フォークロア‐戦士の少女たち‐
文字数 3,086文字
「アグニ・スーリヤ……」
光矢の攻撃を身軽に避 けた星 の戦士 、瑠璃 が、鳳 の少女を冷えた目で見据える。
「相変わらず鼻がいいのね。……こんなに早く」
「いいのは腕だよ」
戦士 ・太陽 がニヤリと笑って、両腕の金銀の腕輪を構えた。
「ぎゃああああ!!」
部屋を揺らすよううな悲鳴に、太陽 とにらみ合っていた星 が、弾かれるように顔を向ける。
「次官さま!」
その視線の先で、稀鸞 の光縄でがんじがらめにされた琉沱 が、身をくねらせていた。
「お……、のれ……」
幾本もの縄がぎりぎりとその体に食い込み、締めあげ、琉沱 の顔が青ざめていく。
「ワレをタスけよ。たすケよ……」
琉沱 の呻 き声に応えるように、中空の闇が不気味な音を立て始めた。
ポコポコ……ポコ、ポコポコポコ……。
微かに、どこかで水が湧きだしているような。
ボコっ!ボコボコボコ、ブクブクブクブク……。
煮え立った、大量の湯が噴出しているような。
『ポコポコ……、ボコ……応……。我が半身よ……。禍 つ命 よ』
「ハリ・オーム・ナモー・ナーラーヤナ!」※1
竜笛 の唱えと、金属が打ち鳴らされる硬質な音が鳴り渡る。
音はたちまち金の光矢となり、幾万匹の蛇を刺し貫いていった。
だが、すり抜けた幾匹かの蛇たちが、稀鸞 の光縄に絡 みつき牙を立てる。
「!」
蛇によって縄は引きちぎられて、その反動によって稀鸞 が壁際へと飛ばされていった。
「アカシャ!……こんのぉっ、下位式のくせにワラワラと!」
月兎 が式神兵士たちの喉を食い破ると、たちまちその姿は消え去り、破れた和紙が床に散る。
「ザマアミロ……。我コソガ覇者。我ノ前ニ平伏セ……」
琉沱 はいつの間にか、湧き出した闇に抱 かれるように包まれていた。
「なんなの、あれは」
呆然とした太陽 の声が震える。
琉沱 の耳は獣のように尖り、その唇は耳まで大きく裂けて。
顎 まで伸びて牙のようになった犬歯が、ギラリと不気味な光を放っていた。
「闇鬼 になり果てたか」
吐き捨てるようにつぶやき、腕輪を構え直した太陽 は、ひとつ大きく息を吸い込む。
「オーム・ブール・ブワッス・スヴァハ・タッ・ サヴィトゥル・ヴァレーンニャム」※2
澄んた張りのある声とともに、ひときわ輝く光縄が琉沱 、いや琉沱 であった鬼に襲いかかった。
「瑠璃 ィィィ!|スーリヤヲ殺セっ」
その命令に星の少女が太刀を振りかざして、太陽 目がけて走る。
だが、息をつく暇もなく振り下ろされる星 の刃 を、太陽 は華麗な動きで回避しつつ、なおも鬼を追い詰めていく。
とうとう太い縄となった金光が鬼に巻き付いて、その醜怪な体をギリリと締めあげた。
「バルゴー ・デーヴァッスヤ・ディーマヒ」※3
謳 いあげられるマントラに、鬼に堕ちた瑠沱 の顔が歪 む。
「ディヨー・ヨー・ナッ、……っ!」※4
突然、竜笛 の調べを止めて、太陽 が身を翻 した。
「ぐぇ、ええええええ」
琉沱 だった鬼の口からまき散らされた汚物に、光縄が溶け崩れていく。
「逃ガサヌゾ、スーリヤ」
ニタニタ笑う鬼の腕から、触手のように伸びた闇がニュルニュルと床を這い、太陽 の足首に絡 みついた。
「くぅっ」
しなり上がった触手に吊り上げられ、打ちつけられた太陽 に、さらにもう一本の闇が襲いかかろうとした、そのとき。
「スーリヤ!アグニ・アカシャ!」
駆け込んできた若武者の太刀が、太陽 に絡まる闇の触手を断ち切った。
「うぁぁぁぁ」
闇鬼 の触手の断面から赤黒い液体が噴き出し、床を汚していく。
「駿河 殿、ありがたい!月兎 、こちらは大丈夫だから、お前はチャンドラの援護を」
白ウサギに支えられて立ち上がった稀鸞 が、駿河 と呼んだ若武者と月兎 にうなずいてみせた。
「御意!」
星 と斬り結ぶ蒼玉 の元へと、月兎 は転がるように走っていく。
「駿河 はなぜここに?そちらはもう片が付いたの?」
太陽 に肩を貸した若武者が、太刀を握り直してニヤっと笑った。
「お前の封印は完ぺきだ。許嫁 にさっさと置いていかれた俺を憐れんで、アグニ・アニラが連れてきてくれたんだ」
共通の友人でもある、同じ村の戦士 の名を聞いて、太陽 にも小さな笑みが浮かぶ。
「それは頼もしいこと。で、そのアニラは?」
「外の雑魚 を滅している。小物とはいえ、数が尋常ではないからな。……あの闇穴が元凶か」
「そうみたい。アカシャ!もう一度ガヤトリーを唱えます!駿河 、背中は任せる」
「全身任せろ」
「お断り」
軽口を叩き合うふたりのアーユスが高まり、陽炎 のように揺らぎ立ちのぼっていった。
「オーム・ブール、っ?!」
ドガァァァァンっ!!
太陽 が腕輪を構えた、その瞬間。
爆発音とともに闇の穴が破裂し、傍 らにいた蒼玉 と月兎 、そして、瑠璃 が弾き飛んでいく。
「蒼玉 !」
「なんだ、これはっ……」
蒼玉 を助けに行こうとした太陽 と若武者目がけて、闇穴から何本もの太黒い蔓 が伸びてきた。
「気持ちの悪い」
若武者がいくら大太刀で斬り捨てても、蔓 は闇穴からあふれるように伸びてくる。
そして、部屋の隅でうずくまる蒼玉 に巻きついて宙づりにすると、さらに幾本もの細い闇がその体を鞭 打った。
「ぐっ!……ふ……ぅっ」
革製の胴丸が破れ千切れ、直垂 がむき出しとなった蒼玉 に、さらに闇矢が襲いかかる。
「主 !あるっ……!」
悲壮な叫び声を残して、月兎 が煙のように消えていった。
絶え間なく放たれる闇矢の攻撃に、深緑の衣を血でどす黒く湿らせて。
とうとう意識を手放した小さな体が、力なくだらりと垂れ下がった。
◇
突然、走ってきた鎮 に抱きしめられて、蒼玉 の目が丸くなる。
「鎮 っ!?……大丈夫ですよ。わたしは大丈夫。……ありがとう」
鈴の声に、ルビーのような鎮 の瞳が上がった。
自らの傷を耐えるようなそのまなざしに、蒼玉 が小さく笑いかける。
「わたしは戦士 ですから。あんなことは、よくあること。あなたのほうが、ずっとつらい思いを耐えていた」
小さな手に背中を擦 りなでられても。
鎮 はただ首を横に振って、蒼玉 をより強く抱きしめた。
稀鸞 によって視せられた回想は壮絶で、蒼玉 が受けであろう苦痛を想像すれば、若者たちは言葉も出ない。
『さっきの霧が、蒼玉 を傷つけた奴なんだね』
不穏に光るビジョンブラッドの瞳で、鎮 は稀鸞 を振り返った。
「俺の力をあなたに託します。使ってください」
『……アイツ。絶対に許さない。ぶちのめす』
怒りに燃える赤い瞳を見て、渉 と槐 は、まざまざと思い知った。
鎮 と出会ってから今まで。
仏頂面を滅多に崩すことのない友人ではあるが、本気で怒ったところなど、見たことはなかったのだと。
「あいつでもブチギレること、あるんだな」
「あんなの視せられちゃったら、そりゃあ……」
「いや、最初にお前らに会うたとき、あんな感じやったで」
「え?」
若干、体を引き気味にしながら、槐 が煌 を見上げる。
「僕、鎮 を怒らせちゃってた?」
「いや、槐 にやなしに」
「ああ、そりゃワカルわ。サイテーなヤツらだったからな」
四人でつるみだすきっかけとなった「捨て犬事件」を思い出しながら、渉 は顔をしかめた。
※1 ヴィシュヌ神のマントラ 万物の現象の主に帰依いたします
※2 ガヤトリーマントンラ ヒンズー教で『ヴェーダの母』と称されるマントラ
物質界、心の世界、因果の世界に満ち満ちている 至高たる、サヴィトリの、実在を讃えます
※3 ガヤトリーマントラ 続き 究極の精神の輝き、聖なる真理を、深く瞑想いたします
※4 ガヤトリーマントラ さらに続き かの叡智によって、我らに光があたえられ……
光矢の攻撃を身軽に
「相変わらず鼻がいいのね。……こんなに早く」
「いいのは腕だよ」
「ぎゃああああ!!」
部屋を揺らすよううな悲鳴に、
「次官さま!」
その視線の先で、
「お……、のれ……」
幾本もの縄がぎりぎりとその体に食い込み、締めあげ、
「ワレをタスけよ。たすケよ……」
ポコポコ……ポコ、ポコポコポコ……。
微かに、どこかで水が湧きだしているような。
ボコっ!ボコボコボコ、ブクブクブクブク……。
煮え立った、大量の湯が噴出しているような。
『ポコポコ……、ボコ……応……。我が半身よ……。
音
が人語と変化するのと同時に、闇穴から巨大な黒蛇が幾千、幾万と飛び出してきた。「ハリ・オーム・ナモー・ナーラーヤナ!」※1
音はたちまち金の光矢となり、幾万匹の蛇を刺し貫いていった。
だが、すり抜けた幾匹かの蛇たちが、
「!」
蛇によって縄は引きちぎられて、その反動によって
「アカシャ!……こんのぉっ、下位式のくせにワラワラと!」
「ザマアミロ……。我コソガ覇者。我ノ前ニ平伏セ……」
「なんなの、あれは」
呆然とした
「
吐き捨てるようにつぶやき、腕輪を構え直した
「オーム・ブール・ブワッス・スヴァハ・タッ・ サヴィトゥル・ヴァレーンニャム」※2
澄んた張りのある声とともに、ひときわ輝く光縄が
「
その命令に星の少女が太刀を振りかざして、
だが、息をつく暇もなく振り下ろされる
とうとう太い縄となった金光が鬼に巻き付いて、その醜怪な体をギリリと締めあげた。
「バルゴー ・デーヴァッスヤ・ディーマヒ」※3
「ディヨー・ヨー・ナッ、……っ!」※4
突然、
「ぐぇ、ええええええ」
「逃ガサヌゾ、スーリヤ」
ニタニタ笑う鬼の腕から、触手のように伸びた闇がニュルニュルと床を這い、
「くぅっ」
しなり上がった触手に吊り上げられ、打ちつけられた
「スーリヤ!アグニ・アカシャ!」
駆け込んできた若武者の太刀が、
「うぁぁぁぁ」
「
白ウサギに支えられて立ち上がった
「御意!」
「
「お前の封印は完ぺきだ。
共通の友人でもある、同じ村の
「それは頼もしいこと。で、そのアニラは?」
「外の
「そうみたい。アカシャ!もう一度ガヤトリーを唱えます!
「全身任せろ」
「お断り」
軽口を叩き合うふたりのアーユスが高まり、
「オーム・ブール、っ?!」
ドガァァァァンっ!!
爆発音とともに闇の穴が破裂し、
「
「なんだ、これはっ……」
「気持ちの悪い」
若武者がいくら大太刀で斬り捨てても、
そして、部屋の隅でうずくまる
「ぐっ!……ふ……ぅっ」
革製の胴丸が破れ千切れ、
「
悲壮な叫び声を残して、
絶え間なく放たれる闇矢の攻撃に、深緑の衣を血でどす黒く湿らせて。
とうとう意識を手放した小さな体が、力なくだらりと垂れ下がった。
◇
突然、走ってきた
「
鈴の声に、ルビーのような
自らの傷を耐えるようなそのまなざしに、
「わたしは
小さな手に背中を
『さっきの霧が、
不穏に光るビジョンブラッドの瞳で、
「俺の力をあなたに託します。使ってください」
『……アイツ。絶対に許さない。ぶちのめす』
怒りに燃える赤い瞳を見て、
仏頂面を滅多に崩すことのない友人ではあるが、本気で怒ったところなど、見たことはなかったのだと。
「あいつでもブチギレること、あるんだな」
「あんなの視せられちゃったら、そりゃあ……」
「いや、最初にお前らに会うたとき、あんな感じやったで」
「え?」
若干、体を引き気味にしながら、
「僕、
「いや、
「ああ、そりゃワカルわ。サイテーなヤツらだったからな」
四人でつるみだすきっかけとなった「捨て犬事件」を思い出しながら、
※1 ヴィシュヌ神のマントラ 万物の現象の主に帰依いたします
※2 ガヤトリーマントンラ ヒンズー教で『ヴェーダの母』と称されるマントラ
物質界、心の世界、因果の世界に満ち満ちている 至高たる、サヴィトリの、実在を讃えます
※3 ガヤトリーマントラ 続き 究極の精神の輝き、聖なる真理を、深く瞑想いたします
※4 ガヤトリーマントラ さらに続き かの叡智によって、我らに光があたえられ……