守護の兆し

文字数 3,512文字

 蒼玉(そうぎょく)から(しょう)と同じ方術を受けた(えんじゅ)が、人心地ついた顔で首をコキコキと鳴らした。
「……パドマを閉じてもらってるときさ、蓮華(れんげ)の花が見えたよ。あと、閉じていった七つの場所が全部、チャクラと同じだった」
 (まもる)の目がわずかに見張られたのを見逃さず、(えんじゅ)がニマリと笑う。
「意外だった?僕、ヨガやるんだよねー」
「あー、なんか花が見えた気はしたけど。でも、レンゲか?あれ」
(しょう)ってば、もしかして、田んぼに咲いてるやつを想像してる?」
『あれは紅蓮華(ぐれんげ)(あか)(はす)の花。救いの花です。チャクラ、とは……』
 全員が感知できる強さのアーユスを使いながら、稀鸞(きらん)(まもる)に手を伸ばした。
『白虎、お願いします』
 ためらいなくその手を取ると、(まもる)(うやうや)しい仕草で胸に当てる。
『……ああ、そのとおりです。なるほど。あなた方は“チャクラ”と呼ぶのですね』
「アーユスは“気”みたいなもんですか?俺たちが普段、(しゅ)で使う」
 (あきら)から問われて、(まもる)蒼玉(そうぎょく)の鈴を張ったような瞳をのぞき込んだ。
「同じ、かな?」
「わたしが(まもる)に教えたのは、神々の力をお借りして、自らの霊力をプラーナに乗せる方法だから。プラーナは……」
息吹(いぶき)?」
 口ごもった蒼玉(そうぎょく)を、すかさず(まもる)がフォローする。
息吹(いぶき)?そうね、その表現がぴったりね」
「いやあの、聞いたの、俺なんやけど……」
 見つめ合って微笑む(まもる)蒼玉(そうぎょく)を前に、(あきら)が居心地悪そうに顔をうつむけた。
息吹(いぶき)も霊力も少しずつ異なりますが、元は同じ。朱雀の言う“気”もそうでしょう。それらすべての(みなもと)が命です。私たちは命の波動を様々な力に変えて、時に神々の御力(みちから)もお借りして戦う。”気”を用いた(しゅ)を操り慣れていたため、朱雀はパドマや(アーユス)の制御が容易(たやす)いのですね』
「そう、ですね。わりと馴染(なじ)みあるものやったかな。でも、稀鸞(きらん)さんはどうして、俺を朱雀と呼ぶんです?」
「「それ」」
 (えんじゅ)(しょう)が声をそろえる。
『あなた方には、四神の(まも)りがあるからですよ。まだその身に(かたど)られてはいらっしゃらないが、確かに感じるのです。(やいば)のような道を歩かれ、血を流しながらも進み続ける者に宿る、その胎動を』
 稀鸞(きらん)のまなざしは、内側をあぶり出すような強さがあった。
『朱雀、あなたは季節ならば夏、もしくは南方のお生まれなのでは』
「え……。ああ、そうです。俺は夏のど真ん中の生まれです。……あ、そうか」
 しげしげと、(あきら)は友人たちを見下ろす。
「そういうたら、ふたりともど真ん中やな、誕生日。(えんじゅ)は四月やんな」
「え、うん。四日」
「四月四日で、四合わせの日でエンジェル、(えんじゅ)って名前つけられたんだっけ?」
 唇の片端を上げる(しょう)に、(えんじゅ)の冷たい視線が返された。
「なんだよ。人の名前に文句があるの、ニルス」
「ざけんなっ、二度とソレで呼ぶなよ!」
「本名じゃん。子供のころはガチョウも飼ってたんでしょ」
「飼ってたのはオレじゃねえっ」
「もうええ加減にせえ」
 うんざりとした(あきら)が、ふたりの間に入る。
(しょう)は冬生まれやんな。二月やったっけ?」
「そうそう、モテ日だけど、誕プレがぜーんぶチョコなんだよねー」
 (あきら)の背中からひょいと顔を出した(えんじゅ)が、ペロリと舌を出した。
「バレンタイン生まれなんて、チャラ男にぴったりぃー」
「テメェ」
 イケメンの鬼の形相に、(えんじゅ)は慌てて(あきら)の背に隠れる。
「それで秋鹿(あいか)さんが十月……。そうか」
 じゃれ合うようにもめているふたりを、軽くその腕であしらいながら。
 (あきら)稀鸞(きらん)たちに向き直った。
「今まで気ぃつけへんかったけど、確かに俺らは、春夏秋冬の生まれやな」
「それがどうしたの?」
 (えんじゅ)の首がキョトンと曲げられる。
秋鹿(あいか)さんと俺がつこてるのは、陰陽道だっちゅうのは知ってるやろ」
「うっすらと?」
「記憶に?」
 (えんじゅ)(しょう)は曖昧な顔を見合わせた。
「古い時代の中国で生まれた、陰陽五行説がもとになってるって……。はぁ~、その顔は忘れてるな、さては」
「えっとぉ、えへへ」
 (えんじゅ)の渾身のテヘペロ顔だが、友人に通用するわけもなく。
「きしょい顔やめんかい」
 (あきら)はスンとした顔で続けた。
「ええか?前にも言うたけど、五行っちゅうのはな、(もく)()()(ごん)(すい)の五つの要素を指しとって、万物の要素でもあるんや」
「へいへい」
「ほうほう」
「聞く気あるんか」
「あるけどさあ、つまり?それが僕たちの誕生日と、どう関係するのさ」
 どうでもいいような(えんじゅ)の態度に、(あきら)はため息をつく。
「まあ、

の要素やからな。五行は季節や方角、それから神獣にも当てはめられてる。春の神獣は青龍や。方角は東。夏は朱雀で南。秋は西の白虎で、冬の玄武が北」
「……優秀」
「へへへ」
 

(まもる)から()められて、(あきら)が誇らしげに胸を張った。
「ごっつ仕込まれたし」
「ふぅ~ん?」
 わかったような、わからないような。
 おぼつかない顔で(えんじゅ)は眉をしかめた。
「でも、

行なら、ひとつ足りないじゃん。春夏秋冬なら四つじゃん」
『もうひとつは』
 深く穏やかなアーユスに、三人の目が稀鸞(きらん)に集まる。
『季節は土用。方角は中央。神獣は麒麟』
 稀鸞(きらん)が自らの左手首を少年たちに掲げると、金属製のバングルが(ほの)かに光っていた。
 その青銅色の腕輪にはぐるりと青、赤、白、黒、そして黄色の宝玉が輝いている。
『これは(アグニ)天空(アカシャ)の腕輪。五行神獣の御力(みちから)もお借りして、さまざまな方術を行います。(アーユス)の増幅器、とでも言えば、理解しやすいでしょうか。ですが、私は……』
 ほうっと稀鸞(きらん)が息を吐き出し、その体が深く白ウサギの腹に埋まった。
『あまりにも長く眠りすぎた。今となっては、天空(アカシャ)の守護である麒麟を使うのがせいぜい。けれど、四神の(まも)りを持つあなた方と出会った。これは、ここで闇鬼(アンデラ)を滅せよという思し召し』
「えーと、つまりは……。オレらに神様がついてて、オレは冬生まれだから玄武?んで、あのキモチ悪いヤツを倒す、手助けをしろってことですか?」
「……途方もあれへんなあ」
 ガシガシと乱暴に頭をかく(しょう)の隣で、(えんじゅ)は瞳を伏せる。
 
 何度聞かされても、想像が追いつかない。
 にわかには信じられない、現実味のない話だ。

「あの黒い霧っぽいのが鬼、アンデラってやつですか?アレと一緒に眠ってたっていうんですか?」
 第一と第二チャクラ、尾てい骨と下腹あたりに感じる熱の(うず)に、(えんじゅ)は知らずヘソの辺りを(さす)る。
 
 蒼玉(そうぎょく)に”パドマ”を閉じてもらってから、垂れ流されていたというそれが、身の内を巡っているようだ。

「それに、僕に神様がついているというけれど、それって日本の神様でしょう?この外見で一目瞭然だとは思いますけど、僕は純粋な日本人じゃない」
『ですが、この国の流れを感じるのです。青龍に流れる血と時間から。……あなたの流した、その涙から』
 (えんじゅ)がすっと真顔になり、凍えた青い瞳が稀鸞(きらん)を凝視する。
「何を、知っているの」
『何も、知りはしません』
 稀鸞(きらん)が慰めるように微笑んだ。
『ただ感じるだけです。涙の沼から()いあがったあなたは、()(もと)の地に立っていた。そして沼から足を引き抜き、痛みとともに一歩踏み出した。そのあなたに青龍が感応(かんのう)して(まも)りを与えても、なんの不思議もありません』
「もしかしてオマエ、本当に日本に(つな)がる人、ルーツにいんの?」
 (しょう)のまなざしから逃れるように(えんじゅ)はうつむく。
「ひいおばあ様が日本の方だよ。その伝手(つて)を頼って、僕は日本にに、……来たんだよ」
「初耳」
「初告白。……大体、東雲(しののめ)姓を名乗ってるだろ」
「んなもん、養子縁組その他諸々、やり方はあるだろーがよ。ワリと偽名だと思って付き合ってたけど?」
「……ホント、ヤな奴だな」
「おお、感じワルっ。そっちのオマエのほうが好みだな。今ならカレシに立候補しちゃう。やっぱ抱いていい?」
「絶賛お断り」
 碧眼(へきがん)でにらんでから、(えんじゅ)はぷいと顔をそらせた。
「神様の守護って言われても、ピンとけぇへんけど」
「その身深くに、まだ眠っていらっしゃいますから。けれど、目覚めは近いのではないかしら。……(まもる)にも感じられる?」
「うん。前よりも強く」
 目元を緩めた(まもる)が、蒼玉(そうぎょく)の小指をキュッと握る。
「オマエさあ、前からそう思ってたワケ?その四神?の守りが、オレたちにあるって」
 顔をしかめた(しょう)の視線が、再び”恋人つなぎ”になった(まもる)蒼玉(そうぎょく)の手に注がれた。
(あきら)は……、わかっていた。(しゅ)も使いこなすし。お前たちは、もしかしてという程度だったけれど、昨夜」
「昨夜?オマエんとこ泊まったとき?」 
「あの揺れを(しょう)(えんじゅ)も感じたのなら、やはりそうだったのかと」
「……わっかんねぇ」
「ね」
 (しょう)(えんじゅ)は戸惑い顔を見合わせ、軽いため息をつく。
『白虎と同様の契約をなされば、その力をお使いになることができるでしょう。……まずは、もう少し話をしなければなりませんね』
 月兎(げつと)に深く埋まったまま、稀鸞(きらん)は再び組んだ手を腹に乗せた。
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