第17話 修練の間

文字数 2,060文字

 昼の二時をだいぶ回ったところである。
「御目覚めましたか?」
 ここ朱色の間の武の隣に座る鬼姫は、昼餉をわざわざ運んでくれていたのだ。盆の上には、白米と猪肉。味噌汁に漬物。煮物が暖かそうな湯気を出している。ここから見ても、とても美味しそうである。
「あ、ありがとう」
 武は上半身だけ起き上がると、盆の前で疲労と腕の怪我、足の出血なども気にせずに律儀に「いただきます」と言ったので、やはり少々、真面目過ぎなのではとも思う。
 辺りには、箸の運ぶ心地よい音が響き渡った。
 その時、巫女姿の湯築と高取が部屋へと入って来た。
「体は大丈夫!?」
「武!」
 湯築と高取は武の袂へと心配して来たのだが、鬼姫の鋭い殺気に似た威圧を受けて、二人ともたじろいでしまったようだ。
 鬼姫は何故か湯築にも冷たいようだ。
 鬼姫も武を好いているのであろうか?
 この先、武には何が待ち受けているのだろうか?

「武様!」
「武様!」
「武様!」

 あの三人組も来たが、同じく鬼姫は恐ろしいとまで言える冷たさで顔を向けた。
 だが、三人組はまったく気にしていないようだ。
「大丈夫ですか?」
 片岡が武の腕の包帯を巻いた傷口を覗いている。
「ああ……。だいぶ良くなったよ。ありがとう。それにしても、鬼姫さん……。怖いな……いや、何でもないや……俺はこれからどうなるんだ? 稽古なら今すぐにしたい気持ちだけど、傷が治らないとやっぱりまずいよなあ。あ! ご馳走様でした!」
 武は全て食べ終わり、箸を置いていた。
 鬼姫は一転して、花が咲いたような笑顔になった。
「ええ、まだお休みしていてください」

 高取は何やら鬼姫に向かって、あからさまに観察するかのような鋭い目を向けている。かなり失礼だが、その気持ちもわからなくもない。恐らく……やきもちであろう……。
 盆を片付けに部屋を出た鬼姫をしり目に、湯築と高取はすぐに武の袂へと近づいた。
「武! 良かった! みんな無事で! ……武」
 湯築は最後は尻つぼみの涙声である。
 命からがらの日曜日の屋上から、皆生還したのである。
「私もあの時は死ぬかと思ったわ……でも、まだ序の口よ……」
 高取は不穏なことを呟いたようだ。

 そうこうしているうちに、すぐさま鬼姫が部屋へと戻った。 湯築と高取は何事もなかったかのように、平静な顔で武の傍を離れたようだ。美鈴と河田と片岡だけは、武の傍で何やらこそこそと話し合っている。  
 恐らく……武のこれからの武勇伝であろう。つまりは、妄想である。
 鬼姫も次第にそんな三人組を気にしなくなっていた。
 ところで、この三人組も巫女姿である。
「お風呂はありますか?」
「武様の御背中流します!」
「何か手伝うことはありますか?」
 三人組の声をまったく気にせずに、武は鬼姫にこれからのことを話そうとした。
「あの龍と戦うんだよな。なら、俺にできることは全部やる。怪我が治ったらすぐ……に……」
 そこまで話すと、武は怪我による疲労で布団の中でぐったりと寝入ったようである。
「お休みなさいませ……」
 鬼姫は優しく武の頭を撫でた。

 しばらく鬼姫は武の額にいつの間にか浮き出てきた汗を、タオルで拭ってやっていた。それから、高取と湯築の方を見たようだ。
「高取さん。地姫の訓練は、かなり不思議よ……頑張って。それと、湯築さん。蓮姫が呼んでいる」
 
 ここは、修練の間。
 社の一端に位置した。周囲を灯籠で灯された薄暗い間である。広い間で、そこに蓮姫が佇んでいた。湯築が畳の上を歩いていると、蓮姫は頷いた。
「いい足ね」
 どっしりとした重い空気の間であった。ところどころから身を圧してくる生暖かい空気に、湯築は自然と額に汗がにじみ出てきたようである。
「さあ、この槍を持って」
「ととっ、重いわ……」
 蓮姫の渡した一際長い槍に、湯築はバランスを失い困った顔をした。体中で持つかのようである。
「足に重点を置くんじゃなくて、腰に置いて、そして呼吸を整えるの」
 蓮姫はもう一本の槍を軽々携えたようだ。この修練の間の壁には、様々な武器が掛けてある。湯築は槍の重さでまだグラついているようだ。 ここから見ても重そうな槍である。
「知ってる? 私は海神を祀る巫女。あなたは私と一緒に海や川。水の上を歩けるようになるの」  
 湯築は目をオーバーに回し、
「この槍を持って?」
「そうよ。後、三カ月間で習得してもらうわ。できないことは、教えないから。ハイッ!」
 突然、蓮姫は槍を湯築の目前で、薙ぎ払った。
 すると、風圧で湯築の後ろにある。かなり離れた灯籠の火が全て消えたようである。しかし、瞬く間に、灯籠には再び火が灯った。不思議な間である。
 湯築はいきなりのことに驚いて、腰を抜かしたようだ。
「あ、危ないんじゃなくて!?」
「これくらいができないと、こっちも困るのよ」
 蓮姫は一呼吸置いて、槍を振り回して、構えた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

山門 武。

麻生の幼馴染で文武両道だが、どこかしら抜けている。

「俺、変わらないから。そう……いつまでも……」

麻生 弥生。

武の幼馴染で学園トップの美少女。

「私は武と誰もいないところへ行きたい……例え、日本を捨てても……」

高取 里奈。

タロットカード占いが大人顔負けの的中率の不思議な女。

「明後日には辿り着いているわ。その存在しないはずの神社に」

武に世界を救うという使命を告げる。

湯築 沙羅。

運動神経抜群で陸上県大会二年連続優勝者。

過去に辛い失恋の経験があるが、二番目の恋は武だった。


鬼姫。

鬼神を祀る巫女。剣術、気、ともに最強。

蓮姫。

海神を祀る巫女。神出鬼没な槍技の使い手。

地姫。

白蛇を祀る巫女。雷や口寄せなど随一の不思議な力を持っている。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み