始まりの春-1-
文字数 2,278文字
高校は、それまで住んでいた土地から、うんと離れた地域にある学校を選んだ。
「住みたい街ランキング」の上位に名を連ねる、オシャレ都市。
人の流入出も多く、いつの間にか隣の住人が変わっていても気づかない。
そんな希薄な人間関係が好ましかった。
希望した高校は都市中心部に位置していて、付属大学もある人気校。
高入生の募集人数も多い。
入るのに多少苦労するが、自由度が高い校風がウリで、高校にして国籍や経歴にバラエティに富む学生が多いのも気に入っていた。
だって、紛れ込むのには、うってつけの環境じゃないか。
その高校に入学して、一か月が過ぎたころ。
金髪碧眼 のくせに、英語の成績が振るわないという意外性で、「癒し系」ポジションを得た槐 は、あともう一押し、溶け込む方法はないかと考えあぐねていた。
制服はあるものの校則は緩く、多少の着崩しなどは問題視されない校風。
そのため、この外見で浮いて困るということはないが、やはり目立つものは目立つ、らしい。
すでに自分の名前は、上級生にまで知れ渡っている、らしい。
昼時のカフェテリア。
槐 が一歩足を踏み入れたとたんにチラチラと、もしくは、まじまじと。
かなりの視線が集中するのを感じる。
(……めんどくさ)
「今日は何食べる?僕はオサイフ、ピンチだから、購買でパン買おうかなぁ~」
金髪の美少年が「英語教えてよ」と言う破壊力で壁を崩し、気安くなったクラスメートと、当たり障りのない会話をしながら視線をやり過ごした。
「昨日もパン食ってたけど、飽きないの?……おっと」
ボリュームのある定食が乗ったトレイを持つクラスメートが、足を止める。
「東雲 、あいつ知ってる?」
クラスメートがあごで示した先には。
着崩すというよりも、そもそも、それは制服なのかというツッコミを入れたくなるほど、ド派手な柄シャツを着た生徒が、缶コーヒーを片手にスマートフォンをいじっていた。
「す、すごいね。三年?あんなヒト、うちのガッコにいるんだね」
長いライトブラウンの髪をひとつに束ねたその横顔は、付属大学の教育実習生だと言われれば、「ああそうですか」と納得してしまいそうなほど大人びている。
……まあ、あの恰好で、実習生のわけはないのだが。
「あいつ、一年生だってよ」
「え、ウソっ!」
槐 は思わず大声を出して、その派手な生徒を凝視してしまう。
その声が耳に入ったのか、視線を感じたのか。
スマートフォンから目を離して、柄シャツがこちらに顔を向けた
。
その素晴らしく形の良いヘーゼルの瞳は、同性の自分から見ても”キレイ”だと思うほかはない。
服の趣味の悪さを除けば、まるでモデルのようだ。
「あれ?ショウ~、今日はひとり?」
三年カラーのタイを締めた女生徒が、呆気に取られている槐 の横を通り過ぎていく。
そんじょそこらのモデルでも敵わないようなその生徒が、女生徒に向かって片手を上げた。
何気ないその仕草ですら、「雑誌の撮影ですか」と問いたいくらいの”ショウ”に、満面の笑みが浮かぶ。
「えみちゃんに会えるかと思ってさ」
「まったまた~」
”えみちゃん”はまんざらでもなさそうに笑うと、ショウが座る前のイスに片手をかけた。
「でも、ちょうどいいや。ここで一緒にご飯食べていい?ユキナたち委員会でさ」
「あ~、悪い」
前髪をかき上げて、困ったような顔で謝る仕草さえ格好良くて。
(うっさんくさ)
半眼になった槐 を、ニヤリと笑うショウが振り返った。
「そこ、予約席なんだ。……東雲 たちと約束してんだよね」
(……は?)
その口から自分の名前が出たことに驚いて。
槐 はクラスメートと顔を見合わせる。
「え、知り合いだった?」
「まさか!」
「なにコソコソしてんだよ、早く来いって」
槐 たちに向かって軽く手招きするショウに、えみちゃんが顔を近づけた。
「エンジェルちゃんと友だちなの?」
「エンジェル?」
「ほら、東雲 ”槐 ”くん、でしょ?可愛いから、あたしたちは”エンジェルちゃん”って呼んでるの」
内緒話のつもりなのだろうが、その会話はこちらにまで筒抜けである。
「へー、エンジェルちゃんねぇ。……いや、ほら、あいつ目立つじゃん」
「ショウほどじゃないけどね」
「え、オレ目立つ?」
意外そうな顔をする柄シャツに、えみちゃんが吹き出した。
「ナニそれ、本気で言ってんの?三年の女子で、ショウを知らないコはいないんじゃない?同い年の後輩で、入学前から上級生のカノジョがいて」
「あー、そうそう。レナに誘われて入ったんだよなー、オレ」
「でも、入学式直前に別れたって?」
「そ。なんでかフラれちゃってさ」
「大学生と二股するからでしょ」
「してねぇよ。あっちはセフ、いてっ!」
顔を赤くしたえみちゃんが、ショウの口の端をつねり上げる。
「ばーか、サイテー!」
注目が集まるなか、”えみちゃん”は不機嫌そうにカフェテリアを出ていった。
「レナによろしくー」
その後ろ姿を悪びれもなく見送って、ショウは再度、槐 たちを手招きする。
「え、ど、どうする?」
クラスメートがおろおろと、気後れするように一歩下がった。
「ん~」
自分の素行の悪さを周囲に聞かれても、いっそ清々しいほど堂々としている年上の同級生。
(なんか、おもしろ)
「席、あそこしか空いてなくない?あっちも利用したっぽいんだから、こっちも使わせてもらおうよ」
”えみちゃん”撃退に利用されたとわかっていても。
(こういう状況を、この国では「渡りに船」っていうんだよな、うん)
槐 は内心ほくそ笑みながら、クラスメートとともに柄シャツが待つ席へと向かった。
「住みたい街ランキング」の上位に名を連ねる、オシャレ都市。
人の流入出も多く、いつの間にか隣の住人が変わっていても気づかない。
そんな希薄な人間関係が好ましかった。
希望した高校は都市中心部に位置していて、付属大学もある人気校。
高入生の募集人数も多い。
入るのに多少苦労するが、自由度が高い校風がウリで、高校にして国籍や経歴にバラエティに富む学生が多いのも気に入っていた。
だって、紛れ込むのには、うってつけの環境じゃないか。
その高校に入学して、一か月が過ぎたころ。
制服はあるものの校則は緩く、多少の着崩しなどは問題視されない校風。
そのため、この外見で浮いて困るということはないが、やはり目立つものは目立つ、らしい。
すでに自分の名前は、上級生にまで知れ渡っている、らしい。
昼時のカフェテリア。
かなりの視線が集中するのを感じる。
(……めんどくさ)
「今日は何食べる?僕はオサイフ、ピンチだから、購買でパン買おうかなぁ~」
金髪の美少年が「英語教えてよ」と言う破壊力で壁を崩し、気安くなったクラスメートと、当たり障りのない会話をしながら視線をやり過ごした。
「昨日もパン食ってたけど、飽きないの?……おっと」
ボリュームのある定食が乗ったトレイを持つクラスメートが、足を止める。
「
クラスメートがあごで示した先には。
着崩すというよりも、そもそも、それは制服なのかというツッコミを入れたくなるほど、ド派手な柄シャツを着た生徒が、缶コーヒーを片手にスマートフォンをいじっていた。
「す、すごいね。三年?あんなヒト、うちのガッコにいるんだね」
長いライトブラウンの髪をひとつに束ねたその横顔は、付属大学の教育実習生だと言われれば、「ああそうですか」と納得してしまいそうなほど大人びている。
……まあ、あの恰好で、実習生のわけはないのだが。
「あいつ、一年生だってよ」
「え、ウソっ!」
その声が耳に入ったのか、視線を感じたのか。
スマートフォンから目を離して、柄シャツがこちらに顔を向けた
。
その素晴らしく形の良いヘーゼルの瞳は、同性の自分から見ても”キレイ”だと思うほかはない。
服の趣味の悪さを除けば、まるでモデルのようだ。
「あれ?ショウ~、今日はひとり?」
三年カラーのタイを締めた女生徒が、呆気に取られている
そんじょそこらのモデルでも敵わないようなその生徒が、女生徒に向かって片手を上げた。
何気ないその仕草ですら、「雑誌の撮影ですか」と問いたいくらいの”ショウ”に、満面の笑みが浮かぶ。
「えみちゃんに会えるかと思ってさ」
「まったまた~」
”えみちゃん”はまんざらでもなさそうに笑うと、ショウが座る前のイスに片手をかけた。
「でも、ちょうどいいや。ここで一緒にご飯食べていい?ユキナたち委員会でさ」
「あ~、悪い」
前髪をかき上げて、困ったような顔で謝る仕草さえ格好良くて。
(うっさんくさ)
半眼になった
「そこ、予約席なんだ。……
(……は?)
その口から自分の名前が出たことに驚いて。
「え、知り合いだった?」
「まさか!」
「なにコソコソしてんだよ、早く来いって」
「エンジェルちゃんと友だちなの?」
「エンジェル?」
「ほら、
内緒話のつもりなのだろうが、その会話はこちらにまで筒抜けである。
「へー、エンジェルちゃんねぇ。……いや、ほら、あいつ目立つじゃん」
「ショウほどじゃないけどね」
「え、オレ目立つ?」
意外そうな顔をする柄シャツに、えみちゃんが吹き出した。
「ナニそれ、本気で言ってんの?三年の女子で、ショウを知らないコはいないんじゃない?同い年の後輩で、入学前から上級生のカノジョがいて」
「あー、そうそう。レナに誘われて入ったんだよなー、オレ」
「でも、入学式直前に別れたって?」
「そ。なんでかフラれちゃってさ」
「大学生と二股するからでしょ」
「してねぇよ。あっちはセフ、いてっ!」
顔を赤くしたえみちゃんが、ショウの口の端をつねり上げる。
「ばーか、サイテー!」
注目が集まるなか、”えみちゃん”は不機嫌そうにカフェテリアを出ていった。
「レナによろしくー」
その後ろ姿を悪びれもなく見送って、ショウは再度、
「え、ど、どうする?」
クラスメートがおろおろと、気後れするように一歩下がった。
「ん~」
自分の素行の悪さを周囲に聞かれても、いっそ清々しいほど堂々としている年上の同級生。
(なんか、おもしろ)
「席、あそこしか空いてなくない?あっちも利用したっぽいんだから、こっちも使わせてもらおうよ」
”えみちゃん”撃退に利用されたとわかっていても。
(こういう状況を、この国では「渡りに船」っていうんだよな、うん)