奇貨居くべし-3-
文字数 3,431文字
あれから、長期の休みのたびに箱根のヴィラに同行することを許され、正月は四人で年越しをするのが恒例となっていった。
なのに、鳥居のことも洞穴のことも知らなかったし、第一。
蒼玉 の頭に頬を寄せ、その肩を抱きしめている鎮 は、まるで知らない男のようで。
一風変わった友人の謎は、ここにきて、熱い鉄板の上に置いた氷の塊 のように溶けていった。
人と物理的に距離を置きたがるのは、言葉にしない感情をキャッチしてしまうから。
しゃべるのが苦手なのは、アーユスを使うほうが楽だから。
そうする誰よりも親しい相手が、ここにいたのだから。
「鎮 って、人混みキライだよな、そういや」
「ああ、そだね」
思わず漏れた渉 のひとりごとに、槐 が反応した。
「文化祭なんかいっつも欠席だし、年越しだって、初詣なんか行ったことないよね」
「オマエがはしゃいで、徹夜でゲームしたがるからだろ」
「”オールだ!”って渉 だって騒いでるじゃん。そのわりにすぐ寝ちゃうけど」
「……!」
気がついて、渉 は納得する。
(箱根でオール、したことねぇな。……ああ、そうか)
ここで、またひとつ謎が解けた。
この仲間と出会う前には、オールで遊ぶことなどいくらでもあったのに。
高梁 の諜報網を思い出すと、はっちゃける気にもならないが、それにしても……。
(ここに来ると、妙に寝つきがよかったのは、そうか。邪魔されないようにして、彼女に会いに行ってたのか)
蒼玉 を腕に閉じ込めている鎮 は、やっと会えた主人から離れようとしない犬のようでもあり。
その姿を見ているうちに、渉 は思い出してスマートフォンを手に取った。
「昨日、創二 から連絡が来たんだけどさ」
「え、久しぶりじゃん。なんかあったの?」
瞳を輝かせた槐 が、渉 のスマートフォンをのぞき込む。
「いや、こないだ合コンしたグループに、創二 と同じ大学のコがいてさ。どうしてっかなって思い立って、オレからメッセ送ってみたんだよね。……学校、すげぇ楽しいってさ。創二 が」
「人は変われば変わるもんだね」
「そうやな。渉 は相変わらずだけどな」
「そだね」
槐 と煌 は視線を交わして、うなずき合った。
「で、合コンキング。創二 センパイ、ほかにも何か言ってた?」
「うっせぇぞ、ぶりっ子。……バロンはじいさんになっちゃって、寝てばっかいるって。それよりおかしいのがさ、あのオバさん」
「おお、あのきっついヒトな」
煌 が、苦笑いを浮かべる。
「動物愛護団体のNPO立ち上げて、理事やってるって」
「ほえぇぇぇ?!」
槐 の素っ頓狂な声に顔を上げた鎮 に、煌 が渉 のスマートフォンを指し示した。
「創二 のおばちゃんが」
「ああ、アニマルズサポート……、なんとか」
「え?鎮 、オマエ知ってたのかよ」
「AIKAも寄付してる」
「へぇ~。……言えよ」
「必要?」
「必要じゃねぇけど、なんつーかさあ」
ぼりぼりと頭をかく渉 を見て、蒼玉 がそっと鎮 の腕をなでる。
「玄武様はお寂しいのですよ」
「寂しい?」
「もしわたしが、わざとではなくても、鎮 に言わないことがあったら、どうですか?」
「嫌だ」
「ね?」
「うん」
素直にうなずく鎮 に、ヘーゼルの瞳がすっと細くなった。
互いが大切な存在だというのは、もう嫌というほど理解したけれど。
この鎮 の「慕っている感」は、恋人のそれとも少し違う感じがする。
「ふふっ、めんどくさいって思ってはだめですよ。鎮 から話すことに意味があるのだから」
励ますように蒼玉 から手を握られた鎮 が、やっと仲間のほうを向いた。
「あの人は、兄と比べて、自分は蔑 ろにされていると、感じていた」
「それであんなに歪 んじゃったの?」
槐 の首が盛大に傾く。
「小学生のころに、犬を拾ってきたことを叱られたんだ」
「それって……。いや、なんでもねぇ」
言いかけて、渉 は口を閉じた。
あの日、創二 の叔母に直接触れて。
鎮 は彼女の過去を「視た」のだろうと、すぐにわかったから。
「兄がアレルギー持ちだから保健所に連れていくと言われて、家出したんだ。犬と一緒に、雨の夜に」
「そんなことがあったの……。それから、どうなったの?」
「すぐに見つかって、子犬を取り上げられて。その後どうなったかは教えてもらっていない。だから、ずっと囚 われ続けていた。自分の行為を否定されたことと、子犬への申し訳なさに」
「申し訳ないって?」
「自分が拾わなかったら、別の家で大切にされたかもしれない。保健所なんかに行かずに済んだのにって」
「そう……」
空色の瞳を伏せて、槐 は小さなため息をもらした。
「その後も兄が優遇されたと感じるたびに、その負の気持ちが育っていった。よくないモノが寄ってきてしまうほど。それをあの日、祓 った」
「創二 が言ってたけど、そういうことか。それで、なんでNPOやってること、オマエが知ってんの?」
「……」
「だんまりかよ!」
イライラする渉 と鎮 を見比べて、蒼玉 が取りなすように笑う。
「照れなくてもいいのに。鎮 は調べたんですよ。その方の子犬が、っ!」
手のひらで優しく口を塞 がれて、蒼玉 の目が丸くなった。
「俺から話すよ。……高梁 さんに、調べるよう頼んだんだ。創二 の父親も、妹の家出は覚えていた」
「子犬、どうしたの?やっぱり保健所?」
眉を下げる槐 に、鎮 は首を横に振る。
「創二 のお祖父さんが、ちゃんと引き取り手を見つけたそうだ。でも、犬に会うためにまた家出してもいけないから、妹には何も言わなかったって」
「それ、言うたほうがよかったんちゃうん」
「そう。よかれと思った行動が少しずつ掛け違って、互いの心に隙間 ができてしまった」
「やっぱ、ちゃんと言葉にするって大事なんだな。……大事なんだぞ、鎮 」
「してる」
「足りてねぇよっ。煌 のフォローあってだぞ、オマエと意思疎通できんの。今は蒼玉 のフォローだし」
だが、渉 にもだいぶわかるようになってきた。
さきほどの鎮 の行動が、ヤキモチだったということも。
「そうだったんだ。それで創二 の叔母さん、動物愛護に目覚めちゃったの?あの家族はあのあと、離婚とか……」
「家族ぐるみで、保護犬と猫の面倒を見てる。一時預かりもしてるし、引き取り手のなかったコたちは、家族にしてる」
「え、まだ振り回されてやってんの?あの家族マゾなの?!」
さすがの槐 も、口をぱかりと開けるばかり。
「これまでの猛獣みたいなあの人に比べたら、断然ましらしい。獣医になったら面倒見てやるって創二 が言ったら、……”こんなに嬉しいことはない”って笑ってたって」
「……創二 も大概ええヤツやな」
「あれだけ言われ放題だったのにね」
「アイツは基本、お人好しだからなー」
煌 と槐 、そして、渉 は「うんうん」とうなずき合う。
「だけどよ、鎮 。それも高梁 さん情報だろ?教えとけよ、そんな面白い話」
「必要?」
「必要!!!……なあ、高梁 さんって、鎮 の、その、知ってんの?」
言葉を濁す渉 に、鎮 の大変貴重な微笑が送られた。
「知ってる。母親と祖父が死んでから、父親に引き取られたんだけど」
かなりインパクトのある告白だったが、鎮 の”無”加減は変わらない。
「そのころ世話してくれたのは、家庭教師としてうちに来ていた、大学生の高梁 さんだから」
以上。
この話はお終い。
そんなアーユスが仲間に届いた。
「……そっか。ま、あのヒトなら、どんなことにも動じなさそうだもんな」
「だね。でも、これがほんとの”捨て犬事件“だね」
「ほんまやな」
仲間たちは目配せをすると、力なく笑い合った。
鎮 がその腕から離さない蒼玉 、そして、思い出話に花を咲かせている若者たちを見守っていた稀鸞 の目が、ゆっくりと笑んでいく。
『良いご関係です。深くて、温かい。その縁を持っているあなた方には、最後まで聞いていただきたい。また少し、昔話にお付き合いいただいてもよろしいですか?』
「鎮 、わたしはもう大丈夫」
「このまま」
離れようとする蒼玉 を許さず、鎮 はさらに深くその体を抱き込んでいった。
その溺愛ぶりは、いつもの渉 ならば存分にいじり倒すところだけれど。
(……何がそんなに不安なんだろ)
浅朱 の衣を握りしめる鎮 の指先を見れば、そんな気にもなれない。
『さあ、四神が宿る若者たち。……覚悟はよろしいですか』
穏やかだがゾクリとするようなアーユスとともに、稀鸞 の腕輪が再び光を帯び始める。
そして、若者たちの脳裏には、あの始まりの厄災の光景が映し出されていった。
なのに、鳥居のことも洞穴のことも知らなかったし、第一。
一風変わった友人の謎は、ここにきて、熱い鉄板の上に置いた氷の
人と物理的に距離を置きたがるのは、言葉にしない感情をキャッチしてしまうから。
しゃべるのが苦手なのは、アーユスを使うほうが楽だから。
そうする誰よりも親しい相手が、ここにいたのだから。
「
「ああ、そだね」
思わず漏れた
「文化祭なんかいっつも欠席だし、年越しだって、初詣なんか行ったことないよね」
「オマエがはしゃいで、徹夜でゲームしたがるからだろ」
「”オールだ!”って
「……!」
気がついて、
(箱根でオール、したことねぇな。……ああ、そうか)
ここで、またひとつ謎が解けた。
この仲間と出会う前には、オールで遊ぶことなどいくらでもあったのに。
(ここに来ると、妙に寝つきがよかったのは、そうか。邪魔されないようにして、彼女に会いに行ってたのか)
その姿を見ているうちに、
「昨日、
「え、久しぶりじゃん。なんかあったの?」
瞳を輝かせた
「いや、こないだ合コンしたグループに、
あの
「人は変われば変わるもんだね」
「そうやな。
「そだね」
「で、合コンキング。
「うっせぇぞ、ぶりっ子。……バロンはじいさんになっちゃって、寝てばっかいるって。それよりおかしいのがさ、あのオバさん」
「おお、あのきっついヒトな」
あの日
に聞いたキンキン声を思い出した「動物愛護団体のNPO立ち上げて、理事やってるって」
「ほえぇぇぇ?!」
「
「ああ、アニマルズサポート……、なんとか」
「え?
「AIKAも寄付してる」
「へぇ~。……言えよ」
「必要?」
「必要じゃねぇけど、なんつーかさあ」
ぼりぼりと頭をかく
「玄武様はお寂しいのですよ」
「寂しい?」
「もしわたしが、わざとではなくても、
「嫌だ」
「ね?」
「うん」
素直にうなずく
互いが大切な存在だというのは、もう嫌というほど理解したけれど。
この
「ふふっ、めんどくさいって思ってはだめですよ。
励ますように
「あの人は、兄と比べて、自分は
「それであんなに
「小学生のころに、犬を拾ってきたことを叱られたんだ」
「それって……。いや、なんでもねぇ」
言いかけて、
あの日、
「兄がアレルギー持ちだから保健所に連れていくと言われて、家出したんだ。犬と一緒に、雨の夜に」
「そんなことがあったの……。それから、どうなったの?」
「すぐに見つかって、子犬を取り上げられて。その後どうなったかは教えてもらっていない。だから、ずっと
「申し訳ないって?」
「自分が拾わなかったら、別の家で大切にされたかもしれない。保健所なんかに行かずに済んだのにって」
「そう……」
空色の瞳を伏せて、
「その後も兄が優遇されたと感じるたびに、その負の気持ちが育っていった。よくないモノが寄ってきてしまうほど。それをあの日、
「
憑き物が落ちた
みたいに大人しくなったって「……」
「だんまりかよ!」
イライラする
「照れなくてもいいのに。
手のひらで優しく口を
「俺から話すよ。……
「子犬、どうしたの?やっぱり保健所?」
眉を下げる
「
「それ、言うたほうがよかったんちゃうん」
「そう。よかれと思った行動が少しずつ掛け違って、互いの心に
「やっぱ、ちゃんと言葉にするって大事なんだな。……大事なんだぞ、
「してる」
「足りてねぇよっ。
だが、
さきほどの
「そうだったんだ。それで
「家族ぐるみで、保護犬と猫の面倒を見てる。一時預かりもしてるし、引き取り手のなかったコたちは、家族にしてる」
「え、まだ振り回されてやってんの?あの家族マゾなの?!」
さすがの
「これまでの猛獣みたいなあの人に比べたら、断然ましらしい。獣医になったら面倒見てやるって
「……
「あれだけ言われ放題だったのにね」
「アイツは基本、お人好しだからなー」
「だけどよ、
「必要?」
「必要!!!……なあ、
言葉を濁す
「知ってる。母親と祖父が死んでから、父親に引き取られたんだけど」
かなりインパクトのある告白だったが、
「そのころ世話してくれたのは、家庭教師としてうちに来ていた、大学生の
以上。
この話はお終い。
そんなアーユスが仲間に届いた。
「……そっか。ま、あのヒトなら、どんなことにも動じなさそうだもんな」
「だね。でも、これがほんとの”捨て犬事件“だね」
「ほんまやな」
仲間たちは目配せをすると、力なく笑い合った。
『良いご関係です。深くて、温かい。その縁を持っているあなた方には、最後まで聞いていただきたい。また少し、昔話にお付き合いいただいてもよろしいですか?』
「
「このまま」
離れようとする
その溺愛ぶりは、いつもの
(……何がそんなに不安なんだろ)
『さあ、四神が宿る若者たち。……覚悟はよろしいですか』
穏やかだがゾクリとするようなアーユスとともに、
そして、若者たちの脳裏には、あの始まりの厄災の光景が映し出されていった。