第95話

文字数 1,283文字

 皆が乙姫の美しさに目を奪われると同時に、東龍の放つ闘気に体中が自然に震えたようだ。
「武。これから俺と一緒に死闘をしようぜ。一対一だ。誰にも邪魔はさせない。これで最後だからな……言っとくがこの際、星のことや生命のことは考えるな。ただ、お互い楽しんでいこうぜ。死ぬときは死ぬし、生きていたら楽しかったでいいんだぜ。なあ、武よ……」
 素直な顔で武に笑顔を向けると、東龍は乙姫に深く頭を下げた。
 それもそのはずで、完全に降伏をしていた乙姫に具申をしたのだ。だが、わざわざ東龍は、いや、あるいは運命は、最後のチャンスを乙姫と本星に与える結果にもなったのだ。そこには、希望はない。あるのは生か死か。それもお互いの星一つのである。

 私は武の方を見る。

 武はするすると静かに腰に差した雨の村雲の剣を、殺気立った鬼姫に渡した。蓮姫、地姫。光姫、高取、湯築をゆっくり見回して「じゃ、行ってくる」と、笑顔で手を振った。
 武自身、命をこの戦いに賭したのだろうな。
 ここで死ぬことを本望とも思ったのであろう。
 だが、武には麻生がいた。
 いつの間にか、乙姫の傍には北龍、西龍、南龍がいた。

「セイッ!」
「ヤッ!」

 竜王の間の中央に描かれた円の中で、二人は殴り合った。
 凄まじいまでの闘気であった。
 おや? 武も東龍も四海竜王戦での傷はほとんどそのままであったようだ。
 二人の死の覚悟とはこれほどまでとは……。
 東龍のアッパーが武の左胸に直撃した。
 強烈な打撃で倒れそうなくらいに血を吐いた武は、咄嗟に正中線を隠した。非常に深いダメージのようである。
「武!」
「大丈夫!」
 高取と湯築が叫んだ。
「いけません!」
 光姫も叫んだ。
 辺りに飛び散る汗と共に血も混じりだしてきてしまった。
 すぐさま東龍は頭突きを放ったが、間一髪で躱した武はいつの間にか戦いの最中、タケルになっていた。タケルの発した落雷が竜宮城の窓の隙間から東龍の頭上へと斜めに落ちた。
 東龍は荒い呼吸のまま後方へと飛び跳ねたが、着地したところは武の吐いた血が広がり、滑った。そこに一瞬の隙が生じた。タケルはタイミング良く助走し飛び膝を繰り出した。
竜王の間は二人の闘気で満たされ、夏の季節となっていた竜宮城全体を高温が襲う。
 タケルの目にも止まらぬ飛び膝蹴りに、それから着地後の右の正拳突き。続いて左の肘打ちが東龍を立て続けに捉えていった。吐血した東龍はよろけた。
「決まった!」
 鬼姫と蓮姫は同時に叫んだ。
 タケルはそのままの状態で左に体ごと一回転をし、ソバットを放った。
東龍の腰に直撃し、腰骨を砕いたようだ。
ゴキっと音と共に東龍が派手に倒れた。
「そこまで!」
 青ざめた北龍が東龍のピンチに割って入った。
「邪魔するなー! これは俺の遊びだー! もう命なんて関係ねーんだよ!」
 大量の血の広がる床で瀕死の東龍は北龍に向かって、大声で叫ぶが。だが、タケルは倒れた東龍に優しく手を差し伸べ……倒れた。
「相打ち……これだったんだわ……」
 高取はブルブルと震えた。
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登場人物紹介

山門 武。

麻生の幼馴染で文武両道だが、どこかしら抜けている。

「俺、変わらないから。そう……いつまでも……」

麻生 弥生。

武の幼馴染で学園トップの美少女。

「私は武と誰もいないところへ行きたい……例え、日本を捨てても……」

高取 里奈。

タロットカード占いが大人顔負けの的中率の不思議な女。

「明後日には辿り着いているわ。その存在しないはずの神社に」

武に世界を救うという使命を告げる。

湯築 沙羅。

運動神経抜群で陸上県大会二年連続優勝者。

過去に辛い失恋の経験があるが、二番目の恋は武だった。


鬼姫。

鬼神を祀る巫女。剣術、気、ともに最強。

蓮姫。

海神を祀る巫女。神出鬼没な槍技の使い手。

地姫。

白蛇を祀る巫女。雷や口寄せなど随一の不思議な力を持っている。

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