再会-1-

文字数 2,876文字

 (あきら)は自分の部屋のベッドに腰掛けながら、(まもる)がアーユスでライブ中継してくれている義姉の姿に意識を集中させていた。

――ほんっとに胡散(うさん)臭いなあ――

「ふっ」
 (まもる)と同じ笑いがこぼれてしまう。
 モデル級である(しょう)の顔面に胡散(うさん)臭さを感じるなんて、義姉らしい。

――夏休みも正月も秋鹿(あいか)くんとこに入り浸って、いっこも帰ってけえへん!――

 そうだな。
 三年以上会っていない。
 少し痩せただろうか。
 少女を脱して、直視するのがためらわれるほどキレイな女性(ひと)になった。

――こないに逃げんといて――

 耳と胸が痛い。 

 そして、(まもる)を責め、蒼玉(そうぎょく)から(あお)られている義姉の姿に、(あきら)の顔がくしゃりと歪む。

――れくりえーしょんるーむにご案内して――

 くぃとあごをしゃくる紅玉(こうぎょく)を視せられた(あきら)は、弾かれたように立ち上がった。
 その隣で、一見変わりのない笑顔を浮かべている蒼玉(そうぎょく)に、剣呑(けんのん)なアーユスが混じり始めている。
秋鹿(あいか)さん!蒼玉(そうぎょく)を止めてやっ』
『手出しをするなと言われている』
 頭に放り込まれていた画像が途切れ、そっけない(まもる)のアーユスだけが返ってきた。
『俺は、蒼玉(そうぎょく)の願いは必ず叶える』
『わかってるけど、(かがり)(かな)う相手ちゃう』
『そう思うならお前が止めろ。(かがり)さんを』
『……今はまだ無理や。会われへん』
『ならば仕方がない。黙って見ていろ』
秋鹿(あいか)さん、秋鹿(あいか)さん!』
 (あきら)がいくら呼び掛けても。
 ぶっつりと途切れた(まもる)のアーユスが応えることはなかった。


 「温泉宿のように卓球台でも置きましょうか」と高梁(たかはし)が冗談を言っていた、だだっ広い部屋の半分には、厚手のクッションマットが敷き詰められている。

(ふーぅん。……ここがレクリエーションルーム。……なるほどなぁ)

 ぐるりと室内を見渡した(かがり)は、先導する蒼玉(そうぎょく)がこちらを振り向こうとしたタイミングで、挨拶もなく走り出していった。

(ケンカは先手必勝!べつに試合ちゃうしなっ)
 
 卑怯であることは重々承知。
 あの(すき)のない歌姫に勝つには、こうするよりほかはないのだ。

 スキニーのストレッチデニムと、丈の短いライムイエローのシャツを着る(かがり)が、キレのある蹴りを繰り出す。
 空手で師範級の腕を持つ(かがり)の連続攻撃を受けて、蒼玉(そうぎょく)が壁際へと追い詰められていった。

(……効いてへんな)

 防御一辺倒で、じりじりと後退する蒼玉(そうぎょく)ではあるが、その目は(かがり)からそらされることはない。

 見極められている、と(かがり)が気づいたとき。
 突如、蒼玉(そうぎょく)が反撃に転じた。


「あっ!」
 声を上げて、(あきら)は大きく一歩足を踏み出す。
 (まもる)がアーユスで送り続ける映像のなかで。
 勢いよく振り下ろされた(かがり)の足をかわして、蒼玉(そうぎょく)が間合いを詰める。
 そして、素早く後ろに回ると(かがり)の首に腕を回して床に引き倒し、蒼玉(そうぎょく)は締める腕に力を込めた。
「ぐぅっ……」
 (かがり)顔が歪んでいくのを見て、(あきら)の額には脂汗が浮かぶ。

(試合やったら反則やけど、戦士(ヴィーラ)蒼玉(そうぎょく)には関係あれへんやろうな。せやけど、(かがり)は敵ちゃう。なんぼなんでも、致命的なダメージは与えへんはずや)

 そう思いながらも、見守るしかない(あきら)は不安でたまらない。
「かはっ、げほっ」
 蒼玉(そうぎょく)の拘束が外れた(かがり)が、体を丸めて咳き込んだ。

(勝負あったな……)

 (かがり)は不本意だろうが、到底勝てる相手ではない。
 ここで終わらせてくれてよかった。

 だが、(あきら)がほっとしたのも束の間。
 蒼玉(そうぎょく)(かがり)の体に馬乗りになり、その襟首を片手で持ち上げる。
 同時に逆側の手先をまっすぐに伸ばして、(かがり)の顔面に狙いをつけた。
「や、止めさせてやっ!秋鹿(あいか)さん!」
 アーユスを飛ばす余裕もなく。
 (あきら)は叫び、部屋を飛び出していった。

 階段などは二歩で飛び降りて。
 派手な音を立てながら、(あきら)はリビング、リクリエーションルームの扉を次々突破する。
「かがり!!……、……?」
「ギ、ギブっ、ギブギブギブぅ~」
 部屋中にこだましていたのは、(しょう)の潰れた大声で。
「あっかんなぁ。体力なさすぎやで」
 クッションマットの上で、(かがり)に組み敷かれた(しょう)がじたばたと暴れている。
 マット上に落ちている竹刀(しない)と足をばたつかせている(しょう)を交互に見比べ、(あきら)はその場にポカンと立ち尽くした。
「基本はできとるっぽいし、もういっぺん、真剣にやってみたらええやん、剣道」
 立ち上がった(かがり)が、寝転がったまま荒い呼吸を整えている(しょう)に腕を差し伸べる。
「私も賛成。思っていたよりもいい動きだった。……使えるかもしれない」
「そう、かな……」
 (かがり)の手を取り立ち上がりながら、ヘーゼルの瞳が紅玉(こうぎょく)を振り返った。
「コウ姉がそう言うんなら、やってみっかな。……お、(あきら)じゃん」
「え?!」
 (しょう)の視線を(かがり)がたどり、固まっている(あきら)と見つめ合う。
「……あきら……」
 ふらっと一歩踏み出した(かがり)とは逆に、(おび)える目をした(あきら)が一歩下がった。
「逃げんといて!」
「っ!」
 びくりとその場で固まった(あきら)に、一歩、また一歩と(かがり)が近づいていく。
「……久しぶりやね」
 (あきら)の前に立った(かがり)の両腕が延ばされた。
「こないに背も伸びて。写メだけじゃわかれへんかった。……ええ男になったなぁ。顔、よう見して」
 (かがり)の両手が(あきら)の頬を包んだ、次の瞬間。
「いてっ、痛いて!」
 頬をつねり上げられた(あきら)が悲鳴を上げる。
「もお、なんで一度も帰ってけえへんの!お父ちゃんもお母ちゃんも、ずっと心配しててん。どうせ自分がおったら、またアイツが難癖つけに来るやら思てるんちゃうん?」
「……」
 頬から手を外すと、(かがり)は目を落とした(あきら)の両手をぎゅっと握りしめた。
「アンタのことは、みんなで守るって言うたやん!アンタが最初に夏苅(なつがり)に来た日も、それから何度でも!」
「……怪我は?」
 (あきら)は答えず、(かがり)の手をそっと振り払って距離を取る。
「怪我?なんの?」
「だって、ソウギョ、ぐぇっ!」
「え?草魚がどないしたん?……けったいなもの食べて当たったん?」
 急に腹を押えて(かが)みこんだ(あきら)の背中を、(かがり)が心配顔で(さす)った。
「ソ、ソウと、勝負してたんやないの?」
「ソウちゃんと?せぇへんよ」
「……そ、ソウ、ちゃん……?」
 頭上にハテナマークをいくつも浮かべて、(あきら)(かがり)を見上げれば。
「っ!」
 すぐ目の前にあった(かがり)の笑顔に、(あきら)がぐぅとのどを詰まらせた。

(ああ、変われへんな……。ヒマワリみたいや)

「二、三回(こぶし)交わしたら、こらあ歯が立てへん相手やなってわかったし。可愛い顔して、やるなあソウちゃん」
 微笑み合う(かがり)蒼玉(そうぎょく)に、(あきら)の頭上のハテナマークが増えていく。

(いつの間に、こないに仲良うなってん?……まさか)

 (あきら)がちらりと(まもる)をうかがうと、白髪の友人はしれっとした顔をしてそっぽを向いている。

(ああ、そうなんや)

 大きなため息が(あきら)から漏れた。

(ニセモンの映像送ってくるなんて、簡単なんやな)

『たいがいにせえや、秋鹿(あいか)さん』
『お前がいつまでも駄々こねてるからだ』
 そっぽを向いたままの(まもる)から、笑いを含んだアーユスが返ってくる。
「痛いトコ突かれて腹はたったけど、……ソウちゃんの言うとおりだし。(あきら)はもう
、家族はもう必要ないんやね。こないにええ友達に囲まれて」
「いや、ちゃうって……」
 微笑む(かがり)を目にした(あきら)は口ごもり、(まぶ)しそうな目をして顔をうつむけた。
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