鎮と蒼玉

文字数 1,890文字

 巨大な白ウサギが、あの墨染の衣の男性を(かか)え、足音も立てずに二階からリビングへと降りてきた。
 それだけでも驚くというのに。
 一緒に降りてきた、まだ幼げな少女を小走りで迎えた(まもる)の姿を見た感情は、とてもひとつの言葉では表しきれない。
 
 当惑、狼狽、怪訝。
 ハテナマークが次々と仲間の頭上に並ぶ。

「なんだよ、あれ」
 (しょう)が吐き捨てるようにつぶやいた。
「僕たち以外に、あんな仲良しさんがいたって知らなかったね。ちょっと()けちゃうね」
 まんざら冗談でもなさそうな表情で、(えんじゅ)はふたりを見守っている。
「めっちゃ好きな人がお迎えに来てくれた、保育園児みたいやな。大阪にいたころの、

秋鹿(あいか)さんみたいや。ちょっと、だいぶ、もっとアレだけど」
「え、そうなの?最初から

じゃなかったんだ……」
 丸くなった青い目が(あきら)を振り返った。
「中学んときはもうちょい笑うとったし、しゃべっとった。こっちに出てきて、同学年やのにも驚いたけど、変わってしもうていて驚いてん。髪も白いままにしとったし」
「そんな話、初めて聞くけど」
 (しょう)のジトっとした横目に、(あきら)が横を向く。
「……秋鹿(あいか)さん、大阪の話はせんでええって言うてるさかい」
「ふーぅん、そうかよ。……ま、保育園児、は当たってそうだな。あのコと(まもる)、あれじゃ年が逆みてぇだ」
 二度と離さないとでもいうように、少女の手をぎゅっと握っている(まもる)
 そして、少女は微笑みながら母親、もしくは姉のような仕草で、その手の甲を()でている。
 仲間が見つめる先で、少女の両手首にはまる銀のバングルが、ほんわりとした光を放ち始めた。
 少女の手そのものが光っているのかと思っていたが、こうして間近で見ると、光源はバングルらしい。
「そこが光ってるっちゅうことは、まーた、こっちにわかんねぇ方法で

んだな。ムカツク」
「申し訳ございません」
 少女が(まもる)の手を離して一歩進み出るが、すぐにその手はつかみ直され、引き戻された。
「!」
 鈴を張ったような黒い瞳が見上げる先に、険悪に(しょう)をにらむ(まもる)がいる。
蒼玉(そうぎょく)を悪く言うな」
「待てっ、ヤメロヤメロ!」
 不穏な気配を感じた(しょう)が、慌てて二、三歩下がった。
「だってよ、オレたちしかいねぇ場所で、内緒話するみてぇなマネされてみろ。面白いわけねぇだろ」
(チャンドラ)、白虎。ここは玄武の言うことに分があります』
 
 音ではないのに、はっきりと頭の中に響くその

に。
 若者たちの視線が墨染衣の男性に集まった。
 
 ウサギ型ソファのような、直立不動の月兎(げつと)に埋まりながら、男性が穏やかな笑みを若者たちに向けている。
「アグニ・チャンドラ、控えなさい」
 ゆったりとした、耳に心地よいバリトンボイス。
 先ほど頭の中で響いた

を音にしたら、確かにこんな感じだろう。
(かしこ)まりました」
 「チャンドラ」と呼びかけられた少女が白ウサギの横に下がり、その手を離さない(まもる)がその隣に並ぶ。
(まもる)、四神のもとへ行かなくてよいのですか?」
「なんで?」
「お友だちでしょう?」
「そうだけど」
 少女とつないでいた手を(ほど)いたかと思うと、(まもる)は指を(から)ませた、いわゆる「恋人つなぎ」をした。

(おい、どうした!オマエは誰だ!)
(違う人格が出てきたのかな?)
(こんな一面も持っとったんやなあ)

 少女と見つめ合う(まもる)に、仲間たちは息を飲むばかり。
「俺も答える側、だろう?」
「……

いてくれるのですね」
「もちろん」
 鈴を転がすような声に、(まもる)は淡く甘い笑顔でうなずいた。

(あんな年下のコに見せる顔じゃねぇな)

「ロリコン」
「違う」
 思わず漏れた、(しょう)のつぶやきを耳にしたとたん。
 (まもる)蒼玉(そうぎょく)の手を離すと、刀印で空中に九字を切った。
 そして、すぐに左右の指を互いに内側に組み合わせて入れ、両手を握りしめるような印を結ぶ。※1
「ノウマク・サンマンダバザラダン・センダ、」※2
(まもる)、それはダメ!」
 顔色を変えた蒼玉(そうぎょく)が、(まもる)(そで)をそっと引っ張った。
「ダメですよ」
「……そう?それが蒼玉(そうぎょく)の望みなら」
 たちまち表情を和らげた(まもる)が、ポケットから護符を一枚取り出す。
「こっちにしておくよ。……繋縛(けばく)、急急如律令」
 (まもる)の投げた札が(しょう)に向かって一直線に飛んでいくと、ガムテープのようにピタリとその口を(ふさ)いだ。
「んぅ?……むぅー、んー!」
 (しょう)がいくら口元を擦っても、肌と一体化してしまったような護符には、爪も引っかかりはしない。
「……お騒がせしました」
 「むー!むー!」と抗議の声を上げる(しょう)のことなど、(まもる)はまるで眼中にない様子で。
 (うやうや)しく白髪の頭が下げられると、男性がゆっくりとうなずいた。

※1 内縛印(ないばくん)印 
※2 不動明王の中咒(ちゅうしゅ)を唱え、不動金縛りを行おうとした
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