遥かな伴

文字数 2,665文字

 白い毛皮に埋まる稀鸞(きらん)の指がぴくりと動き、そのわずかな身動(みじろ)ぎが、彼が起きていることを若者たちに知らしめした。
 アーユスで昔語りをするも、その様子はまるで熟睡しているのかのようで。
 もしかしたらそれは稀鸞(きらん)でななく、蒼玉(そうぎょく)が視せているのではないかと思うほどだったのだ。
『私はそのまま、琉沱(るた)闇鬼(アンデラ)界、深部をつなぐ穴を封印し、深い水底まで飛びました。そして、ともに消滅するはずだったのです』
 目を閉じたままの稀鸞(きらん)から、細く長い息が吐き出される。
『”不動金縛り”は完成していた。(チャンドラ)真言(マントラ)も効いていた。だが、なぜか私も琉沱(るた)も消滅しなかった。……(チャンドラ)。その答えは、お前が伴に眠っていたことと関係するか』
 稀鸞(きらん)の目がゆっくりと開かれて、蒼玉(そうぎょく)に向けられた。
『お前の着ている浅緋(あさあけ)(ころも)。それは陽の戦士(ヴィーラ)太陽(スーリヤ)のものだな』
『はい』
『教えてもらえるか。私が封印を成したあと、何が起きたのかを。なぜお前たち姉妹が人里には下りず、私の伴をすることになったのかを』
 蒼玉(そうぎょく)はうなずき、肩を抱いたままの(まもる)を見上げる。
(まもる)、離してもらえますか?」
「だめ」
「……(まもる)って、そういうこと言うんやな」
 目を見張る(あきら)を横目でにらんだ(まもる)の視線は、すぐに蒼玉(そうぎょく)に戻された。
「いや?」
「まさか。でも……」
 蒼玉(そうぎょく)は手を伸ばすと、(まもる)の頬を軽くなでる。
『こんなに近いと深く感応してしまう。きっとあなたは心を痛める。……優しいから』
『ソウは俺の全部を知ってるだろう?だって、ずっとそばにいたんだから。俺も蒼玉(そうぎょく)の過去を近くで視たい。蒼玉(そうぎょく)ばっかり、ずるい』
 同じように蒼玉(そうぎょく)の頬に手を添えて、(まもる)はほんの少し唇を尖らせた。
「ふふっ」
「……けっ」
「あれ?“感じわりぃ”って、言わないの?」
 幸せそうなふたりから視線をそらせた(しょう)を見て、(えんじゅ)がニヤリと笑う。
「いたっ。だから、グーやめてよ。なんで叩くのっ」
「そこに頭があったから」
「僕の頭は山じゃないっ」
「いやでも、(しょう)にしては文句も言わんといて、ようこらえたやん」
「恋人同士の秘密の語らいってやつだろ。それを盗み聞きたいって思うほどゲスじゃねぇよ」
「ああ、そんなんは(わきま)えてるんやな」
「だって、あれ見ろよ」
 見つめ合う蒼玉(そうぎょく)(まもる)を、(しょう)はアゴでくいと示す。
「あれ、ホントに(まもる)か?ナニ“話してる”のかわかんねぇけど、気持ちは隠すつもりもねぇじゃんか」

 蒼玉(そうぎょく)の小さな微笑。
 そして、(まもる)が返す同じ笑顔。
 今、そのバングルは光を帯びてはいないが、彼らの方法で思いを交わしていることは、もう十分わかっている。

「合コンキングの(しょう)には縁のない、ピュアピュアな世界だねぇって、痛いって!パーだったらいいってわけじゃないからね?」
 金髪頭を平手打ちした(しょう)は、涙目の(えんじゅ)に盛大な舌打ちを返した。

 しばらく見つめ合ってから、(まもる)蒼玉(そうぎょく)は仲間たちへと向き直る。
「立ちっぱなしで疲れたろう。……何がいい?」
 リビングの応接セットを親指で示す(まもる)に、(しょう)は肩をすくめた。
「主語を入れろよ。……コーヒー。ブラックなら何でもいいわ」
「俺もなんでもええよ。手伝いますか?」
「いや、いい。……蒼玉(そうぎょく)
 (まもる)から手を握られた蒼玉(そうぎょく)が、ゆっくりと首を横に振る。
「約束したでしょう?皆さんに関係することは、できるだけ説明しましょう」
 鈴振る声にたしなめられた(まもる)は一瞬眉をしかめ、だが、すぐに素直にうなずいた。
蒼玉(そうぎょく)に手伝ってもらいたい、んだ。ココアの作り方を教えるから」
「わたしがお願いしたのです。(まもる)の好きな”ここあ”というものを、ずっと飲んでみたかったので」
「はぇ?」
 にこりと笑う蒼玉(そうぎょく)と背中を向けてしまった(まもる)を見て、(えんじゅ)がちょっとマヌケなほど口を開けて固まる。
「え、(まもる)ってココアとか飲むの?てか好きなの?ウソ!いっつもコーヒー、……じゃん」
 振り返った(まもる)の不機嫌そうな顔に、(えんじゅ)は思わず口を閉じた。
(まもる)
 鈴の音にたしなめられて、(まもる)の眉が八の字に下がる。
「怒らないの。もう内緒ではないでしょう?……わたしのことも」
「……うん」
 恋人つなぎの手にキュッと力を入れて、(まもる)は観念した目で仲間たちを見やった。
「ひとり分だけ作るのも面倒、というか」
「なら、僕だってつき合ったよ。紅茶は好きだけど、ココアも嫌いじゃないよ」
「一緒に飲みたい人じゃない、というか」
「うーわ、傷つくぅ~。正直すぎるって、美徳じゃないからね?」
「……」
「オマエ、甘いもの嫌いだと思ってたよ。コーヒーだって、砂糖入れてんの見たことねぇし、……え」
 うっすらと頬を染める(まもる)に、仲間たちは言葉を失う。
「ナニその顔」
「うちの和菓子もあんまり食べへんから、てっきり」
(まもる)は甘いものが好きなんですよ。でも、自分で作るのも好きだから、外では食べないって」
蒼玉(そうぎょく)
 (まもる)の手が、その口を再びそっと(ふさ)いだ。
「え、オマエが?!」
「まさかのスィーツ男子?!」
「嘘やろ!」
「お前らうるさい。……違うよ」
 蒼玉(そうぎょく)の手をぐいっと引っ張った(まもる)の手が、一瞬だけ光る。
「……約束、ずっと守っていてくれたのですね。ふふふっ、ありがとう」
 見上げる蒼玉(そうぎょく)に照れた笑顔を見せて、(まもる)は小さな手を離さないままリビングを出ていった。
「僕たちの前でスィーツ食べない本当の理由は、教えてくれないんだね」
 (えんじゅ)のつぶやきに、ウサギとその毛皮に埋まる稀鸞(きらん)が同時にクスリと笑う。
「我が(あるじ)は、ビャッコ様の特別でいらっしゃいますからね!」
『幼いころに、甘いものは(チャンドラ)の前でしか食べないと誓ったとか』
「え、あの……、なんで」
「ふたりの秘密だろ。無理やり(のぞ)くなんてマナー違反、」
「失礼な」
 抗議する(えんじゅ)(しょう)を半眼でにらんで、月兎(げつと)はフンっと鼻息を荒くした。
「そこそこのアーユスでしたよ。ビャッコ様は隠そうとなさっていたわけではありません。あのおふたりが本気ならば、ワタクシたちにさえ感知できぬようにすることなど、造作(ぞうさ)もないのです。能力不足を人のせいにしている限り、四神が顕現(けんげん)するなど、」
月兎(げつと)
 稀鸞(きらん)の重い

にウサギの体がびくりと震え、耳がぺたりと下がる。
「……失礼、いたしました……」
『白虎はとても照れていました。声に出すことが難しいほど。アーユスの光を抑えられないほど。いずれにしても、その経緯は私も知りたい。ふたりが戻ってきたら、(チャンドラ)から話を聞きましょう』
「経緯?」
『ふたりが睦まじい絆を結んだ、……結べたその理由です。太陽(スーリヤ)の“眠りの術”が破られたわけではない。それなのにどうして、ふたりは出会えたのか』
「ああ、あいつらの“なれそめ”ってやつですか。それは、オレも知りてぇわ」
「僕も」
「俺も」
 声をそろえて、仲間たちは深くうなずき合った。
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