相棒と友人たち-4-

文字数 2,263文字

 そう、四十万(しじま)が「あんなヤツラ」呼ばわりをした三年生たちは、現在「因果応報」そのものの状態となっている。

 創二(そうじ)からバロンのリードを奪った生徒は、定期考査でカンニングの確固たる証拠を押さえられ、内部推薦の資格を失った。
 診療代でカラオケに行こうと言っていた生徒は、金銭トラブルがこじれにこじれて、この時期に転校していったらしい。
 そのほか、あの集団を構成していた三年生たち全員、似たりよったりの状況に陥っている。

「で?」
 (えんじゅ)創二(そうじ)を振り返った。
「イトコさんは、今日の話し合いで大人しくなりそうなの?」
「ん。……だといいけど、なぁ」
 言葉を濁す創二(そうじ)に、(まもる)が顔を向ける。
「イオキコーポレーションの周年記念パーティ?」
「え?」
 創二(そうじ)はバロンをブラッシングする手を止めた。
「なんでそんなこと知ってんの?」

(おや)

 一瞬だけ現れた、(まもる)の「しまった」という表情を見逃さずに。
 (しょう)はマグカップに口をつけたまま、その横顔を見つめた。

(めずらし。口滑らせたのか。

(まもる)が)

「父親の秘書が」
高梁(たかはし)さんが?」
「言っていた」
「なんで?何か関係してるの?」
「……」
 
 親しくしてみれば、創二(そうじ)は決して根っからの粗暴な人間ではなかった。
 (すき)あらば(まもる)の家に入り浸ろうとする(しょう)とは違って、誘われても、迷惑にならないのかを何度も確認する、そんな遠慮深さも持っている。
 その創二(そうじ)が、あまり追及してほしくなさそうな雰囲気を無視して、(まもる)を問い詰めていた。

(はぁん。こりゃ丁度いいかもしんねぇな)

 (しょう)は口を挟まず、ふたりのやり取りを見守ることにする。
「なあ、なんで?」
 しばらく沈黙していた(まもる)から、しぶしぶといったため息が漏れた。
「あのホテル」
 (まもる)が視線で示したのは、掃き出し窓の外に見えてるホテル。
 その「みなとの迎賓館」とも称されている高級ホテルは、暮れ残る空を背景に、まるで一幅(いっぷく)の絵画のようだ。
「うん、あそこのボールルームでやる。クリスマスに。……だから、なんで」
「父親の、……職場」
 仕方なさそうに、最後は覚悟を決めたような顔で。
「あのホテルで開催されるイベントの予定は、高梁(たかはし)さんの頭に全部入ってる」
「……そう、なんだ。だとしてもさ」
 だが、そんな(まもる)の告白にも創二(そうじ)の追及は止まない。
「その予定を、わざわざ(まもる)に伝える必要ってある?いくつもある予約のひとつだろ、いくらオレんちの会社が使うっていっても」
「……ふぅ」
 降参するようなため息をついて、(まもる)はソファにもたれかけさせていた体を起こした。

(ああ、やっぱり)

 ひょんなことで欲しかった情報を手に入れた(しょう)は、腹の中でほくそ笑んだ。

 AIKAホールディングスが保有するホテルが父親の職場。
 その父親には、超がつくほど優秀な秘書。
 その秘書から敬語で応対されている秋鹿(あいか) (まもる)

(なるほどね。これを使わない手はねぇな)

「じゃあさあ、(まもる)。協力してって言ったら、してくれんの?」
「協力?」
 (まもる)は表情を変えずに、首だけを傾けた。
 しばらく沈黙のあと、()れた(しょう)が再度尋ねる。
「協力、してくれんの」
「必要?」
「究極なくても成功させるつもり。でも」
 (しょう)が滅多に見せない真面目な顔をしていた。
「オマエの協力があれば、“つもり”は“必ず”になる」
「……」
「ん?バロン、どこ行くんだ?」
 創二(そうじ)(ひざ)から立ち上ったバロンが、小走りで(まもる)の元に向かうと、その真正面にきっちりとオスワリをする。
 (まもる)が小さな男爵に尋ね顔をすると、バロンは片足を上げて、二、三度足先を上下させた。
 何かを催促するようなジェスチャーを見た(まもる)は、その肉球を柔らかく握る。
「……そうか、バロンの頼みならば仕方ないな。大丈夫、バロンの相棒は、俺の友達だよ」
「まもるぅ~。なんだよ、ガッコじゃ素っ気ないけど、やっぱりオレのこと友達だと思って、」
「ときどき人外になるヤツは友達じゃない」
 バロンの足を離すと、(まもる)は目をウルウルさせる(しょう)をにらんだ。
高梁(たかはし)さんにも、“友人は選ぶべきです”って説教された。……長かった……」
 普段あまり表情を動かさない(まもる)が、うんざりとした目をしている。
「え?!」
 (しょう)がのけぞって驚いてみせた。
「こんなまともなカッコしてるのに?!」
「……三日前」
 (まもる)の目つきがさらに厳しくなる。
「三日前?……あ!あ~」
 しまったという顔で、(しょう)明後日(あさって)の方向に目をそらせた。
(しょう)が合コンに行った日だね。黒地にバーミリオンのドット柄のシャツ着てったら、ウケたって言ってたよねぇ。その組み合わせは、ハイユウヤドクガエルだね!」
 嬉しそうな顔をしている(えんじゅ)に、(しょう)のデコピンが炸裂する。
「カエルに詳しくなってんじゃねぇよ。あぁ、そっか~」
 頭を(かか)えて(しょう)がうなった。
「合コン会場のカフェ、あのホテルの近くだったわ。んだよぉ~、もう少し早く教えろよ。高梁(たかはし)さんの職場のこと。……やべぇ、もしかしてオレ、出禁食らう?」
「これ以上は、かばえないからな」
「今までかばってくれてた?!まもるぅ~」
 抱きつこうとする(しょう)の腹に、(まもる)(かかと)をめり込ませる。
「やめろ。それで、何の協力?」
「ぐぇ。……それはですね」
 腹を押さえた(しょう)が立ち上がって、創二(そうじ)を手招いた。
「是非、聞いていただきたい。五百木(いおき)の坊ちゃんにも、秋鹿(あいか)の坊ちゃんにも」
「帰れニルス」
「その名で呼ぶなよっ、ムカツクなぁ」
「ムカつくなら帰れ」
「帰らねぇよっ」
「“帰れニルス”って、“走れメロス”みたいだね」
「面白くない」
「面白くねぇっ」
 気が合うのか合わないのか。
 (まもる)(しょう)、ふたりからユニゾンで突っ込まれた(えんじゅ)は、可愛らしくぺろりと舌を出しておどけてみせた。
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