開幕の主役-煌-

文字数 2,700文字

 ニヤニヤ笑いながら、(しょう)(あきら)を肘で(つつ)いた。
「なによ、ブラってそんなにスイッチONワードなの?(あきら)くんにとって」
「やめろや!」
 鋭い裏拳で、(あきら)(しょう)の腕を叩き落す。
「いてっ。シロート相手に本気出すなよ、この純情ボーイめ」
「やかましいわ、このヤリチンが」
「やりちん?それはなに……」
「いや、ちがうっ」
「違えへんやろ」
 (あきら)の冷たい半眼に、(しょう)が噛みつきそうな顔になった。
「オマエなぁ!ブラがダメでヤリチンはいいのかよっ」
「だから、やりちんって」
「あー、何でもない、なーんでもないですー」
「うわぁ、(しょう)ったらカッコワル」
「んだと、(えんじゅ)テメェ」
「暴力反対でーす。コウねえさん、助けて―」
「このネコっかぶりがっ」
 本気でつかみかかろうとしている(しょう)を、さすがに止めに入ろうかと腰を上げかけた(まもる)だったが。

 RRRRRR……!

 着信音が聞こえたのと同時に、(しょう)(えんじゅ)も、そして、(あきら)も。
 口を閉じて、申し合わせたように高梁(たかはし)に目をやった。
「はい、高梁(たかはし)です。……ああ、夏苅(なつがり)さん」
「「「!」」」
「ご無沙汰しております。……いえ、こちらこそ、新作の和菓子をありがとうございました。さっそく引き出物の人気ラインナップに名を連ねておりますよ。……ええ、(まもる)さんとのシェアハウスの件ですが」
「!」
 息を飲む(あきら)に、高梁(たかはし)が流し目を送る。
「奥様から聞いてくださっていますか?……はい、もちろん。飛火野(とぶひの)師範には、すでに話は通してありますが……。そう、ですか。少々お待ちください。……(あきら)君」
 高梁(たかはし)から手渡されたスマートフォンを、(あきら)はおずおずと耳に当てた。
「あの、(あきら)です。はい、元気です。あの、ずっと帰らんでごめんなさい。あの、……え?そう、なん?じゃあ、ええの?……はい、わかりました。ありがとうございます。そうさせてもらいます。……はい、それはもちろん伝えます。……秋鹿(あいか)さん」
 スマートフォンを高梁(たかはし)に返してから、(あきら)(まもる)に頭を下げる。
「あの、シェアハウスの許可が出たんで……。俺、ここで世話になります」
「シェアハウスって、僕らも?」
 (えんじゅ)(まもる)高梁(たかはし)を見比べて、ぱちくりと瞬きを繰り返した。
「そりゃいーや!(まもる)の部屋に入り浸るよか、気ぃ使わずに済むしな」
「は?え?気を使う?誰が?気なんか使ったことあるの?渉が?あれで?」
 ポカンとする(えんじゅ)の頬を、(しょう)が思い切りつねる。
「いったい!」
「黙れ、妖怪ネコかぶり。……でもさ、家賃とかどうすればいいワケ?」
「出世払いでいいですよ」
 スマートフォンをしまいながら、高梁(たかはし)が片頬で笑った。
「……利息とかつけねぇよな」
「場合によりますね」
「「……怖すぎる」」
 声をそろえる(しょう)(えんじゅ)の横で、(あきら)の表情は冴えない。
「でも、ほんまにええんですか?うちは払わせてほしいって」
(まもる)さんの意思でもありますから。ご両親には、私からもお話ししましょう」
「……えと、はい」
「オマエの親との距離感って、なんかさ……」
 眉の根を寄せる(しょう)に、(あきら)は肩をすくめた。
「さっき言うたやろ。もともとは夏苅(なつがり)ちゃうって」
「離婚とかじゃねぇんだ」
「小学校上がる前に養子にしてもうたんや、俺は。養子いうても、養父は伯父さんなんやけどな」
 ふとうつむいた(あきら)を、仲間たちは黙って見守る。
「ダンナのDVとモラハラのせいで自殺した俺の母親が、養父(とう)さんの妹なんや。夏苅(なつがり)の家に引き取られる前は、何度か児相で保護されてたから。不憫に思てくれたんやろうな」
「ジソウ?」
「児童相談所。聞いたことあれへん?」
「ああ、虐待事件でよく出てくる」
「そうそう。俺は被虐待児ってやつやな」
 聞きなれない単語をさらりと口にして、(あきら)は笑ってみせた。
「俺の父親は薬やら何やらで、なんべんも警察にパクられるようなろくでなしで……。養子に出てからは縁を切ったはずなんやけど、何かちゅうと金の無心に夏苅(なつがり)に来とってな。それが申し訳のうて、俺は……」
 隣に座っていた(しょう)が、言葉を詰まらせてうつむく(あきら)ににじり寄る。 
「オマエ、背中にでっかい傷あんじゃん」
 顔を上げないまま(あきら)がうなずく。
「あれってヤケドの痕だろ。前に事故に遭ったって言ってたけど、もしかして」
「アイツに熱湯ぶちまけられたんやって。余計なコトに払う金なんかないって、病院にも連れていってもらえへんかったさかい、」
「なんだソイツ!オレがぶっ殺してやるっ」
 (しょう)の怒声に、顔を上げた(あきら)が小さく笑いだした。
「いや、ぶっ殺しちゃあかんで。あんなヤツ手ぇかけたら、(しょう)(けが)れんで」
「でも……、くっそ!んで?」
 イライラと後ろ頭を掻きながら、(しょう)は乱暴なため息をつく。
「治療もしねぇで大丈夫だったのかよ」
「ん……」
 再びうなだれた(あきら)の口の端が引き結ばれ、痙攣するように震えた。
「俺の、お母ちゃんな」
 (あきら)の瞳からぽたり、と涙が一粒落ちる。
「ヤケドが酷うなって熱の下がらん俺を(かか)えて、橋から身投げしたんや。無理心中ってやつ」
 (あきら)に伸ばされた(しょう)の腕がびくりと震え、そのまま空中で固まった。
「夕方やったから、見てた人にすぐ通報してもらえたんやけど、お母ちゃんはあかんかった。運ばれた病院で死んだんや。救急車の中でずっと、“あきらごめん、ごめん”って……」

 ぽた、ぽたぽた。

 (あきら)の作務衣に涙の染みが広がっていく。
「俺はお母ちゃんがきつう抱いとってくれたさかい、怪我も何にもなかった。ただ、ヤケドはもう少し遅かったら命が危なかったって、医者が言うとったらしいで。……お母ちゃん、俺と死にたかったんやろうけど、逆に生かしてくれたんや。俺は、一緒に死んでは、あげられへんかった……」
 細かく肩を震わせて、(あきら)は顔を隠すようにうつむいた。
「三つのころやから、お母ちゃんのことは、あんま覚えてへんのやけど。その日のことも」
「大阪のこと話したがらないの、だからか」
「……」
 しばらく鼻をすすったあとで、(あきら)は諦めきった目を天井に向ける。
「まあ、そんなこんなで、夏苅(なつがり)には恩があるさかい」
「さっきの電話の様子だと、ご両親の許可は出たようだな。……(かがり)さんは?」
「短期留学中で、おらへんのやって」
「お姉さんの許可もいるの?ご両親が許しても?」
 不思議そうな顔をする(えんじゅ)に、(あきら)は口角をニィと上げてみせた。
夏苅(なつがり)最強は、ねーちゃんやから」
「え、(あきら)より?」
「勝てたことないねんで、俺」
(あきら)よりって、まじで?」
 半信半疑で、(しょう)(まもる)に目を向ける。
(まもる)(あきら)のねーちゃん、知ってるワケ?」
「……」
 目を遠くに投げて固まってしまった(まもる)を見れば、(あきら)はウソは言っていないらしい。
「え、まじで……?」
 曖昧な笑顔を張り付けながらも。

(あきら)のねーちゃんなら美人だろうな)

 「(まもる)の制御」にすっかり安心している(しょう)は、少しだけ不埒なことを考えていた。
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