烈火の娘-3-

文字数 2,571文字

 カワイイ系の、その呼び方に不信感が募る。
「ショウ?さっき、クロって呼ばれとったやん。あだ名?偽名?どっちが?……ほんっまに胡散(うさん)臭いオトコやなあ」
「え」
 金髪碧眼カワイイ系が足を止めて、「驚愕」と書いてある顔をした。
(しょう)の顔面に騙されずにウサン臭さを見抜くとは、この方はどなた?」
「あなたは日本語が上手やね。こっちは長いの?」
「あー、えっと」
 カワイイ系に今度は苦笑いが浮かぶ。
「僕は東雲(しののめ)(えんじゅ)といいます。ひいおばあさんが日本人なんです」
東雲(しののめ)くん?そうなん!そら堪忍な。てっきり留学生かと」
「まあ、この見た目なんでよく言われます。……ええっと、お姉さんは?」
「お姉さんとか」
 不本意が声に出た。
「そないに年は変われへんやろ。うちは大学の三回生やさかい。……(あきら)の姉で、(かがり)いいます。どうぞよろしゅう」
 名乗ったとたん、顔をこわばらせたカワイイ系が派手男イケメンに近寄って、耳打ちをする。
「え。……(しょう)、知ってたの?」
「ああ、(あきら)がダッシュで逃げたからな」
「あぁ~……」

(この反応は……)

「ちょっと、秋鹿(あいか)くん」

 派手男改め胡散(うさん)臭いイケメンといい、金髪の東雲(しののめ)くんといい、どうして、こんなに自分を知っている様子をするのか。
 しかも、悪い方向に。

「ウチのこと、なんか言うてんやろ」
(まもる)が他人のウワサ話をするような人間だとでも?」
 呆れるようなため息をついた歌姫に、はたと気づく。
「そう、やね。秋鹿(あいか)くんはそもそも、口を開かんもんね。ってことは、あっ!」
 
(思い出した!油を売ってる場合ちゃうやん)

(あきら)やね!あのコもここに住んどるんやろ?どこにおんねん!」
 思わず立ち上がって辺りを見回してみたが、もちろん、この場に(あきら)はいない。
「まだ帰ってきてへんの?なら、待たしてもらうわ」

 (あきら)、弟とは、もう三年以上会っていない。
 高校を決めるときには「大阪を出たい」と相談されて、全力で応援した。
 けれど、大学はこっちに戻ってくるものと思っていたのに。
 自分には何の話もなく、親から「そのまま付属校に進学したいらしい」と聞かされた。
 しかも。
 今度は友達とシェアハウスをするから、今の下宿を出ると連絡してきた。
 ……高校生のひとり暮らしを渋る親を説得するために、自分の伝手(つて)で紹介した先だったのに。

 それが(あきら)の本心ならば応援する。
 けれど、その理由ひとつ説明してくれないままでは納得できない。
 だって、秋鹿(あいか)くんの所に転がり込むのかと思っていたら、「友達4人で」だというのだ。
 誰と、どうして、どこで暮らすというのか。

(ほんまに弱み握られて、

パシりにされてるんちゃうやろうな)

 大阪時代、秋鹿(あいか)くんは(あきら)の味方でいてくれた。
 けれど、三年あれば人間関係など変わる。
 変わってしまう。

「ごめんなさい、(かがり)さん」
 秋鹿(あいか)くんの平坦な声は、とても「ごめん」と思っているようには聞こえない。
(あきら)は会いたくない、今は会えないと言っています」
「なんでアンタからそんなん言われなあかんのっ」
 立ち上がって一歩、秋鹿(あいか)くんに詰め寄ると、歌姫がその姿を隠すように前に出た。
「どいて!うちが話してるんは秋鹿(あいか)くんやで!」
「話などしていないでしょう」
「は?アンタの耳は仕事してへんのやな」
生憎(あいにく)、機能に問題はありません」

 まったく。
 つくづく、この()秋鹿(あいか)くんにそっくりだ。
 どんなに感情をぶつけてみても、(あお)っても。
 その声にも表情にも、さざ波ひとつ立てることができない。

「ですから、あなたの感情的な怒鳴り声は聞こえています。あなたのほうが心配ですね。……おもに心が」
 無表情で(あお)り返されて、こめかみがヒクリと震えた。
「フザケタこと言わんといて!秋鹿(あいか)くんが(あきら)を隠しとるくせに。ウチから遠ざけとるくせに!」

 もう一歩詰め寄ると、間近になった人形のような瞳に、急激に気持ちが冷えていく。
 でも、だからといって、このモヤモヤの持って行きどころがわからない。
 言葉が止まらない。

「夏休みも正月も秋鹿(あいか)くんとこに入り浸って、いっこも帰ってけえへん!ほんまに恋人同士なんとちゃうか思うとったのに、秋鹿(あいか)くんの隣には、アンタみたいな可愛いコがおるやんっ」
「ああ、それでゲイでバイ疑惑」
「え、ナニそれ?」
「あとでな」

 こそこそ話をするイケメンたちにイライラが募っていく。

秋鹿(あいか)くんが(あきら)の恋人なら、それはそれでええねん。(あきら)が幸せなら。せやけど、ちゃんと話をしてほしい。こないに逃げんといて」
(まもる)は師匠のような存在ですよ」

 あなたのカレシ(だろう)は、ほかの

恋人なんじゃないんですかと言ってやったのに。
 なんでこの()は、こんなにも冷静でいられるんだろう。

「それ超えてんやろう!大阪でも、四六時中べったりやったで。なんかあったら“秋鹿(あいか)さん、秋鹿(あいか)さん”って。秋鹿(あいか)くんに出会うてからやで。家にあんまりおれへんで、秋鹿(あいか)くんのあとばっかついて回って」
「一緒に勉強をしていただけです。(あきら)は不得意が多かったから」
「勉強なら、ウチが面倒をみてたから十分や!」
「ああ」
 歌姫がにっこりと笑った。
「自分の役目を取られて、すねているのですね。唯一の拠り所だった、”弟の面倒をかいがいしくみる姉“の座を奪われて、とても寂しい」

 バシっ!!

 激しい打撃音がリビングにこだまする。

 カッとなって、思わず手が出てしまった。
 だが、渾身の(こぶし)を難なく手の平で受け止めた歌姫は、虫を追うように払いのける。
 
(ウソやろ。……この至近距離でノーダメージ?)

「図星で、思わず手が出てしまった?そうやって、強引に奪う気持ちを隠せないのならば、逃げられて当然ね」
「アンタ、ええ度胸やな」
 温度のない笑みが(しゃく)に障って、一歩足を引いて構えを取った。

 ここが屋内だろうと、それが極めてオシャレな部屋だろうと関係ない。
 ケンカを売ってきたのは向こうだ。

「ソウ」

 男役スターは妹を止める気だろうか。
 だが、お生憎さま。
 そんな気になってはやれない。
 どう攻略してやろうか。
 眼前の歌姫をじっと観察すれば、ただ突っ立っているだけのようで、まったく隙がない。
 こんな可愛いなりをして、なんて凶悪な()だろう。

「ここじゃ狭い。れくりえーしょんるーむ、にご案内して」

(……止める気はあれへんのやな)

「はい。……こちらです。どうぞ」
 殺気を消した歌姫が笑みを深めながら、キッチン奥にある扉を示した。
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