再会-1-
文字数 2,876文字
煌は自分の部屋のベッドに腰掛けながら、鎮がアーユスでライブ中継してくれている義姉の姿に意識を集中させていた。
――ほんっとに胡散臭いなあ――
「ふっ」
鎮と同じ笑いがこぼれてしまう。
モデル級である渉の顔面に胡散臭さを感じるなんて、義姉らしい。
――夏休みも正月も秋鹿くんとこに入り浸って、いっこも帰ってけえへん!――
そうだな。
三年以上会っていない。
少し痩せただろうか。
少女を脱して、直視するのがためらわれるほどキレイな女性になった。
――こないに逃げんといて――
耳と胸が痛い。
そして、鎮を責め、蒼玉から煽られている義姉の姿に、煌の顔がくしゃりと歪む。
――れくりえーしょんるーむにご案内して――
くぃとあごをしゃくる紅玉を視せられた煌は、弾かれたように立ち上がった。
その隣で、一見変わりのない笑顔を浮かべている蒼玉に、剣呑なアーユスが混じり始めている。
『秋鹿さん!蒼玉を止めてやっ』
『手出しをするなと言われている』
頭に放り込まれていた画像が途切れ、そっけない鎮のアーユスだけが返ってきた。
『俺は、蒼玉の願いは必ず叶える』
『わかってるけど、燎の敵う相手ちゃう』
『そう思うならお前が止めろ。燎さんを』
『……今はまだ無理や。会われへん』
『ならば仕方がない。黙って見ていろ』
『秋鹿さん、秋鹿さん!』
煌がいくら呼び掛けても。
ぶっつりと途切れた鎮のアーユスが応えることはなかった。
◇
「温泉宿のように卓球台でも置きましょうか」と高梁が冗談を言っていた、だだっ広い部屋の半分には、厚手のクッションマットが敷き詰められている。
(ふーぅん。……ここがレクリエーションルーム。……なるほどなぁ)
ぐるりと室内を見渡した燎は、先導する蒼玉がこちらを振り向こうとしたタイミングで、挨拶もなく走り出していった。
(ケンカは先手必勝!べつに試合ちゃうしなっ)
卑怯であることは重々承知。
あの隙のない歌姫に勝つには、こうするよりほかはないのだ。
スキニーのストレッチデニムと、丈の短いライムイエローのシャツを着る燎が、キレのある蹴りを繰り出す。
空手で師範級の腕を持つ燎の連続攻撃を受けて、蒼玉が壁際へと追い詰められていった。
(……効いてへんな)
防御一辺倒で、じりじりと後退する蒼玉ではあるが、その目は燎からそらされることはない。
見極められている、と燎が気づいたとき。
突如、蒼玉が反撃に転じた。
◇
「あっ!」
声を上げて、煌は大きく一歩足を踏み出す。
鎮がアーユスで送り続ける映像のなかで。
勢いよく振り下ろされた燎の足をかわして、蒼玉が間合いを詰める。
そして、素早く後ろに回ると燎の首に腕を回して床に引き倒し、蒼玉は締める腕に力を込めた。
「ぐぅっ……」
燎顔が歪んでいくのを見て、煌の額には脂汗が浮かぶ。
(試合やったら反則やけど、戦士の蒼玉には関係あれへんやろうな。せやけど、燎は敵ちゃう。なんぼなんでも、致命的なダメージは与えへんはずや)
そう思いながらも、見守るしかない煌は不安でたまらない。
「かはっ、げほっ」
蒼玉の拘束が外れた燎が、体を丸めて咳き込んだ。
(勝負あったな……)
燎は不本意だろうが、到底勝てる相手ではない。
ここで終わらせてくれてよかった。
だが、煌がほっとしたのも束の間。
蒼玉は燎の体に馬乗りになり、その襟首を片手で持ち上げる。
同時に逆側の手先をまっすぐに伸ばして、燎の顔面に狙いをつけた。
「や、止めさせてやっ!秋鹿さん!」
アーユスを飛ばす余裕もなく。
煌は叫び、部屋を飛び出していった。
階段などは二歩で飛び降りて。
派手な音を立てながら、煌はリビング、リクリエーションルームの扉を次々突破する。
「かがり!!……、……?」
「ギ、ギブっ、ギブギブギブぅ~」
部屋中にこだましていたのは、渉の潰れた大声で。
「あっかんなぁ。体力なさすぎやで」
クッションマットの上で、燎に組み敷かれた渉がじたばたと暴れている。
マット上に落ちている竹刀と足をばたつかせている渉を交互に見比べ、煌はその場にポカンと立ち尽くした。
「基本はできとるっぽいし、もういっぺん、真剣にやってみたらええやん、剣道」
立ち上がった燎が、寝転がったまま荒い呼吸を整えている渉に腕を差し伸べる。
「私も賛成。思っていたよりもいい動きだった。……使えるかもしれない」
「そう、かな……」
燎の手を取り立ち上がりながら、ヘーゼルの瞳が紅玉を振り返った。
「コウ姉がそう言うんなら、やってみっかな。……お、煌じゃん」
「え?!」
渉の視線を燎がたどり、固まっている煌と見つめ合う。
「……あきら……」
ふらっと一歩踏み出した燎とは逆に、怯える目をした煌が一歩下がった。
「逃げんといて!」
「っ!」
びくりとその場で固まった煌に、一歩、また一歩と燎が近づいていく。
「……久しぶりやね」
煌の前に立った燎の両腕が延ばされた。
「こないに背も伸びて。写メだけじゃわかれへんかった。……ええ男になったなぁ。顔、よう見して」
燎の両手が煌の頬を包んだ、次の瞬間。
「いてっ、痛いて!」
頬をつねり上げられた煌が悲鳴を上げる。
「もお、なんで一度も帰ってけえへんの!お父ちゃんもお母ちゃんも、ずっと心配しててん。どうせ自分がおったら、またアイツが難癖つけに来るやら思てるんちゃうん?」
「……」
頬から手を外すと、燎は目を落とした煌の両手をぎゅっと握りしめた。
「アンタのことは、みんなで守るって言うたやん!アンタが最初に夏苅に来た日も、それから何度でも!」
「……怪我は?」
煌は答えず、燎の手をそっと振り払って距離を取る。
「怪我?なんの?」
「だって、ソウギョ、ぐぇっ!」
「え?草魚がどないしたん?……けったいなもの食べて当たったん?」
急に腹を押えて屈みこんだ煌の背中を、燎が心配顔で擦った。
「ソ、ソウと、勝負してたんやないの?」
「ソウちゃんと?せぇへんよ」
「……そ、ソウ、ちゃん……?」
頭上にハテナマークをいくつも浮かべて、煌が燎を見上げれば。
「っ!」
すぐ目の前にあった燎の笑顔に、煌がぐぅとのどを詰まらせた。
(ああ、変われへんな……。ヒマワリみたいや)
「二、三回拳交わしたら、こらあ歯が立てへん相手やなってわかったし。可愛い顔して、やるなあソウちゃん」
微笑み合う燎と蒼玉に、煌の頭上のハテナマークが増えていく。
(いつの間に、こないに仲良うなってん?……まさか)
煌がちらりと鎮をうかがうと、白髪の友人はしれっとした顔をしてそっぽを向いている。
(ああ、そうなんや)
大きなため息が煌から漏れた。
(ニセモンの映像送ってくるなんて、簡単なんやな)
『たいがいにせえや、秋鹿さん』
『お前がいつまでも駄々こねてるからだ』
そっぽを向いたままの鎮から、笑いを含んだアーユスが返ってくる。
「痛いトコ突かれて腹はたったけど、……ソウちゃんの言うとおりだし。煌はもう
、家族はもう必要ないんやね。こないにええ友達に囲まれて」
「いや、ちゃうって……」
微笑む燎を目にした煌は口ごもり、眩しそうな目をして顔をうつむけた。
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