相棒の友人-2-
文字数 3,050文字
バタン!
突然、指導室のドアが勢いよく、ノックもなしに開いた。
「五百木 センパイ、やっぱイジメられてた?あ、遅れてすんませ~ん」
ライトブラウンの髪をうなじでひとまとめにした生徒が、ずかずかと室内に入ってくる。
「冬蔦 、ノックぐらいしろ」
「あー、はいはい」
指導教師の叱責など何も気にしていない様子で、その生徒は五百木 の隣の席に座った。
「せ、先生、こいつ、こいつですよ!」
目を丸くした四十万 が、二次元なのかと思うほど整った顔で微笑んでいる、その生徒を指さして声を荒らげる。
「うちの制服なんか着てるけど、あのときはもっとイカれたカッコで」
「イカれたとか、ひでぇなぁ」
白シャツに緩く一年カラーのタイを締めた冬蔦 が、苦笑いを浮かべた。
「みんなが青ざめるくらいキマッてたでしょ?青シャツだけに」
「ぷ、……ぷふーっ」
「……は?」
四十万 は耳を疑い、まじまじと隣を凝視する。
吹き出して笑ったのは、今まで一言もしゃべらなかった従兄弟 だ。
「五百木 センパイ、今日のTシャツ、カッコいいじゃん」
「おまえがくれたんだろ」
少しサイズが大きいようで、ダブついているTシャツの裾 を、五百木 はペロッとめくってみせる。
「気に入った?」
「気に入った」
(こいつら、グルだったのか!)
親し気に笑い合っているふたりを見て、四十万 は勢いをつけて立ち上がった。
「でもっ、コイツがナイフを持ち歩いてるのは、」
「証拠があんですかぁ?四十万 センパイ。せんせーって、五百木 センパイがナイフ振り回してるとこ、実際に見たことある?」
口元だけキレイに笑ませて、冬蔦 は教師と四十万 を見比べる。
「いや、ない。話だけは……」
「高校生のウワサいちいち取り合ってたら、せんせーの時間なんて、いくらあっても足りないくらいデショ?」
挑発的なヘーゼルの瞳に、四十万 のイライラが募った。
「コイツの持ち物検査してみてください!」
「へえ、五百木 センパイがナイフ持ってるって、四十万 センパイは知ってるんだ?」
「いつも持ち歩いてるのを見せら、」
「いつも?」
にやけていた冬蔦 が真顔になる。
「肌身離さず?」
「そ、そうだよ。いつも、見てる」
「アンタと五百木 ってイトコ同士とはいえさ、そんな仲良し?いつも、四六時中一緒にいるほど」
「そ、れは……」
「先生、五百木 の持ち物検査してやってよ。四十万 が本当のことを言っているのなら、五百木 はナイフを持ってるんじゃね?」
「……五百木 、ポケットにあるもの全部、見せてもらえるか」
教師の指示に、五百木 はスマホ、財布、くしゃくしゃになったレシートなどを取り出して、最後にすべてのポケットを裏返してみせた。
「い、いつもは持ってんだろっ」
顔色を変えた四十万 が、机をバン!と叩く。
「ジャケットにしまってきたのかよ。ああ、お前はジャケットなんか着ないな。じゃあ、カバン?今、持ってないからって、あのとき持ってなかった証拠には、それこそならないだろっ。ホントのことなんて、お前みたいなヤツが言うわけないっ」
「それはアンタだろ」
それは、ゾクッとするほど冷たい声だった。
「確かにアンタはウソは言ってない。でも、肝心なことも、何ひとつ言ってねぇじゃねぇか。あんときの集団は五百木 じゃなくて、アンタのグループだろ。違う?」
「あんなヤツラっ、……!」
コトリ。
軽い音に目をやれば、冬蔦 が手にしていたスマートフォンを机に置くところだった。
その画面を見て、録音アプリを起動させたと気がついて。
四十万 はピタリと口を閉じた。
「誰に聞かれても困らない本当のことなら、いいよな。
「周辺の方からの電話はな、四十万 」
ふたりのやり取りをじっと見守っていた教師が、ふぅっと息を吐く。
「ケンカしていたグループが、ひとりを残して逃げていった。イジメでもあるんじゃないかって、心配したものだったんだ」
「っ!」
浅く息を飲んだ四十万 は顔をそむけ、目を床に落とした。
「ガラの悪い外国人は、すぐに冬蔦 のことだとわかったし、夏苅 は和解がすんでると言っていた。……座れ、四十万 」
糸の切れた操り人形のように、四十万 の腰がストンと落ちる。
「お前が誰と、どんな付き合いをしようと自由だ。法と良心に背 かないものならば、多少のヤンチャは見逃す。だが、逸脱した行為があったのならば話は別だ」
淡々と諭す教師を前に、四十万 は微動だにしない。
「ま、学校なんてとこは、失敗してなんぼだけどな。どんなに優秀な人間でも、間違えることはある。学生でいる間に、許されている間に経験を積んで、同じ失敗を繰り返さないようにすればいいだけだ」
「はーい」
「冬蔦 ぁ……。お前はせめて、不良外国人に間違えられないような服装をしてくれよ」
「してんじゃん。最近は」
ニヤニヤしている冬蔦 を目にして、教師は今さら驚いたという顔になった。
「そう、だな。そういえば、最近けばけばしくないな。……どうした」
「なんで心配してんだよ。ホメるとこだろ。まともなカッコしてこいって、さんざ言っといて。……最近怒られんだよ、怖ぇヒトたちに。ひとりはだまーって怒ってるし、もうひとりは怒涛の説教かましてくるし」
「へぇ……。お前が言うことを聞く人間が、ふたりもいるとはなぁ……」
ひとしきり感心したあとで、教師はふっと表情を緩める。
「頭の痛い案件がひとつ減って助かったよ。五百木 は期末を頑張らないと、卒業がヤバいぞ」
「ああ、うん」
五百木 のはにかんだ笑顔に、教師の目が丸くなった。
「それは、うん。多分、頑張りマス」
「多分とか不安しかねぇな。行こうぜ、五百木 。もうすぐ検査から戻ってくるぞ」
「ん。せんせー、もう行っていいですか」
同時に立ち上がった冬蔦 と五百木 に、教師はヒラヒラと手を振る。
「おぅ、気をつけてな。もうここに来ないようにしてくれよ、常連ふたりは」
「いや、オレは何で呼ばれんのか、いつも不思議でしょうがなかったけどね」
肩をすくめる冬蔦 に、教師は盛大に顔をしかめた。
「服装、登校日数、他校とのケンカ、痴話ゲンカ。もういい加減にしてくれ」
「痴話ゲンカなんかほっとけよ」
「四、五人の女子に囲まれてみろ。地獄だぞ、こっちは」
「あらまあ」
気の毒そうな目をして冬蔦 が笑う。
「尻ぬぐいゴクローサマ」
「冬蔦 っ」
「はははは!じゃーねー、せんせー。……それと」
冬蔦 は四十万 の背後に回ると、その耳元に口を寄せた。
「オレのダチにこれ以上、あんまオイタしないでほしいな。……んじゃね、四十万 センパイ」
冬蔦 の軽薄な挨拶を最後に、ふたりの姿は相談室から消えていく。
「アイツはホントに……」
呆れた声で独り言ちながら教師が立ち上がり、手にしていたファイルでトンと机を叩いた。
「時間を取らせて悪かったな。……なあ、四十万 。お前はデキル人間なんだから、あまり手段を間違えるなよ」
しばらく待っても顔を上げない四十万 に、教師は密やかなため息をつく。
「お前が抱 えるものは、教師ごときが口を挟めるものでもないんだろう。でもな、覚えておいてくれ。お前の世界は、これからお前が作るもんなんだ。最初から決められてることなんか、何ひとつないんだぞ」
「な」と念押しした教師が相談室を出ていくと、辺りは冷たい静寂に沈んでいった。
禍々 しいほど見事に赤い秋の夕日が、うつむいたままの四十万 の横顔を照らしている。
赤く染まった部屋に座る四十万 の瞳は、底なし沼のように暗く澱 んでいた。
突然、指導室のドアが勢いよく、ノックもなしに開いた。
「
ライトブラウンの髪をうなじでひとまとめにした生徒が、ずかずかと室内に入ってくる。
「
「あー、はいはい」
指導教師の叱責など何も気にしていない様子で、その生徒は
「せ、先生、こいつ、こいつですよ!」
目を丸くした
「うちの制服なんか着てるけど、あのときはもっとイカれたカッコで」
「イカれたとか、ひでぇなぁ」
白シャツに緩く一年カラーのタイを締めた
「みんなが青ざめるくらいキマッてたでしょ?青シャツだけに」
「ぷ、……ぷふーっ」
「……は?」
吹き出して笑ったのは、今まで一言もしゃべらなかった
「
「おまえがくれたんだろ」
少しサイズが大きいようで、ダブついているTシャツの
「気に入った?」
「気に入った」
(こいつら、グルだったのか!)
親し気に笑い合っているふたりを見て、
「でもっ、コイツがナイフを持ち歩いてるのは、」
「証拠があんですかぁ?
口元だけキレイに笑ませて、
「いや、ない。話だけは……」
「高校生のウワサいちいち取り合ってたら、せんせーの時間なんて、いくらあっても足りないくらいデショ?」
挑発的なヘーゼルの瞳に、
「コイツの持ち物検査してみてください!」
「へえ、
「いつも持ち歩いてるのを見せら、」
「いつも?」
にやけていた
「肌身離さず?」
「そ、そうだよ。いつも、見てる」
「アンタと
「そ、れは……」
「先生、
本当のことしか言わない
誠実な人間なら、今、「……
教師の指示に、
「い、いつもは持ってんだろっ」
顔色を変えた
「ジャケットにしまってきたのかよ。ああ、お前はジャケットなんか着ないな。じゃあ、カバン?今、持ってないからって、あのとき持ってなかった証拠には、それこそならないだろっ。ホントのことなんて、お前みたいなヤツが言うわけないっ」
「それはアンタだろ」
それは、ゾクッとするほど冷たい声だった。
「確かにアンタはウソは言ってない。でも、肝心なことも、何ひとつ言ってねぇじゃねぇか。あんときの集団は
「あんなヤツラっ、……!」
コトリ。
軽い音に目をやれば、
その画面を見て、録音アプリを起動させたと気がついて。
「誰に聞かれても困らない本当のことなら、いいよな。
あんなヤツら
、アンタには何の関係もねぇって言ってみろよ」「周辺の方からの電話はな、
ふたりのやり取りをじっと見守っていた教師が、ふぅっと息を吐く。
「ケンカしていたグループが、ひとりを残して逃げていった。イジメでもあるんじゃないかって、心配したものだったんだ」
「っ!」
浅く息を飲んだ
「ガラの悪い外国人は、すぐに
糸の切れた操り人形のように、
「お前が誰と、どんな付き合いをしようと自由だ。法と良心に
淡々と諭す教師を前に、
「ま、学校なんてとこは、失敗してなんぼだけどな。どんなに優秀な人間でも、間違えることはある。学生でいる間に、許されている間に経験を積んで、同じ失敗を繰り返さないようにすればいいだけだ」
「はーい」
「
「してんじゃん。最近は」
ニヤニヤしている
「そう、だな。そういえば、最近けばけばしくないな。……どうした」
「なんで心配してんだよ。ホメるとこだろ。まともなカッコしてこいって、さんざ言っといて。……最近怒られんだよ、怖ぇヒトたちに。ひとりはだまーって怒ってるし、もうひとりは怒涛の説教かましてくるし」
「へぇ……。お前が言うことを聞く人間が、ふたりもいるとはなぁ……」
ひとしきり感心したあとで、教師はふっと表情を緩める。
「頭の痛い案件がひとつ減って助かったよ。
「ああ、うん」
「それは、うん。多分、頑張りマス」
「多分とか不安しかねぇな。行こうぜ、
「ん。せんせー、もう行っていいですか」
同時に立ち上がった
「おぅ、気をつけてな。もうここに来ないようにしてくれよ、常連ふたりは」
「いや、オレは何で呼ばれんのか、いつも不思議でしょうがなかったけどね」
肩をすくめる
「服装、登校日数、他校とのケンカ、痴話ゲンカ。もういい加減にしてくれ」
「痴話ゲンカなんかほっとけよ」
「四、五人の女子に囲まれてみろ。地獄だぞ、こっちは」
「あらまあ」
気の毒そうな目をして
「尻ぬぐいゴクローサマ」
「
「はははは!じゃーねー、せんせー。……それと」
「オレのダチにこれ以上、あんまオイタしないでほしいな。……んじゃね、
「アイツはホントに……」
呆れた声で独り言ちながら教師が立ち上がり、手にしていたファイルでトンと机を叩いた。
「時間を取らせて悪かったな。……なあ、
しばらく待っても顔を上げない
「お前が
「な」と念押しした教師が相談室を出ていくと、辺りは冷たい静寂に沈んでいった。
赤く染まった部屋に座る