本質の幻影-1-
文字数 2,907文字
「
「なんか、別の
窓にもたれ、うとうとしている
「だって、荷物で無事だったのタバコだけだったし、見ちゃったら吸いたくなるじゃんか。てか別のって、
「なんか、そういうんにゃなくて……。ふぁ……。ちょっと寝かせて。もういっぱい……、おなかも頭も」
「まあ、そうだろな」
つぶやいて、
(そら疲れてるよな。ずっとオレについててくれたんだから……。気絶するとか、マジでカッコワル)
車窓に流れていく相模湾を眺めながら、
空より深い青の海原に、点々とサーファーが浮きつ沈みつしているのが見えた。
のどかでしかない風景を前に、
(あんなもん、やっぱ見間違いとか……。いや、だったら、じゃあ……)
前を向けば、見慣れている外車の後ろ姿が目に入ってきた。
そこに乗っているのは
(見間違いなら、あの姉妹はいねぇもんな)
ぶれることなく走り続ける車を眺めながら、その運転手はどんな顔をしているのかと、ふと思った。
◇
時折、鼻をすする音だけを立てるだけの
湖岸に行く前と同じように障子は開け放たれているというのに、重苦しい空気に部屋がくすんでいる。
その沈黙を破るように、境内に隣接した駐車場から車の音が聞こえてきた。
気づいた
しばらくして、友人たちのバッグを手にした
「泥は落としてくれたんだね。中身は……」
バッグの外側を確認した
「……うわぁ」
クモの巣のようなヒビが入ったスマートフォンの画面に、
「生きてっか?」
同じような状態のスマートフォンを手にした
「無理っぽいね」
「そっちもダメか。……ちょっと一服してくるわ。ゴミは出さねぇからさ」
奇跡的に無傷だったタバコとライター、そして、携帯灰皿を手にして、
静かな昼下がり。
清浄な空気に包まれている神社境内をつっきり、
どこまで行ったら失礼ではないだろかと考えていることに気づいて、ふっと笑ってしまう。
神社仏閣内でタバコを吸うのが非常識だと了解しているが、今は「大いなる何かに礼を失してはならない」と判断していたのだ。
それほど、人知を超えたナニカが身近になってしまったことが、妙におかしい。
ちっとも理解できないのに。
当然のような顔をしてするりと懐に忍び込み、当たり前になってしまった
モノ
。ほかに適当な場所も思いつかなくて、駐車場まで足を延ばした。
「ふぅー」
息を吐きながら、隅の縁石にどっかりとしゃがみこむ。
そして、赤丸がデザインされた箱から取り出したタバコを
(ったく。またしれっとご無事だな。お前こそ、本当に“幸運ど真ん中”だよ)
火をつける前には、いつも儀式のようにzippoのボトムを確認してしまう。
そこにある自分の生まれ年と「B」の刻印を目にすると、ふわふわと頼りない自分の存在が、少しは重量を持つような気がするのだ。※
しばらく、シンプルなデザインのzippoを眺めたあとで。
ジャリっと小気味よい音を立てて、ライターに火が灯る。
くわえたタバコに火をつけようと顔を傾け、
(……誰か来た)
規則正しく玉砂利を踏みしめる、ふたり分の足音が風に乗って近づいてきている。
ライターのフタを閉めて、タバコを箱に戻しながら。
(
「ここでいいでしょう。……久しぶりね、
「はい。ご無沙汰をしておりました」
(……は?)
あの
「顔を上げて」
「はい」
(……こわっ)
「あれから、あなたはとても努力したのですね。特にあのときは、あなたの働きがなければ、わたしは間に合わなかった」
(知り合いなのかよっ)
少し遠い声に
「それで?
「いくらかは。ですが、相応であるとは到底思えません」
「結末を。……
「かしこまりました」
「……法治国家とは、
「はい」
うなずいた
「
「あなた方の協力が不可欠。もちろん、それに見合う対価を」
「いえ、それには及びません」
「あなたは
「こちらが報いなければならない立場です。
「頼もしいこと。……
「はい」
「わたしを
「はい。……!」
声は聞こえなかったから、アーユスで何かを伝えられたらしい。
(へー。ホントに光ってねぇや、腕輪)
「分別と覚悟を持つあなたになら、いえ、あなただからこそ、お願いするのです。頼みましたよ」
「……かしこまりました」
「では、わたしは
「準備でき次第、お迎えに上がります」
うなずきあって左右へと別れていくふたりを見て、
※zippoの底には製造年月が刻印されている
1月~12月はアルファベットのA~Lで表すので「B」は2月