おくり人-1-

文字数 1,439文字

 そこは最初に怪異を目にして、肌で感じた場所。
 おぞましさしかないけれど、(まもる)蒼玉(そうぎょく)が絆を育んできたのかと思えば、少しは心が和む。

(ちょっとだけだけどな……。なんかやっぱ怖ぇし)

 頭にこびりついている大蛇の残像を振り払いたくて、(しょう)は晴れ渡った空を仰いだ。

紅玉(こうぎょく)稀鸞(きらん)様がここに?」
 その声に目を戻せば、あの若い神職が当然のような顔をして、戦士(ヴィ―ラ)の姉妹の隣に立っている。
稀鸞(きらん)様、……あれ?合ってる?あの人、途中までいた……」
 時おり記憶が混濁するらしく、口調も元顕(もとあき)顕香(あきか)のものとが入り混じっていた。
安達(あだち)さん」
顕香(あきか)と」
「今は、安達(あだち)元顕(もとあき)さんでしょう」
 蒼玉(そうぎょく)が眠っていた洞の入り口に立つ紅玉(こうぎょく)が、困ったような顔で元顕(もとあき)を見上げる。
「……ああ、そうか……」
「あたしのせいだね。混乱させてしまって、ごめんなさい」
「それは違う。俺が望んだことだ」
「でも、それは“安達(あだち)元顕(もとあき)”さんの願いではないでしょう」
 柔らかく笑う紅玉(こうぎょく)に、元顕(もとあき)の眉間に深いシワが刻まれた。
「無理に思い出そうとしないで。あなたには、今世での生きる道があるのだから」
「そんな簡単に諦められるはずがない。……どれほど待ったと思う。幾度も人違いを繰り返して、そのたびに待っているはずの

に焦がれた」

(すげぇ執着)
 
 まるで別人のように面変わりしたその姿に、(しょう)の胸がぎりぎりと痛む。

 いつだって不戦勝で、負けたことなんかなかった。
 なのに今、予選にさえ出場を許されない雰囲気で。

(……いや、違うな)

 争ってまで欲しいものなんてなかったから、戦わずにきただけなんだ。
 
 突然、背後から肩をつかまれた(しょう)が、ビクリと振り返る。
『それ、抑えないと。この距離でも読まれる』
「え……」
 (まもる)の示すアーユスの先には、冷めた目をする蒼玉(そうぎょく)がいた。
「あれってもしかして……、バレてる?」
『とっくに』
「……な、なんとかして……」
此方(こち)月兎(げつと)、急急如律令」
 蒼玉(そうぎょく)が腕輪をシャランと鳴らした、次の瞬間。
 (しょう)の鼻先に白ウサギが浮かび出た。

 バゴン!!

「いっってぇ!」
 月兎(げつと)の強烈なパンチを浴びて、(しょう)は額を押さえてしゃがみこむ。
「おやおや、何をそんなに怒らせたの、玄武」
 派手な音に振り返った紅玉(こうぎょく)がくすりと笑い、妹と同じように腕輪を鳴らした。
此方(こち)金烏(きんう)、急急如律令」
 現れた光の(うず)が金の八咫烏(やたがらす)となり、紅玉(こうぎょく)の肩にとまる。
月兎(げつと)金烏(きんう)がいるのか」
「見えない?」
「そこまでの力はないようだな、今世では」
「そう。……それでいいのだと思う」
 微笑む紅玉(こうぎょく)に触れようとして、元顕(もとあき)の手はそのまま力なく下がっていった。

「すっごい音がしたけど大丈夫?」
 のぞき込んできた(えんじゅ)を、(しょう)は涙目で見上げる。
「だいじょばない。脳みそ砕けた」
「大げさな」
 月兎(げつと)は湖岸に降りると、(まもる)の足元へと身を寄せた。
「おかげで煩悩が(はら)われたでしょう?さらにお望みなら、存在ごと砕いてさしあげますよ」
「オレの何がそんなに嫌いなんだよ、月兎(げつと)は」
「女の敵なところ、ですかね」
 鼻息も荒い白ウサギが「べぇ」っと舌を出してみせる。
「そりゃ誤解だって。オレ優しいぜ?女の子には」
「誰にでも優しいということは、誰にでも情が薄いということですよ。まったく、発情期のオスじゃあるまいし。目交(まぐわ)えれば誰でもいいなんて」
「げ、月兎(げつと)は女の子やろっ。下品な言葉使っちゃあかん!」
「え、マグワエレバって、何?どういう……」
「アホっ」
「やれやれ、お子様の相手は疲れること」
 ゆでダコのようになって(えんじゅ)の口を塞ぐ(あきら)を見上げて、白ウサギがニィと笑った。
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