顕現する悪魔-傲慢のマダースラ1-

文字数 1,519文字

 湖上にはっきりと姿を現した、夜空を覆いつくすほどの大蛇に稀鸞(きらん)は瞠目した。
「あれは、あの悪魔は……」
「復活の時が来たのだ!」
 闇鬼(アンデラ)琉沱(るた)が歓喜の顔で三つの腕輪を鳴らすと、のっぺらぼうだった大蛇に金の目が穿(うが)たれ、真っ赤な口からにょろりと舌が這いずり出る。
此方(こち)や、るた……。(まが)つアーユスの(ぬし)よ……』
 長い舌を巻き付けられた琉沱(るた)が、大蛇に飲み下されていった。
「おおお、おおおおおおおお」
 咆哮する大蛇の腹がミチミチと裂けて、そこに琉沱(るた)の顔が浮かび上がる。
「傲慢の悪魔マダースラよ、食いつくせっ」
 琉沱(るた)の怒鳴り声を合図に、体をふたつに折った大蛇が稀鸞(きらん)に迫った。
「オン・アビラウンケン・バサラ・ダト・バン!」※1
 稀鸞(きらん)の腕輪から生じたいくつもの矢が、大蛇に向かって光の軌跡を描く。
「ぎゃああああ」
「オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン!」※2
 ノタリバタリとうねる大蛇に、光矢が次々と襲いかかった。
「オーム・エーカダンターヤ・ナマハ!出でませ、エーカダンタ!」※3

「!!」
 稀鸞(きらん)の頭上に顕現した巨大な一本牙の神の姿に、(まもる)の視線は釘付けとなる。
『あれは?』
『アレハ、マダースラヲ倒ス神、エーカダンタ。ガネーシャ神ノ姿ノヒトツ』
 (まもる)を背にかばう白虎がアーユスを送るともに、ちらりと振り返った。
『ヨク見テオクガイイ、我ガ主』

「闇に堕ち、マダースラの縛合(サンガ)になり果てた琉沱(るた)罪報(ざいほう)を!」
 アーユスを光刃に変えた稀鸞(きらん)が、大きく腕を振るうのと時を同じくして、一本牙の神が大蛇に突進していく。
小癪(こしゃく)なっ。だがなぁ、死にぞこないが呼ぶ神など物の数ではないわっ」
 体をくねらせ攻撃をかわした大蛇が、太黒い尾でエーカダンタを打った。
 シュウと光霧を立ち昇らせて縮んだ神を見て、蛇の腹に張り付いた琉沱(るた)が、陰惨な嗤い声をあげる。
「はははっ、見ろ!!!あーはははは!……は?」
「ノウマク・サンマンダバザラダン・カン!」※4
「ぐおぉ、ぐぅおおおおおっ」
 エーカダンタの背後から飛び出た稀鸞(きらん)がマダースラを斬り下ろしていった。
「オーム・エーカダンターヤ・ナマハ!!」
『願イ叶エタリ』
 稀鸞(きらん)のマントラで輝きを取り戻したエーカダンタが、神々しいまでの一本牙を大蛇マダースラの腹に突き立てた。
「「ギャアアアアアっ!」」
 夜空を震わせるマダースラと琉沱(るた)の悲鳴に、蒼玉(そうぎょく)と争っていた瑠璃(るり)の顔が上がる。
「父上……!」
 光縄の攻撃をするりとかわして、瑠璃(るり)は急ぎマダースラへと身を翻した。
「つかまってください!」
「……おお、よくぞ来た。神宝(かむだから)(にえ)よ。……くそ、ここまでか……」
 瑠璃(るり)の腕につかまりマダースラから抜け出た琉沱(るた)は、つけていた三つの腕輪をひとつ抜き取ると、マダースラの下半身目がけて投げ放つ。

 ジュウウウウウ。

「ううううう裏切るか。我を消して逃げる気か。……おお、おおおおお」
 腕輪が触れた部分から溶け崩れていくマダースラを後目(しりめ)に、琉沱(るた)はエーカダンタと稀鸞(きらん)から距離を取った。
「ふん。……役にも立たない悪魔が」
 卑しめた目をする琉沱(るた)の眼下で、闇穴に逃げ込もうとしたマダースラを、エーカダンタの一本牙が貫き、引き上げる。
「滅せよ!」
「おお、おおおおおおお」
 稀鸞(きらん)の太刀に真っ二つにされた大蛇の体が千切れ、風に乗って溶け散っていった。
 ひとまずと(まもる)がほっとしたのもつかの間。
「るりぃ、あの腕輪取り返せぇぇぇ」
 夜を揺るがすような琉沱(るた)濁声(だみごえ)が湖に響き渡った。

※1 大日如来マントラ 
※2 大日如来・光明真言 すべての災難が消滅
※3 エーカダンタ(ガネーシャ神化身のひとつ)マントラ 1本牙のお方に帰依いたします
※4 不動明王小呪 悪霊退散 戦勝祈願
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