友人の船出-2-

文字数 4,022文字

 久しぶりに見た兄貴がオレを凝視している。
 それはもう、穴が開くほどに。
 家でばったり会ったときはいつも、イケてるカッコしてるからな。
 このスーツが地味過ぎて似合ってない?
 急に来て驚いた?
 まあ、どうでもいいんだけど。

「ケジメつけてこいよ、創二(そうじ)
 最高にカッコよく送り出してくれたけど、ケジメつけんのは(しょう)、おまえの女関係のほうじゃねぇの。
 とは思うけど、(しょう)の言うとおりだ。
 イトコたちが自分のやってきたことを精算したように、オレもきちんとケリをつけよう。


「あら」
 両親に挨拶をしようとしたところで、尖がった声が背中を刺した。
「珍しい」
 振り返ると、叔母が片頬だけで笑っている。
「兄さん、盛大な式典の開催、お祝い申し上げます」
 隣に立っているオレの母親、義姉のことをガン無視するのは、いつものことだ。
創一(そういち)さんもお元気そうね。学長賞をもらうなんて素晴らしいわ。うちのは推薦が決まって油断したらしくて、今回は成績がとても悪いの。恥ずかしいわ」
「また背が伸びたじゃない」
 叔母のうしろで、居心地悪そうにしているイトコに母親が声をかける。
「あなたは普段からよくやってるんだから、心配ない。調子の出ないときもあるでしょう」
「そりゃあねえ。万年最下位で、卒業も危ぶまれるような子と比べたら、そうかもしれないけれど」
 叔母が小馬鹿にしたような流し目をオレに寄こした。
創二(そうじ)さんは、上の大学には行かないんですって?一貫校なのに推薦も受けられないなんて、付属校に行った意味があるのかしら」
 止まらない嫌味に周囲の空気が悪くなる。
 集まっていたおっさんたちが微妙な顔を見合わせて、そつのない言い訳を並べて去っていった。
 
 オヤジは、……相変わらずの能面顔か。
 ここでいさめたとしても、収まる人じゃないけど。
 妹ひとり制御できないなんて、兄としても社長としてもどうなの?
 ……いや、誰にも止められないヤツっているからなぁ。
 
 そんな、どうでもいいことを考えてやり過ごしていたけれど、叔母は甥っ子(オレだけど)叩きをやめるつもりはないらしい。
「まったく。創二(そうじ)さんの素行の悪さときたら、」
「ご無沙汰しております。五百木(いおき)社長」
 叔母の口を封じたのは、ベルベットのように艶のある低い声だった。
「これは秋鹿(あいか)社長。わざわざご挨拶にいらしてくださったのですか?」
 フォーマルスーツが超絶似合う、舞台俳優なんじゃないかと思う人が差し出した手を、父親が握りしめている。
「ご満足いただけておりますか?」
 その背後から聞こえてきたのは、とっても馴染みのある声だ。
「おや、珍しい。いつもお忙しい高梁(たかはし)さんまで」

 へぇ。
 高梁(たかはし)さんと知り合いなんだなんて、なんだかオヤジを見直しちゃうな。

「とてもお世話になって、お世話をした方にぜひ、ご挨拶をと思いまして」
 高梁(たかはし)さんの銀縁眼鏡が、きらりと光った。
創二(そうじ)君、期末試験の結果はいかがでしたか?」
 両親と兄貴、そして、もちろん叔母とイトコの注目がオレに集まっている。
「はい。みんなと勉強したし、高梁(たかはし)さんにもごジョリョクいただいたので。本当にありがとうございました」
「いえいえ、私も楽しい時間でしたよ」

 いや、そんなふうには見えなかったけどなぁ。
 (あきら)と一緒に、手間をかけさせた自覚はあるし。
 あと数学で、高梁(たかはし)さんの間違いを指摘した(しょう)のドヤ顔を見たときには、若干キレてたよね。

「それで、結果は?」

 微笑みを浮かべている、その切れ長の瞳が怖い。
 でも、大丈夫。

「一応、目標の学年50位以内に入れました。ギリギリの48位でしたけど」
 叔母がぎょっとした顔になり、イトコが息を飲んだ。
「え?!上がったとは聞いていたけど、そんなに?前期は三桁だったでしょう?」
「それが約束だったから。……これで、外部受験を許していただけますか、お父さん」
「だが、今年は間に合わないかもしれないな」
 言葉は厳しいけれど、父親の目元は緩んでいる。
「それも、ごヨウシャいただけますか。オレ……、僕は、どうしても獣医になりたいんです」
「はぁ?!」
 素っ頓狂な声を出した叔母が、すぐに短い笑い声を上げた。
「ふっ、獣医?創二(そうじ)さんが?あなたがなれるなら、幼稚園児でもなれるんじゃないかしら」
 そうして口の片端を歪めた叔母の笑顔は、なかなかに黒い。
「あなたはイオキと縁を切るつもりなのね。愚鈍な人間が組織に混ざらないのは、いいことだわ。ならば、うちの息子が」
「僕はイオキコーポレーションには入りません」
 きっぱりと言い切ったイトコに驚いたし、叔母も目を見開いていた。
「父の会社に入るつもりです。……自分の将来は、自由に選ぶよ」
「それは本当かい?」
 義叔父(おじ)も初耳だったようで、心配そうにイトコをのぞき込んでいる。
「私に気を使う必要はないんだよ。お前はやりたいことをやって」
「そんなのダメに決まってるでしょう?!」
 叔母の金切声を聞いた周囲の人たちが、おしゃべりをやめて、こっちに注目し始めた。
「なにを勝手にっ」
「素晴らしいご子息方でいらっしゃいますね」
 ベルベットの声に、一瞬だけ叔母の金切声が途切れたけれど。
「部外者の方は黙っていてくださる?そういえば、今年は飲み物のランクを落とされたのね。今日のワインは美味しくないわよ。贔屓筋(ひいきすじ)から暴利をむさぼるなんて、恥知らずなんじゃなくて?」
 叔母の暴言に、舞台俳優が小首を傾げた。
「本当ですか?高梁(たかはし)、今年のワインリストを」
「かしこまりました」
 美しい礼を残して、高梁(たかはし)さんが下がっていく。
 そして、再びあのキンキン声が聞こえるのかと、うんざりしたのだけれど。
創二(そうじ)君、(まもる)が仲良くしてもらっているそうだね」
(まもる)?」
 尋ね顔をする父親の隣で、眉の根を寄せながらも叔母が口を閉じた。
「私の息子です」 
「え?!秋鹿(あいか)社長、ご子息がいらっしゃるのですか?」
 静かになっていたホールに、父親の声が響く。
「ええ、創二(そうじ)君と同じ高校の一年生です」
「……まさか、AIKAに後継者が?」
秋鹿(あいか)社長はご結婚なさってたのか」
 さわさわとした(ささや)きが、ボールルームを震わせて広がっていった。
「ご紹介させていただいても?……(まもる)
 呼ばれて近づいてきた少年に、周囲のさざめきはざわめきに変わっていく。
 長い前髪をオールバックに仕立て、タキシードを着こなしているその姿は、銀髪の貴公子みたいだ。
「っ!」
 
 背中でイトコが息を飲んだようだけれど、納得だ。
 これだけ目立つ容姿をしているくせに、学校にいるときの(まもる)は、なぜか影が薄いから。

「初めまして。秋鹿(あいか)(まもる)と申します。創二(そうじ)先輩とは、大変親しくさせていただいております」
 オレの家族に品よく会釈すると、(まもる)はこっちに向き直った。
創二(そうじ)先輩、目標達成おめでとうございます」
「今日はいつもと違って、滑らかにしゃべるんだな」
「先輩も、いつもとは違う装いがお似合いです。バロンが喜びますね」
「うっせぇよ。バロンは俺がやることなら、なんだって喜んでくれるに決まってる。友達なんだから」
「犬は人類の良き友ですからね。人外の友は……、やっぱり考え直すか、付き合い」
「いやいや、約束が違ぇぞ?」
 男女問わず、フォーマルで華やかな集団の中で。
 普通のタキシードを着てるだけなのに、一際(ひときわ)目を引くヤツが、俺たちに手を振りながら歩いてくる。
「今日って、芸能人も来てるの?!」
「モデル?」
 ホールのざわめきは、とうとうどよめきになった。
「あら、あれショウじゃない?」
「おまえのこと、知ってる人がいるみたいだな」
「だな~。ああ」
 絵になる男が送ったかっこいい合図に、黄色い声が上がる。
「クラブで一緒に遊んだことのあるオネエサンたちだな。今日はコンパニオンのお仕事かぁ~。やっほー」
「未成年でクラブ、ですか」
「ふぉっ?!」
「社長、お待たせいたしました。今年のワインリストです」
 見れば、高梁(たかはし)さんが、背後からがっつりと(しょう)の肩をつかんでいた。
「そこで、アルコールなどは摂取していないでしょうね」
 威圧感のある重低音に、(しょう)の背筋がぴんと伸びる。
「ませんっ」
四十万(しじま)様、ワインは去年と同じランクでご提供しております。けれど、お口に合わなかったのならば、別のものをご用意いたしましょう」
 叔母は差し出されたワインリストをひったくるようにして奪い、小憎らしそうに秋鹿(あいか)社長をにらんだ。
「ならば、ここで一番いいワインを出してっ」
「お前はいい加減にしなさい」
「あら、それくらい当たり前でしょう。毎年使って

んだから」
「レイカっ」
 兄の顔になってたしなめる父に、叔母は返事もしない。
「では、僕がセラーへご案内いたします。そこでお気に召したものを、当ホテルから贈らせていただきましょう」
「……ひとりでダイジョブか?やっぱりオレも行こうか」
 (しょう)(まもる)の耳元で(ささや)くと、銀髪の貴公子がふっと笑った。
 
 これは珍しいな。
 今日はホワイトクリスマスになるかもしれない。

「心配ない。外に(あきら)がいる」
 (まもる)の視線を追うと、開け放たれた扉の影に、大柄な人影がチラ見えしていた。
「なら任せたぜ。人手が必要なら連絡しろよ」
「それは私の仕事です。あなたには、あなたの役割があるでしょう」
「オレの役割?」
「あのご婦人方のところへ行って、ここに集まってしまった注目を全部、かっさらってしまってください」
「ああ、そういう?」
 高梁(たかはし)さんを振り向いた(しょう)がニヤリと笑う。
「やっとオレの価値わかってくれちゃった?……創二(そうじ)、行こうぜ」
「え、でも、俺は」
「今のオマエなら全然イケてるから大丈夫だって。オレのナンパ術を伝授してやる」
「いらねぇ~」
「まあそう言うなよ。将来、役に立つから」
「どんな将来だよ、それ」
 (しょう)に肩を抱かれたオレは、きっぱりと親族に背中を向けた。
 
 話すべきことは話したし、思い残すことは何もない。
 
 相棒とオレ、両方を助けてくれた友人と一歩踏み出せば。
 自分を縛りつけていた鎖が、音を立てて砕けていくような気分になった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み