。
「やったわー! これで竜宮城も安泰ね。でも、3千年くらい生きてきたけど、本当に初めて見る技よ。海が全部無くなっちゃうんだもんね。あんたおいくつなの? え? 17? その若さで……。ねえ、当然、師匠はいるのよね?」
「ああ……います」
 ミンリンが盆をテーブルに置き俺の隣の席に座ると、東龍がミンリンの肩に勢いよく抱きついた。ミンリンはそれを軽くあしらった。
「ねえ、どんな人なの。その師匠って? きっと、あなたよりも数段強いのよね」
「ああ。鬼姫さんっていうんだ。当然、俺よりも凄く強いんだ」
 俺はお茶で口に含んだ団子を押し流して、はにかんだ。
 南龍は黙々と食べていた。
 周りの魚人たちも、きっと俺には麻生がいることを十分に知っているはずだし。でも、そういえば、ここ薄屋にいる女性も辺りを見回してみると、みんな俺を見つめていた。
「へえー」
 俺の顔を覗くミンリンの顔は朱色に染まっていた。
「あ、竜王はどんな姿をしているのか。ミンリンさんは聞いたことはありますか?」
 俺はあいつを守るには、最終目標が竜王を何とかしないといけないんだと考えていた。
 ミンリンも東龍、南龍、周りの魚人たちも皆、一斉に沈黙した。
「へ? 俺、何かマズイこと聞いた……? ミンリンさん? でいいんですよね?」
「武よ……。四海竜王も乙姫様も皆、竜王の姿を見たことは一度もないんだ……」
「なんだか……急に……俺、寒くなってきた。いや、竜王は想像を遥かに超えた強さの持ち主なのはわかるんだ……直観だけど……」
「ほんとだな……」
 東龍もゆっくりと頷いた。
 歴戦の勇者の東龍が言うのだから。みんな同じ気持ちなんだろう。
 再び沈黙が包み込んだ薄屋の店の奥から、店主が手を滑らせ徳利がコトリと倒れる音が響いた。

 薄屋でとても楽しんだ後。
 俺は竜宮城内にある客間「秋の間」を借りてひと眠りしようとした。客間も春夏秋冬とあって十畳くらいの広い部屋だった。水色の布団が中央にある。その周りには部屋の飾りは全て青色の珊瑚でできている。数枚の嵌めこみ窓には金魚が部屋を一周するかのように回遊していた。
 部屋全体は透明な水泡が床から天井まで昇って、天井は水藻が覆っている。
 綺麗な部屋だし、このまま住んでみるのもいいかもな。
 ふと、布団から薄目で扉の方を見ると、俺は乙姫がこちらを見ているのに気が付いた。
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登場人物紹介

山門 武。

麻生の幼馴染で文武両道だが、どこかしら抜けている。

「俺、変わらないから。そう……いつまでも……」

麻生 弥生。

武の幼馴染で学園トップの美少女。

「私は武と誰もいないところへ行きたい……例え、日本を捨てても……」

高取 里奈。

タロットカード占いが大人顔負けの的中率の不思議な女。

「明後日には辿り着いているわ。その存在しないはずの神社に」

武に世界を救うという使命を告げる。

湯築 沙羅。

運動神経抜群で陸上県大会二年連続優勝者。

過去に辛い失恋の経験があるが、二番目の恋は武だった。


鬼姫。

鬼神を祀る巫女。剣術、気、ともに最強。

蓮姫。

海神を祀る巫女。神出鬼没な槍技の使い手。

地姫。

白蛇を祀る巫女。雷や口寄せなど随一の不思議な力を持っている。

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