始まりの春-2-
文字数 2,548文字
「ほんと、おっせーつぅの」
ショウが着ているのは、黒の地に黄色の不規則模様という、目に痛いような柄シャツで。
(うん、知ってるぞ。これはヒョウモントカゲだ)
目を引く顔面もかすむほどのシャツをチラチラ見ながら、槐はショウの前のイスを引いた。
「あんま待たせんなよ。よけーなのに絡まれるから」
まるで以前からの友人のような態度で、ショウは槐 とクラスメートに笑いかけてくる。
昼食は済んでいるのか、テーブルの上にはスマートフォンしか置かれていない。
「なんで僕たちのこと知ってるの?」
招かれた席に座るなり、槐 は単刀直入に尋ねた。
「東雲 は目立つから。落合は全中陸上、1500mの記録保持者だから」
「え、俺のことも知ってんの?」
クラスメートの落合の目が丸くなる。
「優秀なヤツのウワサって、ナチュラルに入ってくるもんだからなー」
「え?……えへへへ」
(ホストかよ。お前も照れるなよ)
心の中でふたりにツッコミを入れながら、槐 は購買で一押しの「手づくりチキンカツサンド」の封を開けてかぶりついた。
「落合こそ、よくオレのこと知ってたな。嬉しいわぁ~」
急にオネエ言葉になって、ショウはズボンのポケットからカードケースを取り出す。
そして、そこから二枚の食券を引き抜くと、長く形の良い指に挟んで落合に差し出した。
「ほれ、これやるわ」
「限定プリン?!うわぁ、マジか。譲ってくれんの?いくらだっけ」
顔を輝かせた落合が財布を出そうとするのを、洗練された仕草でショウが止める。
「いらねぇよ、もらいもんだし。それよりオレも食うからさ、お礼つぅなら、ついでにもらってきてくんねぇ?」
その言葉に落合が販売カウンターに首を向けると、スィーツコーナーには、すでに数人の生徒が列を作っていた。
「OK!んじゃ、ちょっと行ってくる!」
「……やっぱプリン好きだったか」
「よく、知ってたね。落合のプリン好き。同じクラスでもないのに」
「一度見かけたとき、”プリン売り切れかぁ”って、券売機の前でつぶやいてたからな」
「落合にプリン券あげたくて待ってたの?」
「いや?マジでオマエ待ってたんだって。いつも今ぐらいだろ、ここに来んの」
「……え」
(ストーカーかよ)
向けられた笑顔のウソくささに、槐 は鼻白む。
確かに、ほどよく混んでいて、かつ、まだ空いている席を見つけられる時間を狙って、カフェテリアに来ているのではあるが。
(ホントにコイツ、何が目的だ?)
腹の内を読ませないように、槐 は知らぬ顔でもう一口、サンドイッチをかじった。
「そうだったかなぁ……。いちいち時間まで覚えてないな。でもさ、待ってたとか、どうして?何か用事?」
「目くらまし的な?」
小首を傾けるその姿は、そのままメンズ雑誌の表紙を飾れそうなほどキマっている。
「目くらまし?」
「ほら、オレって目立っちゃうじゃん?さっきみたいなことが、しょっちゅうあんのよ」
(目立ってる自覚、あるんじゃないか)
さっきは「オレ目立つ?」なんて、すっとぼけていた相手に槐 が半眼になった。
「……”えみちゃん”?」
「そうそう。だからさ、派手なヤツラと一緒にいたら、まぎれんじゃん」
「え、逆じゃない?よけいに目立つんじゃないの?」
「ヤドクガエルって知ってるか?」
「……はい?」
唐突な話題変更に、槐 はサンドイッチを食べる手を止める。
「南米の?」
「そうそう。すんげー色してるヤツ」
(それはお前のシャツだろう。そうか、お前のシャツのテーマはヒョウモントカゲじゃなくて、キオビヤドクガエルか)
「それがどうしたの?」
内なるツッコミを散々入れてから、槐 はいったんサンドイッチをテーブルに置いた。
「あいつらは、自分がヤベェ奴だって周りに知らせるために、あの色だろ」
「うん、そうねぇ」
話がどこへ向かうのかわからなくて。
一息入れようと、ミルクティーのペットボトルを傾けながら、槐 はいい加減にうなずく。
「毛色が変わった者同士くっついてりゃ、大概のヤツは寄ってこねぇよ。だから、あー、目くらましってより警告かな。うかつに手ぇ出してくんなよって。……そういう相手、オマエも探してたんじゃねぇの?」
「!」
ミルクティーを吹き出すのをなんとか堪 え、槐 は初めて相手の顔を真正面から見た。
「入学式でキャイキャイ言われてたとき、うぜぇって顔してたじゃん。違げぇの?」
無遠慮な視線も、こそこそと交わされている会話も。
ポーカーフェイスでやり過ごしたはずなのに。
「すぐ声かけてやれなくて悪かったな。ガッコ来んの、久しぶりだからさ」
「久しぶりって、病気でもしてたの?」
「いや?気が乗らなかったから。オリエンテーションとか部活紹介とか、ダルイじゃん」
「それでよく、落合のあれやこれや知ってたね」
「最初の一週間は来てたからな。それで十分だろ、つっても、把握してんのは高入組のヤツだけだけど」
「だけって……。それでも4クラスあるよ?」
「よゆーよゆー」
渡りに船どころではない。
これはとんでもない人間だ。
関わってよいかどうかの判断がつかない。
槐 の警戒心は高まる一方ではあるが。
「……僕が目くらましになったら、その変な柄シャツ、着なくてよくなるわけ?」
真顔になったイケメンが次の瞬間、声を上げて笑い出した。
「やっぱ声かけて正解。オマエみてぇなヤツは好きだよ。そーだな。隣に金髪碧眼 、褐色のエンジェルがいるなら、こんなカッコはしなくてすむかな。……オレは冬蔦 渉 。よろしくな、東雲 エンジェル」
「エンジェル言うな。このイケメン」
「あら、ほめてもらっちゃった!うっれしぃ~」
「……もう二度と言わない」
ふいと顔を横に向けながら、槐 の口の端は上がっている。
とんでもない人間につかまったとは思うけれど。
(面白くなりそう)
「これからよろしく。渉 」
槐 が差し出した拳に、渉 の拳がコツンとぶつけられた。
◇
「今でも胡散臭いけど、一年のころは、ホントにチンピラみたいだったからね、渉 は。目くらましとか言っといて、あんまり学校に来ないし、来ればやっぱりすごいカッコしてるし。渉 の天職は詐欺師だね」
出会いを思い出すたびに、槐 は半笑いで渉 に文句を言う。
そして、その渉 のチンピラめいたところが大いに役立った事件こそが、四人の始まり、「捨て犬事件」だったのだ。
ショウが着ているのは、黒の地に黄色の不規則模様という、目に痛いような柄シャツで。
(うん、知ってるぞ。これはヒョウモントカゲだ)
目を引く顔面もかすむほどのシャツをチラチラ見ながら、槐はショウの前のイスを引いた。
「あんま待たせんなよ。よけーなのに絡まれるから」
まるで以前からの友人のような態度で、ショウは
昼食は済んでいるのか、テーブルの上にはスマートフォンしか置かれていない。
「なんで僕たちのこと知ってるの?」
招かれた席に座るなり、
「
「え、俺のことも知ってんの?」
クラスメートの落合の目が丸くなる。
「優秀なヤツのウワサって、ナチュラルに入ってくるもんだからなー」
「え?……えへへへ」
(ホストかよ。お前も照れるなよ)
心の中でふたりにツッコミを入れながら、
「落合こそ、よくオレのこと知ってたな。嬉しいわぁ~」
急にオネエ言葉になって、ショウはズボンのポケットからカードケースを取り出す。
そして、そこから二枚の食券を引き抜くと、長く形の良い指に挟んで落合に差し出した。
「ほれ、これやるわ」
「限定プリン?!うわぁ、マジか。譲ってくれんの?いくらだっけ」
顔を輝かせた落合が財布を出そうとするのを、洗練された仕草でショウが止める。
「いらねぇよ、もらいもんだし。それよりオレも食うからさ、お礼つぅなら、ついでにもらってきてくんねぇ?」
その言葉に落合が販売カウンターに首を向けると、スィーツコーナーには、すでに数人の生徒が列を作っていた。
「OK!んじゃ、ちょっと行ってくる!」
「……やっぱプリン好きだったか」
「よく、知ってたね。落合のプリン好き。同じクラスでもないのに」
「一度見かけたとき、”プリン売り切れかぁ”って、券売機の前でつぶやいてたからな」
「落合にプリン券あげたくて待ってたの?」
「いや?マジでオマエ待ってたんだって。いつも今ぐらいだろ、ここに来んの」
「……え」
(ストーカーかよ)
向けられた笑顔のウソくささに、
確かに、ほどよく混んでいて、かつ、まだ空いている席を見つけられる時間を狙って、カフェテリアに来ているのではあるが。
(ホントにコイツ、何が目的だ?)
腹の内を読ませないように、
「そうだったかなぁ……。いちいち時間まで覚えてないな。でもさ、待ってたとか、どうして?何か用事?」
「目くらまし的な?」
小首を傾けるその姿は、そのままメンズ雑誌の表紙を飾れそうなほどキマっている。
「目くらまし?」
「ほら、オレって目立っちゃうじゃん?さっきみたいなことが、しょっちゅうあんのよ」
(目立ってる自覚、あるんじゃないか)
さっきは「オレ目立つ?」なんて、すっとぼけていた相手に
「……”えみちゃん”?」
「そうそう。だからさ、派手なヤツラと一緒にいたら、まぎれんじゃん」
「え、逆じゃない?よけいに目立つんじゃないの?」
「ヤドクガエルって知ってるか?」
「……はい?」
唐突な話題変更に、
「南米の?」
「そうそう。すんげー色してるヤツ」
(それはお前のシャツだろう。そうか、お前のシャツのテーマはヒョウモントカゲじゃなくて、キオビヤドクガエルか)
「それがどうしたの?」
内なるツッコミを散々入れてから、
「あいつらは、自分がヤベェ奴だって周りに知らせるために、あの色だろ」
「うん、そうねぇ」
話がどこへ向かうのかわからなくて。
一息入れようと、ミルクティーのペットボトルを傾けながら、
「毛色が変わった者同士くっついてりゃ、大概のヤツは寄ってこねぇよ。だから、あー、目くらましってより警告かな。うかつに手ぇ出してくんなよって。……そういう相手、オマエも探してたんじゃねぇの?」
「!」
ミルクティーを吹き出すのをなんとか
「入学式でキャイキャイ言われてたとき、うぜぇって顔してたじゃん。違げぇの?」
無遠慮な視線も、こそこそと交わされている会話も。
ポーカーフェイスでやり過ごしたはずなのに。
「すぐ声かけてやれなくて悪かったな。ガッコ来んの、久しぶりだからさ」
「久しぶりって、病気でもしてたの?」
「いや?気が乗らなかったから。オリエンテーションとか部活紹介とか、ダルイじゃん」
「それでよく、落合のあれやこれや知ってたね」
「最初の一週間は来てたからな。それで十分だろ、つっても、把握してんのは高入組のヤツだけだけど」
「だけって……。それでも4クラスあるよ?」
「よゆーよゆー」
渡りに船どころではない。
これはとんでもない人間だ。
関わってよいかどうかの判断がつかない。
「……僕が目くらましになったら、その変な柄シャツ、着なくてよくなるわけ?」
真顔になったイケメンが次の瞬間、声を上げて笑い出した。
「やっぱ声かけて正解。オマエみてぇなヤツは好きだよ。そーだな。隣に
「エンジェル言うな。このイケメン」
「あら、ほめてもらっちゃった!うっれしぃ~」
「……もう二度と言わない」
ふいと顔を横に向けながら、
とんでもない人間につかまったとは思うけれど。
(面白くなりそう)
「これからよろしく。
◇
「今でも胡散臭いけど、一年のころは、ホントにチンピラみたいだったからね、
出会いを思い出すたびに、
そして、その