フォークロア 序-2-

文字数 2,262文字

「どう、申し上げれば、よいのか……」
 (えんじゅ)の怖れを受け止めた稀鸞(きらん)は、アーユスで伝えるのを止めた。
 だが、声を出すたびに大きく上下するその胸に、(えんじゅ)の罪悪感が刺激される。
「あの、えっと……。つらい、なら……」
「大丈夫ですよ。ご配慮をありがとうございます、青龍」
 微笑みを崩さずに稀鸞(きらん)が続けた。
「感情が高ぶれば高ぶるほど、アーユスが強まり、(あふ)れていきます。今、一番乱れた強いアーユスは玄武のもの。それに(まぎ)れ、青龍の感情は、それほど届いてはおりません。感じられるのは怖れ。それから、……怒り」
「やめてくださいっ」
 (えんじゅ)の大声に、稀鸞(きらん)は一瞬息を止めてから、ゆっくりと吐き出していく。
「……青龍が心配しているほど、細かな心を読んでいるわけでは、ないのですよ。もちろん、やろうと思えばできるのです、けれども」
 稀鸞(きらん)が見せた笑顔に、(えんじゅ)(いだ)いていた負の感情が、一瞬で消し飛んでいった。

――あえてやる必要も感じない――
 
 丁寧な(へりくだ)稀鸞(きらん)の態度は、力を持つ者が弱者へと向ける余裕の表れ。
 それをまざまざと思い知って、(えんじゅ)の背筋が震えた。
「俺たちの無礼を、どうか許してください」
 (えんじゅ)(しょう)をかばうように進み出た(あきら)が、稀鸞(きらん)に頭を下げる。
「でも、いっぺんにいろいろ知らされて、混乱するなって言うほうが無理です」
 さらに大きく一歩踏み出すと、(あきら)(まもる)の真正面に立った。
秋鹿(あいか)さん、もう許してあげてください。ちゃんと聞くさかい。……少し、時間をもらいます」
 そうして振り返った(あきら)の長くたくましい腕が、(しょう)(えんじゅ)の肩に回される。
「大丈夫やから、ほんまに」
 部活の後輩を励ますような、そんな力強い声だった。
「無理やり、こっちの心をこじ開けようとはしてへんし。(しょう)が読まれてるのは、口がきけるんなら怒鳴っとった言葉くらいやで、きっと。そうやろ?」
 口を(ふさ)がれている(しょう)は、荒い鼻息でしぶしぶ肯定を示す。
「ああ、そうなんだ。ニルス、いって!」
 ミドルネームで呼ばれたとたん、(しょう)の鉄拳が(えんじゅ)の腹に飛んだ。
「だって、自分から名乗ったんでしょう?!……グーパンしたね?」
「はぁ~。もう、そこはええから」
 腕を戻した(あきら)が大きなため息を漏らす。
「とにかく、あの人たちは酷いことしようとはしてへん。知りたいなら、理解したいなら、今は頭が追いつかんでも、向こうの言うとることをまず聞くべきや。俺が最初、秋鹿(あいか)さんの(しゅ)を見せられたときもそうやったし、気持ちはわかるけど」
「そうなの?」

(へーぇ)

 (えんじゅ)(しょう)が同時に(あきら)を見上げた。
「その話、初めてしてくれるね」
「話すほどのことでもあれへんやろ」
「聞いたって、いっつもはぐらかすじゃない」
「説明しにくいし」
「まあ、聞いてもわかんなかったと思うけどね。……今までは」
「そうやな。でも、自分の常識なんて、ちっぽけなもんだってわかったやろ。……なんしか、知れへん世界もあるんやって、思うとくだけでええねん」
 
 これまで詳しく教えてもらったことはなかったが。
 (あきら)(しゅ)の師匠が(まもる)だということは、(えんじゅ)もちらっと聞かされたことがある。
 そうとう驚いたし、最初は心から信じきれなかった。
 だから、全然使えなかったとも。

(しゅ)なんて自分と関係がないから、すごいなーって思うだけだったんだよね。……正直、ちょっと不気味だったし」
 申し訳なさそうな目をチラリと(あきら)に投げてから、(えんじゅ)(しょう)をのぞき込んだ。
「関係ないこと、ないんだね、もう。ニル、……(しょう)、ハラをくくろう。否定しても拒絶しても、見ちゃったんだから。ここに、いるんだから」
「はは!なんちゅう顔してるんや」
 (しょう)の微妙なしかめっ面を見て、(あきら)が豪快に吹き出す。
「なんやかんやで、一番の常識人やさかいな、おまえは」
「私生活は乱れきってるくせに、法は犯さないしね。ヤンチャなのはフリだけで、ほんとはすっごいカタブツで、笑っちゃうよね」
 (えんじゅ)が同意したとたんに、(しょう)の両手がふたりの襟元(えりもと)に伸びた。
「わ、何すんのっ、苦しいって」
「ラーバ」※
「オマエらオレが口きけないからって、……あ」
 その姿勢のまま、ぽかんと口を開けて(しょう)(まもる)を振り返る。
 気がつけば、口元の札が消えていた。
「聞く気になったみたいだから」
「んだよ、そのドヤ顔。……(まもる)のくせに、ムカつくっちゅうの」
 しばらくの逡巡ののち、(しょう)稀鸞(きらん)に軽く頭を下げる。
「まあ、あの。とりあえずってとこですけど、話は聞かせてもらいます。……あと、その

ってやつで大丈夫です。もう今さらって感じだし」
『感謝いたします。(チャンドラ)
「はい」
 少女は(まもる)に握られていた手をほどいて、(しょう)に歩み寄るとその前で膝をついた。
「玄武様、お手を」
蒼玉(そうぎょく)がやらなくていい。俺が」
(まもる)、下がって」
「でも」
「大丈夫。あなたのお友だちを悪いようにはしない」
「そんなことを心配してるわけじゃない」
「あなたが心配するようなこともない。そこにいて」
「……わかった」
「キミは、(まもる)の何?」
 不承不承、足を止めた(まもる)の視線を感じながら。
 (しょう)はいぶかし気に少女を見下ろした。

 自分たちより、はるかに年下に見えるのに。
 少女は(まもる)の保護者のようだし、ふたりの関係が、昨日今日築かれたものではないこともわかる。
 
 だが、わかるのはそこまで。
 あとは謎の(かたまり)のような存在だ。
 
 少女は何も答えずに、ただ微笑んで、両手を差し伸べてくる。
 (しょう)は諦め、心の内で「ざまあみろ」と(まもる)に毒づいて、必要以上の力を込めて少女の手を握った。

 ※ 九字解術文のとっても短縮版
正式解除文 オン・キリキャラ・ハラハラ・フタラン・バソツ・ソワカ
短縮版 オン・バザラ・トシコク
超短縮版 ラーバ
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