フォークロア・禍根
文字数 2,134文字
天に向かって咆哮する獣たちのように、禍々 しい紅蓮の炎が暗黒の空に立ち昇っていた。
燃えているのは屋敷か人か。
すべてがグズグズに溶け合った、灼熱の混沌のなか。
絶望の苦悶が、赤黒い炎を反射した夜空に、おどろと轟 き続けていた。
◇
東方から火 村に戻った稀鸞 を待ちわびていたように、大鎧姿の兵士が太刀を片手に駆け寄ってくる。
「アカシャ!駿河 殿のほうは?!」
「おおよそ片が付いた。封印はスーリヤが行っている」
「それならば安心ですね」
強張 っていた若い兵士の表情がわずかに緩んだ。
「して、伝令の言っていた異変とは?向こうに見える炎はなんだ」
「それが……」
「アグニ・アカシャ!」
口ごもる兵士の背後から、顔を煤 だらけにした、それでもなお、その美しさを失わない少女が駆けてくる。
「ウダカ・タルラ!そちらの村に異変ありと聞いたが」
「タルとアヤスのアカシャが屠 られました!ウダカも今、アンデラの攻撃を受けています」
「まさか、二村 、同時にか?」
東と西の夜空を焦がす炎を、稀鸞 は呆然と見上げる。
火 の自分が”東”の要請に応じて留守にしていたとしても、天空 はあと三人が残っていた。
そうやすやすと、闇鬼 に不覚を取るだろうか。
「はい、あの……」
問われた戦士 ・星 の少女は顔をうつむけ、肩を震わせた。
(無理もない)
アーユスを抑えた心の内で、稀鸞 は嘆息する。
この美しい少女は、戦士 としては優しすぎる。
闇落ちした”元人間”に同情するあまり、封印を逃したことも少なくない。
大きく息を吸い込むと、燻 された空気が稀鸞 の肺腑を焦がした。
「村人をまず逃がせ!命さえあれば、どこででも再興はできる。お前たちも逃げよ!」
「畏 まりました!」
天空 の命を受け、火 村の兵士が、踵 を返していく。
「タルラ、ウダカのアカシャはご無事か」
「はい。ただアンデラの数が多く、苦戦しております。ヴィーラたちで食い止めてはおりますが」
「ウダカの村人は」
「逃れました」
「よし。急ごう」
光球に包まれるや否や、ふたりは猛炎を映す夜空へと飛び立った。
そうして水 村に降り立った稀鸞 は、その惨状に言葉を失う。
「これは……、なぜこんなことに」
美しい清流に沿って広がっていた穏やかな村が、烈火の海に沈んでいた。
命が焼かれる臭い、呻き声。
村全体が闇落ちしてしまったように、陰惨な叫喚に満ちていた。
「アグニ・アカシャ。あちらです!」
水 ・天空 の屋敷があるその方向から、幾人かの戦士 のアーユスと、闇鬼 の濃厚な気配が漂ってきている。
稀鸞 は戦士 の少女と目を合わせうなずき合うと、無言で走り出した。
◇
『そこで私が見たものは』
稀鸞 は感情を封印しているらしい。
ただ淡々と過去の映像が若者たちの頭のなかに流れ込んでくる。
『八つ裂きにされた水 の天空 、真理 と瀕死の戦士 たち。その後ろに口を開けた暗黒、そして、深手を負ってなお、闇を食い止めている火 の戦士 、月 』
若者たちの脳裏に、血で溢 れた凄惨 な光景が映りかけ、一瞬で消え去った。
そして、抑えきれなかったことを悔い詫びる、稀鸞 のアーユスが届く。
そのおぞましい光景は刹那ではあったが、臭いさえ感じられるほど鮮明なもので。
「ぐぅ……、っぷ」
煌 が思わず口を押え、後ろを向いた。
「……大丈夫?」
「お前は、……平気なん?」
煌 は涙目で槐 を見上げる。
「あー。僕、まだ煌 ほどはアーユスを受け取る力がない、のかも」
煌 の背を擦っていた槐 の視線が、ふいとそらされた。
「煌 は、はっきり見えちゃったのかな」
その言葉に、見せられた光景がフラッシュバックして、煌 の膝が崩れる。
『月 』
稀鸞 に促 された蒼玉 が、煌 に歩み寄ると、腕の中にその頭を閉じ込めた。
「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ」※1
鈴振る声とともに、蒼玉 の冷涼なアーユスが煌 に流れ込んでくる。
小さな手が煌 の髪を、背をなで、微かに震える大きな手に添えられた。
「オン・コロコロ」
『鎮 の大切なお友だち、朱雀様。あなたの心が平らかでありますように』
唱えとともに、蒼玉 の祈りが煌 に届く。
「センダリ・マトウギ・ソワカ」
神楽 鈴のマントラが、静かな部屋に流れた。
しばらく蒼玉 になでられていた煌 が、ゆっくりと立ち上がる。
「おおきに。もう大丈夫や。……秋鹿 さんのところへ戻ってあげて。あとが怖いし」
『蒼玉 についていてもらえ。……お前は、優しいから』
気遣う鎮 のアーユスに、煌 はぎこちなく笑い返した。
「でも」
『鎮 の願いでもありますから』
蒼玉 は有無を言わさずに、煌 の左手を両手で包み込む。
『大丈夫、大丈夫ですよ』
穏やかな波のようなアーユスに慰められて、煌 の呼吸が整っていった。
「……だいぶ楽になった、おおきに。えっと……」
『秋鹿 さんの特別な人を、なんて呼んだらええんやろか』
「蒼玉 でかまいません」
「ほな、そう呼ばせてもらうな。……でも……」
『……あれって、ほんまにあったこと、なん……?』
見せられた過去の壮絶さに、煌 のアーユスが乱れ漏れる。
『倒れていたのは水 の天空 、真理 です。それを屠 ったのは……。その兄、琉沱 でした』
目を閉じて、まるで眠っているような稀鸞 から、絶望を隠せないアーユスが再び流れ出した。
※1薬師如来マントラ 病気平癒 災難除去
燃えているのは屋敷か人か。
すべてがグズグズに溶け合った、灼熱の混沌のなか。
絶望の苦悶が、赤黒い炎を反射した夜空に、おどろと
◇
東方から
「アカシャ!
「おおよそ片が付いた。封印はスーリヤが行っている」
「それならば安心ですね」
「して、伝令の言っていた異変とは?向こうに見える炎はなんだ」
「それが……」
「アグニ・アカシャ!」
口ごもる兵士の背後から、顔を
「ウダカ・タルラ!そちらの村に異変ありと聞いたが」
「タルとアヤスのアカシャが
「まさか、
東と西の夜空を焦がす炎を、
そうやすやすと、
「はい、あの……」
問われた
(無理もない)
アーユスを抑えた心の内で、
この美しい少女は、
闇落ちした”元人間”に同情するあまり、封印を逃したことも少なくない。
大きく息を吸い込むと、
「村人をまず逃がせ!命さえあれば、どこででも再興はできる。お前たちも逃げよ!」
「
「タルラ、ウダカのアカシャはご無事か」
「はい。ただアンデラの数が多く、苦戦しております。ヴィーラたちで食い止めてはおりますが」
「ウダカの村人は」
「逃れました」
「よし。急ごう」
光球に包まれるや否や、ふたりは猛炎を映す夜空へと飛び立った。
そうして
「これは……、なぜこんなことに」
美しい清流に沿って広がっていた穏やかな村が、烈火の海に沈んでいた。
命が焼かれる臭い、呻き声。
村全体が闇落ちしてしまったように、陰惨な叫喚に満ちていた。
「アグニ・アカシャ。あちらです!」
◇
『そこで私が見たものは』
ただ淡々と過去の映像が若者たちの頭のなかに流れ込んでくる。
『八つ裂きにされた
若者たちの脳裏に、血で
そして、抑えきれなかったことを悔い詫びる、
そのおぞましい光景は刹那ではあったが、臭いさえ感じられるほど鮮明なもので。
「ぐぅ……、っぷ」
「……大丈夫?」
「お前は、……平気なん?」
「あー。僕、まだ
「
その言葉に、見せられた光景がフラッシュバックして、
『
「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ」※1
鈴振る声とともに、
小さな手が
「オン・コロコロ」
『
唱えとともに、
「センダリ・マトウギ・ソワカ」
しばらく
「おおきに。もう大丈夫や。……
『
気遣う
「でも」
『
『大丈夫、大丈夫ですよ』
穏やかな波のようなアーユスに慰められて、
「……だいぶ楽になった、おおきに。えっと……」
『
「
「ほな、そう呼ばせてもらうな。……でも……」
『……あれって、ほんまにあったこと、なん……?』
見せられた過去の壮絶さに、
『倒れていたのは
目を閉じて、まるで眠っているような
※1薬師如来マントラ 病気平癒 災難除去