蠢(うごめ)き

文字数 2,772文字

 突然、突き上げるような衝撃を感じて、眠っていた(しょう)は一瞬で覚醒した。
「え、な、うわっ!」
 隣のベッドから(えんじゅ)の声がしたのと同時に、ドスンと鈍い音がする。
「ふぎゃ!……いってぇ~。えんじゅかぁ~?はよどけやっ」
「んなこと言ったって、イタっ、足ひねんな、バカ(あきら)っ」
「地震?……でかかったな」
 (しょう)が手探りで、サイドテーブルにあるフットライトのスイッチを点けると。
 二台のベッドに挟まれた床に置かれた寝袋の上で、じゃれているような(えんじゅ)(あきら)の姿が、ぼんやりと浮かびあがった。
「あらま仲よし」
「んなわけないじゃん!も~、手ぇ離せよ(あきら)!」
「ほな蹴らんといてやっ」
「ちょっと、(しょう)、助けてってば!」
 さっさとベッドからおりて部屋を出ようとする(しょう)の後ろで、(えんじゅ)が悲壮な声をあげる。
「自分で何とかしろってぉわ?!……んだよ、脅かすなよ」
 ドアを開けて、面前に(たたず)む人影に驚いた(しょう)がビクリと一歩後ずさった。
 ダウンライトが点けられた廊下に立つ(まもる)が、当たり前のような顔を(しょう)に向ける。
「……全員、起きたのか」
「すげぇ地震だったからな。オマエの部屋、なんか落ちた?」
「地震じゃない」
「は?」
 スマートフォンを差し出された(しょう)は、(まもる)に一歩近づいて首を傾げた。
「なに、ずっとここでスマホいじってたワケ?なんでまたそんな……ん?」
 (まもる)の手の中にあるスマートフォンをのぞき込んでみれば。
 そこには経済スキャンダルや、地方の「ほっこり動物特集」などが表示されているだけで、地震に関する記事など、どこにもない。
「まだ速報が出てない?」
 首を上げて、(しょう)はステキに形の良い眉をひそめた。
「テレビとかは?」
「さあ?」
「オマエ、その様子じゃずっと起きてたクセに」
 かったるそうにリビングに下りて、テレビをつけた(しょう)であったが。
「……ねぇのかよ」
「嘘だぁ」
「嘘やろ」
 続いて下りてきた(えんじゅ)(あきら)も、手にしていたスマートフォンとテレビ画面を見比べて目を丸くする。
「……あれ、ほんまにどこも?え、(しょう)!どうしたん?」
 呆気に取られている(あきら)に返事もせずに、(しょう)はウッドデッキへと出ていった。
 かなりの規模の揺れだったのだから、外でも多少の騒ぎになってるはず。
 そう当たりをつけた(しょう)がいくら辺りを見回しても、深夜のベイサイドは静まり返っているばかりだ。
 ここはタワーマンション群の一角にある、贅沢(ぜいたく)な敷地を持つテラスハウス。
 不夜城のような繁華街も近いのだが。
「静かやな」
「静かだねぇ」
 あとから出てきた(あきら)(えんじゅ)が、(しょう)の背後で声を潜める。
「ベッドから落ちるくらいの揺れだったのに、不思議」
「それは(えんじゅ)がドン臭いだけ、いってぇっ」
 (えんじゅ)に蹴り上げられた(あきら)の悲鳴が深夜の街に響いた。
「高等学校剣道大会で優勝した夏苅(なつがり)さ~ん、うるさいですよぉ~」
「お前なっ」
「静かにしてくださぁ~い」
「本当にうるさい。早く戻れ」
「あ」
「う」
 飛んできた(すご)みのある声に、(えんじゅ)(あきら)が恐る恐る振り返ると。
「やっば、目がふたつ出とる。相当怒っとるで」
 長い白髪(はくはつ)の前髪をかき上げにらむ(まもる)に、(あきら)が背を丸め、大きな体を小さくしながらウッドデッキをあとにした。

 (あきら)が後ろ手で掃き出し窓を閉めると、いつの間に戻っていたのだろうか。
 ガラス製のローテーブルに置いたタブレットの前で、(しょう)胡坐(あぐら)をかいて座っている。
「あらやだ。あのコったら、読んでるのはニッポンの記事じゃないわ」
 くっついて部屋に入ってきた(えんじゅ)が、ふざけた様子で口に手を当てた。
「海外生まれの海外育ちやからなぁ、(しょう)は。生まれたのは……」
「北欧の……、どこだっけ。お母さんの国って言ってたよね。で、イギリス育ちだけど、小学校に上がるタイミングで日本に来たんだから、もう日本のほうが長いデショ」
 (えんじゅ)(あきら)が見守る前で、タブレット画面には次々と新しい記事が表示されていく。
「あらやだ、アレは英語じゃなくてよ」
「あれ何語や?点々とかあるやつ?」
「ウムラウトのこと?あれは点じゃなくて波線、ティルデだよ。ドイツ語じゃなくてスペイン語だね」
「へー、そうなんや」
 大して興味もなさそうに(あきら)はうなずいた。
「英語はあかんけど、ほかの外国語はいけるんや?」
「いえいえ、まったく。文字の知識だけでございます。わたくし、骨の髄まで日本(にっぽん)男児(だんじ)ですからっ」
「金髪碧眼の日本(にっぽん)男児(だんじ)がおるかぁっ」
「精神の問題だよ。ナンパするとき、

売りにする(しょう)なんかよりずっと、」
「うるっせぇっ」
 (しょう)が手にしていたマウスを投げ放つと、(えんじゅ)に見事なヘッドショットがキマる。
「いったぃ!暴力反対!」
「何かわかったか」
 騒ぐ(えんじゅ)などいないかのように、ソファに座っている(まもる)(しょう)の背後から声をかけた。
「まーな。日本どころか世界中、どっこも地震なんか起きてねぇってわかったよ」
 ここにきて、ふざけっぱなしだった(あきら)(えんじゅ)が真顔になる。
「え、ほんまに?」
「冗談じゃなくて?」
「オマエ、ずっと起きてたんだろ」
 イライラと振り返る(しょう)に、(まもる)は無言でうなずいた。
「どこにいた」
「廊下」
「揺れたか」
「揺れた」
「こんな真夜中に、なんで廊下にいんだよ」
「……」
 そのまましばらく(しょう)(まもる)を見つめるが、その口が開くことはない。
「ちっ」
 諦めた(しょう)は、原因を探り出せないタブレットに目を戻した。 
「まさか

が揺れたとか?……いや、ねぇよ。アホくさ」
「もしくは

が感知した」
 表情ひとつ変えずに

を言う(まもる)に、ほかの三人の目が集中する。
 そして、それぞれ何か言おうとして、そのまま口を閉じるしかなかった。
 だって、その言葉の内容はありえないものなのに、妙に腑に落ちてしまったから。
(えんじゅ)、マウス拾ってこい。関係するかどうかはわからねぇけど、これ」
 すらっとした(しょう)の指が、タブレット画面を示した。
「あの時間、かなりな土砂崩れが県内で起きてる」
「なあんだ」
 マウスをガラステーブルに置きながら、(えんじゅ)はタブレット画面をのぞき込む。
「なら、それじゃん?揺れたのって」
「場所は箱根だ。距離もあるし、さすがにこっちまで揺れるほどの規模じゃねぇ」
「……行かないといけないな……」
 独り言をつぶやいて立ち上がった(まもる)を、(しょう)が再び振り返った。
「オマエがリクエストするのって珍しいな。そんだったら明日、行ってみっか」
「いや、ひとりでいい」
「んだよ、冷てぇな。一緒に行こうぜ」
「行ってどうすんの。そんな、……そんなヘンなことになってそうなトコ」
「行けへんなら、(えんじゅ)汚部屋(おへや)のゴミ出し、しとけや」
「え?!(あきら)も行くの?」
「ふぁ~。次、お前が床で寝る番やで」
 二階へ向かおうとする(あきら)を、(えんじゅ)は慌てて追っていった。
「寝袋ヤダって!……おまえさあ、(まもる)の行くとこ、絶対ついてくよね」
「まあ、先輩やからなあ」
「今は同級生じゃん」
「で?お前はどうすんの?」
 階段を上がっていくふたりの声が小さくなって、扉を閉める音とともに消えていった。
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