フォークロア 序-1-
文字数 2,102文字
『我が名は稀鸞 と申します。火 村の天空 です』
あの鳥居内の結界での名乗りが、若者たちの頭の中に直接放り込まれた。
「……」
「……」
槐 と渉 は戸惑いと、若干の不快が隠せない顔を見合わせる。
『声を出し続ける体力がありません。命 でお伝えすることをお許しください』
――いきなりのことに驚くだろう。申し訳ないと思っている――
稀鸞 の「アーユス」とやらからは、伝えたい意味だけではなく、その気持ちまでもがはっきりと感じられた。
(これって、もし拒否なんかしたら、また眠らされて……)
チラリと鎮 に目をやれば、目力最大級のニラミが返される。
慌ててうなずいた渉 に、稀鸞 は軽く頭を下げた。
『ありがとうございます。では、しばしお時間をちょうだいいたします』
稀鸞 の深い感謝が届くのと同時に、仄暗い景色が目の前に広がっていった。
◇
今より七百年ほどの時を遡 る昔々。
夜は深い闇と静寂 に包まれ、高天原 も幽世 も、この現世 近くに在 ったころ。
世の人々は、たびたび襲い来る鬼に苦しめられていた。
鬼たちは現世 に現れては暴れ回り、人々は怯 え、憔悴しきっていた。
一縷 の希望は、鬼と戦い、調伏させる術師たちの存在。
術師たちは山中に居を構え、民人 とは親しく交わらない生活を送っていた。
が、人々の願いと鬼の気配があれば、いつでも駆けつけ果敢 に戦った。
術師たちの村は四つ。
木 、火 、金 そして、水 。
村長 は天空 、術師たちは戦士 と呼ばれ、それぞれが持つ「気」の性質により、陰と陽の術を駆使した。
攻めを得意とする陽の戦士 は太陽 、風 と称した。
護りを得意とするのは陰の月 と星 。
戦士 たちを率いる者は、陰陽 ともに扱う能力があり師匠、または木星 を名乗った。
術に用いられるのは、命 を源 とする気の力。
陽の戦士 はアーユスを武具に込め、また命 そのものを武器と成して戦った。
陰の戦士 は、武具や他者の命 を強める術に優れ、また癒しの力も持っている。
術師たちは鬼たちを調伏 したが、それでもすべてを殲滅 し尽くすことはできなかった。
なぜなら鬼は、人の闇から生まれ出づる存在 だから。
心の闇を糧 に育ってしまう存在 だから。
消滅されずに力をつけた鬼たちは、自らの縄張りを幽世 に作り出して「闇鬼 」と名乗り、人の世に出ては暴れ、人の闇を生み出し食らった。
闇鬼 が用いるのはカーラ・アーユス、即ち「常闇 の命 」。
天空 、戦士 たちと闇鬼 の戦いは長きに渡り、決着はつかなかった。
◇
白ウサギに埋もれる男性が、滔々 と流れる大河のように、映像を送り続けている。
――我が名はキラン。アグニの村で、アカシャをしておりました――
すべての始まりであった渉 は全神経を傾けた。
(アグニが“火”か。”天空 ”は村のトップってところだな。キラン……、稀鸞)
『そのとおりです』
稀鸞 の視線に気づいた渉 は、不愉快そうに目を細める。
(心を読みやがった)
『違いますよ、あなたが』
送られてくる思いの波動は、あくまで穏やかだ。
『命 で思いを投げてくるのです。半ば無理やりパドマを開かされたとはいえ、とても強い。あえてこちらが遮断しなければ、受け取ってしまうほど。さすが、玄武をその身に持つお方』
(パドマなんか知らねぇよっ。大体なんだ、玄武って!俺は冬蔦 ・ニルス・渉 だっ!)
「ん~っ!」
苛立った呻 き声が、札 で口を塞がれた渉 の喉から漏れる。
『白虎、呪を解いて差し上げてはいかがでしょう。声に出せないことで、余計に命 が流れ出てしまっています』
取り成すようなアーユスで提案する稀鸞 に、鎮 は軽いため息をついた。
「条件がある。俺をロリコンと呼ぶな。蒼玉 を貶 めるな、ニルス」
「んん”!!」
「はぇ?!」
「なっ?!」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、槐 と煌 が険悪ににらみ合うふたりを交互に見やる。
「……その名前、呼んじゃっていいわけ?」
「ヤバないか?」
ふたりがこそこそと言い合う横で、ヘーゼルの瞳がつり上がった。
(ニルスって呼ぶな!
「今、ニルスは、それを垂れ流しているんだ」
(呼ぶなぁー!オマエたちが勝手に読むんだろっ。それにテメーはロリコンだ!!)
「俺はロリコンじゃない。でも、お前はニルスだろう」
「あのー」
槐 の素敵に青い目が、恐る恐る渉 と鎮 を見比べる。
「あのさ、ふたりとも、それって会話してるの?イライラしてる渉 の前で、鎮 が独り言を言ってるだけみたいだよ。すっごく変な感じ。でも……。ミドルネームで呼んでもいいの?渉 、怒らなの?」
「んがっ」
「なわけねーだろ!」とでも言いたげに、渉 が足を踏み鳴らした。
「ああ、ごめんごめん、落ち着いて、渉 。……だけど、鎮 わかってる?」
槐 の声がワントーン下がる。
「この状況は異常だし、僕だってなんだか不愉快だ。こっちだって当事者なのに、勝手に話が進んでいる。”パドマ”?ってのが開いて、渉 の心が
用心深い青の瞳が、さらなる警戒の色を浮かべて稀鸞 に向けられた。
あの鳥居内の結界での名乗りが、若者たちの頭の中に直接放り込まれた。
「……」
「……」
『声を出し続ける体力がありません。
――いきなりのことに驚くだろう。申し訳ないと思っている――
(これって、もし拒否なんかしたら、また眠らされて……)
チラリと
慌ててうなずいた
『ありがとうございます。では、しばしお時間をちょうだいいたします』
◇
今より七百年ほどの時を
夜は深い闇と
世の人々は、たびたび襲い来る鬼に苦しめられていた。
鬼たちは
術師たちは山中に居を構え、
が、人々の願いと鬼の気配があれば、いつでも駆けつけ
術師たちの村は四つ。
攻めを得意とする陽の
護りを得意とするのは陰の
術に用いられるのは、
陽の
陰の
術師たちは鬼たちを
なぜなら鬼は、人の闇から生まれ出づる
心の闇を
消滅されずに力をつけた鬼たちは、自らの縄張りを
◇
白ウサギに埋もれる男性が、
――我が名はキラン。アグニの村で、アカシャをしておりました――
すべての始まりであった
あのとき
を思い出しながら、慣れてしまえば決して不快ではない”アーユス”に、(アグニが“火”か。”
『そのとおりです』
(心を読みやがった)
『違いますよ、あなたが』
送られてくる思いの波動は、あくまで穏やかだ。
『
(パドマなんか知らねぇよっ。大体なんだ、玄武って!俺は
「ん~っ!」
苛立った
『白虎、呪を解いて差し上げてはいかがでしょう。声に出せないことで、余計に
取り成すようなアーユスで提案する
「条件がある。俺をロリコンと呼ぶな。
「んん”!!」
「はぇ?!」
「なっ?!」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、
「……その名前、呼んじゃっていいわけ?」
「ヤバないか?」
ふたりがこそこそと言い合う横で、ヘーゼルの瞳がつり上がった。
(ニルスって呼ぶな!
名乗って
ねぇだろっ、声なんか出ねぇんだから!思うくらい勝手だろーがっ)「今、ニルスは、それを垂れ流しているんだ」
(呼ぶなぁー!オマエたちが勝手に読むんだろっ。それにテメーはロリコンだ!!)
「俺はロリコンじゃない。でも、お前はニルスだろう」
「あのー」
「あのさ、ふたりとも、それって会話してるの?イライラしてる
「んがっ」
「なわけねーだろ!」とでも言いたげに、
「ああ、ごめんごめん、落ち着いて、
「この状況は異常だし、僕だってなんだか不愉快だ。こっちだって当事者なのに、勝手に話が進んでいる。”パドマ”?ってのが開いて、
勝手に
読まれているなら、僕たちもそうなの?それって……、すごく無礼じゃない」用心深い青の瞳が、さらなる警戒の色を浮かべて