輪廻のひと

文字数 2,673文字

 (まもる)たちが目を覚ましてすぐ。
 客間を訪れた(のぞむ)は、職員用の(しろ)作務衣(さむえ)をそれぞれに渡して、風呂が沸いていると告げた。
「……さっぱりしておいで……」
「あの、ありがとうございます……」
 甥がぎこちなく頭を下げれば、叔父もまたぎくしゃくとうなうずく。
「……よかったって、言っていいのかな」
 紅玉(こうぎょく)から事の顛末(てんまつ)を聞かされていてはいたけれど。
 複雑そうな(えんじゅ)のつぶやきに、(あきら)はただ無言で(のぞむ)を眺めていた。


「お」
 風呂から上がり、部屋に戻った(しょう)が目を見張る。
 折り畳み式の卓袱台(ちゃぶだい)の上にあるのは、握り飯が乗った大皿と、ミネラルウォーターのペットボトル。
 その横には、大箱入りのどら焼きが鎮座していた。
「ごっつ手厚いおもてなしやな」
 (あきら)はさっそく握り飯に手を伸ばしながら、卓袱台(ちゃぶだい)の前にどっかりと胡坐(あぐら)をかいて座る。
「……風呂の入り方とか、わかんのかな」
(まもる)蒼玉(そうぎょく)に教えとったさかい、いけるんちゃう」
 (しょう)の独り言に応えた(あきら)が手にしている握り飯は、すでにふたつ目のものだ。
「そういえば、タオルと着替えを渡してたときに、腕輪が光ってたね」
 縁側に腰掛けた(えんじゅ)は、どら焼きを片手に足をブラブラさせている。
「ちゅうことは、”過去視の術”をつこたんやな」
「あー、確かに。シャワーの使い方なんて、映像にしちゃったほうが早いもんね。……(まもる)はもう、腕輪を使いこなしてるんだなぁ」
「白虎を顕現させるくらいなんやさかい、過去視なんて楽勝やろ」
「まあ、そうかも、しれないけど」
「んで、その(まもる)は?」
 ペットボトルのキャップを(ひね)りながら、ヘーゼルの瞳が(あきら)を見上げた。
「叔父さんに電話借りて、高梁(たかはし)さんに連絡入れるって」
「ヴィラがあんなになっちまって、大騒ぎになってねぇかな」
「こっち戻ってすぐ、叔父さんがホテルに伝えたって、(まもる)が言うとった」
「そこ、重要だよな。AIKAの一人息子が土石流に飲まれて行方不明なんて、大騒ぎになっちまうもんな」
「だよねえ。警察とか来たらヤバいもんね。……僕らの荷物って、どうなってんだろ」
 開け放たれた障子から見える青空と同じ色の瞳が、不安そうに遠くに投げられている。
「さっぱりできたのはいいけど、財布もスマホもねえしな。……ちょっとオレ、ヤニ切れだし」
「ついでに禁煙したら?」
「あー、まーねー」
 振り返りもしない(えんじゅ)の提案に、(しょう)も気のない返事を返した。
 
 今は自分のことよりも、

姉妹のことが頭から離れない。
 彼女たちは一体どこまで、「今」を把握しているのだろう。
 そして、これからどうするつもりでいるんだろうか。
 「普通」とは相容れない彼女たちの存在を思うと、二日前の入学式などは、もう遠い昔のようだ。
 
 箱根のご当地ラベルボトルの水が妙に苦く感じられて、喉が渇いているのに、一気飲みすることもできずに。
「はぁぁぁ~」
「でかいため息やな。食うか?」
「いや、今はいい」
 差し出された食べかけの握り飯をぐぃっと押し戻して、(しょう)はまたためいきをつく。

(これって、

が用意したのかな)

「食事はとれてる?」
 (ふすま)が開いて、今まさに(しょう)が思い浮かべていたその人物が、部屋に入ってきた。
「具合は悪くなさそうだね。どこか痛むところもない?ほかに必要なものは?」
 やたらに親し気な様子で隣に座った若い男を見て、(しょう)の胸はが不規則な鼓動を刻む。

(ほんとに(まもる)が言ってたまんまだな……)

 目の前には、かつて紅玉(こうぎょく)を守りともに戦い、今生の別れを惜しんでいた若武者の笑顔があった。
「ありま、せん。あの、運んでいただいたようで、ありがとうございました」
 若者の視線から逃れるように、(しょう)はぺこりと頭を下げる。
「いやいや、大したことはないよ。モデルさんを(かつ)ぐなんて貴重な体験させてもらって、こちらこそ」
「いや、オレはフツーの大学生ですよ」
「え、フツー?そんなにイケメンがフツー?最近のフツーって、フツーじゃないねぇ」
 にかっと笑うその笑顔はなんだか幼げで、双子のように似てはいるが、あの精悍(せいかん)で豪胆であった若武者とは、別人なのだと(しょう)は実感した。
「彼女がずいぶん気にしてたから、コスプレつながりのモデルさんなんだと思ってた」
「彼女?」
「女武者のコスプレしてた彼女」
 若い神職は立ち上がると縁側に出て、神社の境内から遠く望める箱根の山々を眺めやる。
「キレイな人、だよね……。キレイというか、素敵な人だ。まっすぐで、揺るぎない瞳をしてる。……なんて、ね」
 若者が照れた顔をしながら振り返った。
「会ったばっかりで、何言ってるんだろって思うよね。きみたちの知り合いに、変なこと言ってごめんね。下心があるわけじゃないから安心して。第一、僕は名乗らせても、もらえないしさ」
「え?」
 素敵に形の良いヘーゼルの目を丸くして、(しょう)は若者を見上げる。
「僕の名前の”もとあき”って、漢字が珍しいんだよ。元旦の元に、顕微鏡の顕で元顕(もとあき)
「……金澤流(かねさわりゅう)北条氏、甘縄(かんなわ)顕実(あきざね)公とご関係が?」
「おや、白ウサギさん。ご実家と連絡はついた?」
 皆と同じ作務衣(さむえ)を着て部屋に入ってきた(まもる)を、元顕(もとあき)が快活に出迎えた。

(白ウサギ……)
(ウサギ扱いやと?!)
(悪気がねぇのが逆にヤバいな)

 元顕(もとあき)は、天涯孤独だと思っていた宮司に、甥がいることには驚いたらしい。
 だが、(まもる)の容姿については一言もなかった。
 さすが神職、偏見に(とら)われない目を持っていると感心したのだが、いくらなんでもウサギ呼びはないだろう。
 確かに、白作務衣(しろさむえ)白髪(はくはつ)、赤目のその姿は、月兎(げつと)を彷彿とさせるけれど。
 
 馴れ馴れしさとすれすれの親しみにあふれた元顕(もとあき)の様子に、友人たちはハラハラしながら(まもる)に視線を向けるが。
 当の本人はスルーを決め込み、ただうなずき返しただけだった。
「そう、よかったね。……一応、母方の実家がそっちの血を引くらしいんだけど、定かではないんだよ。ただ、決めていた別の名前もあったはずなのに、産まれた僕の顔を見たら浮かんだっていうから、縁は感じるんだ」
「……へぇ」
 (しょう)元顕(もとあき)から視線を外して、明るい神社の境内に目を向ける。

――今世で叶わないのなら、生まれ変わってまた待つ。お前の目が覚めるまで、何度でも――

(生まれ変わりなんて信じられるかよ、そんな非科学的なこと)

 そう思いはするが、では、昨日から今まで経験したことは何なのかと問われれば、(しょう)は途方に暮れるばかりで。
「まあ、そんなんで名前の説明でもと思ったんだけど、(うじ)を聞かれてね。そっちで呼ぶからって。彼女の名前も教えてくれないしさ。なんで、あんなに警戒されてるのかな。何か失礼なことをしてしまったのかな」
 すがるような瞳で、元顕(もとあき)(まもる)を眺めた。
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