フォークロア 序-1-

文字数 2,102文字

『我が名は稀鸞(きらん)と申します。(アグニ)村の天空(アカシャ)です』
 あの鳥居内の結界での名乗りが、若者たちの頭の中に直接放り込まれた。
「……」
「……」
(えんじゅ)(しょう)は戸惑いと、若干の不快が隠せない顔を見合わせる。
『声を出し続ける体力がありません。(アーユス)でお伝えすることをお許しください』
 
――いきなりのことに驚くだろう。申し訳ないと思っている――

 稀鸞(きらん)の「アーユス」とやらからは、伝えたい意味だけではなく、その気持ちまでもがはっきりと感じられた。

(これって、もし拒否なんかしたら、また眠らされて……)

 チラリと(まもる)に目をやれば、目力最大級のニラミが返される。
 慌ててうなずいた(しょう)に、稀鸞(きらん)は軽く頭を下げた。
『ありがとうございます。では、しばしお時間をちょうだいいたします』
 稀鸞(きらん)の深い感謝が届くのと同時に、仄暗い景色が目の前に広がっていった。


 今より七百年ほどの時を(さかのぼ)る昔々。
 夜は深い闇と静寂(しじま)に包まれ、高天原(たかあまのはら)幽世(かくりよ)も、この現世(うつしよ)近くに()ったころ。
 世の人々は、たびたび襲い来る鬼に苦しめられていた。
 鬼たちは現世(うつしよ)に現れては暴れ回り、人々は(おび)え、憔悴しきっていた。
 一縷(いちる)の希望は、鬼と戦い、調伏させる術師たちの存在。
 術師たちは山中に居を構え、民人(みんじん)とは親しく交わらない生活を送っていた。
 が、人々の願いと鬼の気配があれば、いつでも駆けつけ果敢(かかん)に戦った。

 術師たちの村は四つ。
 (タル)(アグニ)(アヤス)そして、(ウダカ)
 村長(むらおさ)天空(アカシャ)、術師たちは戦士(ヴィーラ)と呼ばれ、それぞれが持つ「気」の性質により、陰と陽の術を駆使した。
 
 攻めを得意とする陽の戦士(ヴィーラ)太陽(スーリヤ)(アニラ)と称した。
 護りを得意とするのは陰の(チャンドラ)(タルラ)
 戦士(ヴィーラ)たちを率いる者は、陰陽(いんよう)ともに扱う能力があり師匠、または木星(グールー)を名乗った。
 術に用いられるのは、(アーユス)(みなもと)とする気の力。
 陽の戦士(ヴィーラ)はアーユスを武具に込め、また(アーユス)そのものを武器と成して戦った。
 陰の戦士(ヴィーラ)は、武具や他者の(アーユス)を強める術に優れ、また癒しの力も持っている。
 
 術師たちは鬼たちを調伏(ちょうぶく)したが、それでもすべてを殲滅(せんめつ)し尽くすことはできなかった。
 なぜなら鬼は、人の闇から生まれ出づる存在(モノ)だから。
 心の闇を(かて)に育ってしまう存在(モノ)だから。
 消滅されずに力をつけた鬼たちは、自らの縄張りを幽世(かくりよ)に作り出して「闇鬼(アンデラ)」と名乗り、人の世に出ては暴れ、人の闇を生み出し食らった。
 
 闇鬼(アンデラ)が用いるのはカーラ・アーユス、即ち「常闇(カーラ)(アーユス)」。
 天空(アカシャ)戦士(ヴィーラ)たちと闇鬼(アンデラ)の戦いは長きに渡り、決着はつかなかった。


 白ウサギに埋もれる男性が、滔々(とうとう)と流れる大河のように、映像を送り続けている。

――我が名はキラン。アグニの村で、アカシャをしておりました――

 すべての始まりであった

を思い出しながら、慣れてしまえば決して不快ではない”アーユス”に、(しょう)は全神経を傾けた。

(アグニが“火”か。”天空(アカシャ)”は村のトップってところだな。キラン……、稀鸞)

『そのとおりです』
 稀鸞(きらん)の視線に気づいた(しょう)は、不愉快そうに目を細める。

(心を読みやがった)

『違いますよ、あなたが』
 送られてくる思いの波動は、あくまで穏やかだ。
(アーユス)で思いを投げてくるのです。半ば無理やりパドマを開かされたとはいえ、とても強い。あえてこちらが遮断しなければ、受け取ってしまうほど。さすが、玄武をその身に持つお方』

(パドマなんか知らねぇよっ。大体なんだ、玄武って!俺は冬蔦(ふゆづた)・ニルス・(しょう)だっ!)

「ん~っ!」
 苛立った(うめ)き声が、(ふだ)で口を塞がれた(しょう)の喉から漏れる。
『白虎、呪を解いて差し上げてはいかがでしょう。声に出せないことで、余計に(アーユス)が流れ出てしまっています』
 取り成すようなアーユスで提案する稀鸞(きらん)に、(まもる)は軽いため息をついた。
「条件がある。俺をロリコンと呼ぶな。蒼玉(そうぎょく)(おとし)めるな、ニルス」
「んん”!!」
「はぇ?!」
「なっ?!」
 鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、(えんじゅ)(あきら)が険悪ににらみ合うふたりを交互に見やる。
「……その名前、呼んじゃっていいわけ?」
「ヤバないか?」
 ふたりがこそこそと言い合う横で、ヘーゼルの瞳がつり上がった。

(ニルスって呼ぶな!

ねぇだろっ、声なんか出ねぇんだから!思うくらい勝手だろーがっ)

「今、ニルスは、それを垂れ流しているんだ」

(呼ぶなぁー!オマエたちが勝手に読むんだろっ。それにテメーはロリコンだ!!)

「俺はロリコンじゃない。でも、お前はニルスだろう」
「あのー」
 (えんじゅ)の素敵に青い目が、恐る恐る(しょう)(まもる)を見比べる。
「あのさ、ふたりとも、それって会話してるの?イライラしてる(しょう)の前で、(まもる)が独り言を言ってるだけみたいだよ。すっごく変な感じ。でも……。ミドルネームで呼んでもいいの?(しょう)、怒らなの?」
「んがっ」
 「なわけねーだろ!」とでも言いたげに、(しょう)が足を踏み鳴らした。
「ああ、ごめんごめん、落ち着いて、(しょう)。……だけど、(まもる)わかってる?」
 (えんじゅ)の声がワントーン下がる。
「この状況は異常だし、僕だってなんだか不愉快だ。こっちだって当事者なのに、勝手に話が進んでいる。”パドマ”?ってのが開いて、(しょう)の心が

読まれているなら、僕たちもそうなの?それって……、すごく無礼じゃない」
 用心深い青の瞳が、さらなる警戒の色を浮かべて稀鸞(きらん)に向けられた。
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