つながる

文字数 2,907文字

 (しょう)が少女の手に触れた瞬間。
 するりとした何かが、末端の神経から中枢神経に向かって入ってきたような、そんな感覚を味わった。
 
 遠慮がちに、問うように。
 嫌な感じはしない。
 自分という存在を敬い、尊重している。
 そういう思いが強く伝わってくるから。

『不快ではないですか』
『なんじゃ、こりゃ』
 (しょう)の顔が(ゆが)むのと同時に、(えんじゅ)(あきら)が吹き出した。
「今の、すっごいわかっちゃった」
「お得意のええかっこしいが通じへんねんな」
「ああ゛?!」
 (すご)んだ(しょう)と目が合ったふたりは、同時に首をすくめる。
『玄武様のアーユスはお強いので、波長を正すだけでは、辺りに漏れ伝わってしまうのです』
「……キミのは?」
 不服だと顔に書いてある(しょう)に、少女は幼子をあやすような笑みを浮かべた。
『わたしのアーユスは調整をしておりますので。触れている玄武様にしか伝わりません』
『ふーん?でもキミの手、っていうか、そのバングルか。今は光ってないよね。湖では光ってたじゃん』
 
 (しょう)を「キツイ」と言った(いや、言ってはいないのだが)少女が、(まもる)とアーユスとやらでやり取りをしていた、あのときは。
 太陽の下でもはっきりと、蛍のようにその手が明滅していたのを覚えている。
 そして、ふたりが同じような

をしようとしてると気づいたのも、少女の銀のバングルが光を帯びたからこそだ。

『それは……』
 表情は変わっていないのに、少女の照れが伝わってきて。
『ふーん。これが(アーユス)ってやつ?』
『ええ、そうです……。先ほどは懐かしい気持ちが強くて、(アーユス)の調整ができなかったのです。(まもる)と久しぶりに会えましたし』
『気持ちが強いと光るのかよ。でも、強すぎるって言われた俺は、光ってないよな。そのバングルがないから?そういやあ、稀鸞(きらん)さんが過去視させたときも光ってたっけ。(アーユス)ってヤツの量とかに関係するのか?……あ』
 心の声(つまり、それがアーユスとやらなのだろうけれど)が途切れれば、目の前にいる少女は、よくできた人形のようだ。
『聡いことです』
 (しょう)が顔を向けると、稀鸞(きらん)の口元が緩んでいる。
『玄武の推察は、ほぼ当たっています。私たちの腕輪は(アーユス)の増幅器。使い方によって変化いたします。ただ、私の戦士(ヴィーラ)を許してあげてください。とても喜んでいたのですよ。つい、その気持ちが光となって漏れ出してしまうほど。それに気づかぬほど』
『……あー、えーと、なんだ、ごめんな』
 
 一瞬だけ感じた少女の照れと、稀鸞(きらん)の取り成しを考慮すれば。
 今ここで、これ以上追及しないほうがいいと(しょう)は理解した。
 
 相変わらずアーユスを封印している、少女の能面顔が横に振られる。
「いえ、こちらこそ。うまく説明できずに、申し訳ございませんでした」
 あえて声を使いながら、少女は大きな深呼吸を繰り返した。
(アーユス)を使いこなすうちに、ご理解されるかと。ほかにご質問はございますか?』
 (しょう)の手を握り直した少女から、再び寄り添うようなアーユスが流れてくる。
『うん、そうだな。えーと、パドマと(アーユス)。それから、その”調整“ってやつ?の、やり方。それが知りたい。教えてもらえるかな』
 すっかりトゲが抜けた(しょう)を見上げて、少女は「よくできました」とでも言いたげな笑顔を見せた。
『なんだ、笑うとかわいいじゃん』
『ありがとうございます』
「え」
 (しょう)としては、今はただ思っただけで、伝えようとしたわけではないのに。
 ならば、もしかしてと(まもる)に目を向ければ。
「……あっちにもバレてんのか。ほほぅ」
 冷え冷えとした半眼の赤目に、(しょう)は鼻息で笑う。
『へーぇ、アイツでもヤキモチとかやくんだ。面白れぇ』
『ああ、そんな(アーユス)を流したら』
 少女が立ち上がって(まもる)を振り返れば、その手には護符が握られていた。
「ヤメロって!」
「神の御息(みいき)は我が息」
 (しょう)の叫び声にバリトンボイスが重なる。
「我が息は神の御息(みいき)なり。御息(みいき)()て吹けば(けが)れは在らじ残らじ。阿那清々(あなすがすが)し、阿那清々(あなすがすが)し」※1
 稀鸞(きらん)が手のひらに息を吹きかけると、(まもる)の握る札が溶けるように消えていった。
『白虎』
(まもる)
 たしなめる稀鸞(きらん)と少女のアーユスに、(まもる)はしぶしぶと手をおろす。
『……わかった。蒼玉(そうぎょく)の望むままに』
 相変わらずの仏頂面だというのに、そのアーユスからは、すねていることが伝わってくる。
 (しょう)はもちろん(えんじゅ)(あきら)も、こそばがゆい気分を味わっていた。
『さあ、玄武様、(アーユス)を抑えましょう。ほどなく玄武様ご自身が、この“調整”を行えるようになりますよ。……パドマを少し閉じます』
 少女は両手を(しょう)の肩に置いて、その両腕を軽く()で下ろしていく。
「オーム・ナマ・シヴァーヤ」※2
 シャン!と神楽(かぐら)鈴が鳴ったのかのような声が、(しょう)の耳を打った。
「オン・マカシリエイ・ソワカ」※3
『なんだ、これ……。あっつ!』 
「オーム・ナモー・バガヴァテー・ルドラーヤ」」※4 
 少女の唱えとともに(しょう)の腹に熱が生まれ、体内を巡っていく。

 熱いのに、穏やかで。
 鼓動を打つごとに、体の血が入れ替わっていくようだ。
 
 戸惑い。
 怒り。
 怖れと苛立ち。
 
 絡み合ったさまざまな感情がほぐれて、自分の内にある、濁った”思いの(かたまり)”がはっきりと認識できた。

――トゲのある言葉で殴られているようだ――

 (まもる)の言葉が、今やっと理解できたような気がする。
 情動を”何かのカタチ”としてとらえる能力のある相手には、確かに”キツイ”ものだったに違いない。

『わかったよ、蒼玉(そうぎょく)。悪かった』
 初めて名を呼ばれた少女、蒼玉(そうぎょく)が、(しょう)の手を握ったまま微笑んだ。
『その(アーユス)を、わたしにだけ向けてください。内緒話をするように』
『内緒話?……そんなことをしてもいいのかよ』
 ちらりと(まもる)見れば、眉間にシワを寄せた友人はそっぽを向いている。
『もしかして、もうアイツにも聞こえてないわけ?』
『パドマを閉じましたし、距離もありますから』
『内緒話……、ないしょ……、ナイショ』
 声を(ひそ)めるイメージを一心に描きながら、(しょう)は体を巡る流れを蒼玉(そうぎょく)に向けた。
『キミは、(まもる)のカノジョなんだろ?』
『お上手です。この短時間に会得するとは、さすが玄武様。でも、カノジョとは?』
 蒼玉(そうぎょく)から返された清浄な流れ(これが彼女のアーユスなのだろう)に、頭をそっと探れられる気配がする。
「まあ!」
 「カノジョ」の意味を知ったらしい蒼玉(そうぎょく)は、ぱっと(しょう)の手を離して、くすくすと忍び笑った。
「そのような、つまらない存在ではありませんよ、(まもる)は」
『それ、アイツと同じ答えだけど。示し合わせた、』
「ワケじゃねぇんだな。……だから、そのドヤ顔がムカつくんだよっ」
 目が合った(まもる)に舌打ちしてから、(しょう)は安堵とも、諦めともつかないため息を漏らす。
『原理はわかんねぇけど、やり方はわかった。んでさ』
『順序がございます。少しお待ちなさい』
 幼さの残る少女から、姉のように諭されても。
 (しょう)の荒ぶっていた内面は、すっかり()いだものとなっていた。

※1 伊吹法祓い
※2 シヴァ神マントラ 光り輝く意識に敬礼し、私の“内なる神”を信じます
※3 マハーシュリ(吉祥天)マントラ さまざまな災難から逃れるように導く
※4 シヴァの怒りの側面を表した神格であるルドラのマントラ 心の束縛から解放され、かつてない吉兆と光輝をもたらす
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