コウ姉さん

文字数 1,878文字

「そんなことはないですよ、安達(あだち)さん」
 瑞々(みずみず)しく、しなやかでありながら凛とした竜笛(りゅうてき)の声に、部屋の若者たちが一斉に振り返れば。
「おかえり。温まった?ふふっ、キミは和風の衣装がよく似合うねえ」
 作務衣に着替えた紅玉(こうぎょく)を一目見て、元顕(もとあき)に柔らかな笑顔が浮かんだ。
 結んでいた髪を(ほど)いて長く下ろした紅玉(こうぎょく)が、軽く頭を下げる。
「何から何までお世話になって。感謝してもしきれません」
「本当に?」
「もちろん」
「じゃあ、名前くらい教えくれてもいいんじゃない?」
「あたしのことは“コウ”とお呼びください」
「本名?」
「にっくねーむ、みたいなものです」
「ニックネーム?」
「あら、使い方を間違えていますか?……ソウ、にっくねーむとは、通り名のことではないの?」
「そのはずです」
 続いて入ってきた小柄な少女が紅玉(こうぎょく)の隣に立つと、すぐそばにいた(まもる)が大きく一歩身を引いた。
(まもる)……」

 パシっ!

 伸ばされた蒼玉(そうぎょく)の手を、音がするほどの勢いで振り払った(まもる)に、部屋中の者が息を飲む。
「……あねう、姉さま、少しのぼせたようです。……風に当たってまいります……」
「あ……」
 その顔には後悔が浮かんでいるのに。
 (まもる)は視線で蒼玉(そうぎょく)の背中を追うばかりで、動こうとはしなかった。
「あのね、シロ」
「よぉ、(まもる)
 紅玉(こうぎょく)が言葉を続けるより早く。
 (しょう)(まもる)に近づくと、そのあごをつかんで目を合わせた。
「今のはちょっとねぇんじゃねえの。……オレのアーユス読み取れ。自分で送るの、今はできねぇから」
『何があったか知らねぇけど、蒼玉(そうぎょく)はオマエが頼りだろ。その相手から拒否られてみろよ。どんだけ心細いか。オマエの手に余るってんなら、オレが引き受けるぜ。あのツンツンがデレてくれたら、サイコーだよな』
「……ちょっと、行ってくる」
「はいはい、ごゆっくりぃ~」
 (きびす)を返して出ていく(まもる)に、(しょう)はヒラヒラと手を振る。
「さすがだね、クロ」
「クロ?」
『他人がいるからね。玄武のことは(クロ)と呼ばせてもらう。あたしのことも真名ではなく、(コウ)と呼んで』
 (しょう)の背中に手を当てて、紅玉(こうぎょく)がアーユスと流した。
『ああ、だから、(まもる)のことは(シロ)って呼んでたんだ』
『そう』
『で、あのふたりってば、なんかあったの?』
『あたしがおふろで失敗しちゃって……。でも、あのこたちの秘密だから』
『ああ……。わかった』
 なんとなく察して、(しょう)がにやりと笑う。
『あらあら。妙にあっさり引き下がるね』
「さすが、”百戦錬磨の恋愛の達人”ってとこ?」
 手を離した紅玉(こうぎょく)はテーブルの前に座ると、用意されていた握り飯を手に取った。
「なにこれ、おいしい!中身はなに?魚?」
「シャケだよ。……百戦錬磨ってなんだよ」
 その隣に座った(しょう)が、面白くなさそうな顔で紅玉(こうぎょく)の横顔を眺める。
「ソウから聞いたんだけど、違うの?」
「違うてへんで」
 5個目の握り飯を飲み込んだ(あきら)がうなずいた。
「いつも自分で言ってるもんね。合コンキングって」
 縁側から戻ってきた(えんじゅ)卓袱台(ちゃぶだい)(ひじ)をつく。
「ごうこん?」
「黙れ」
「いった!暴力反対っ」
「デコピンは暴力じゃねぇ」
「こらこら」
 さらなる攻撃を加えようとした(しょう)の手を、紅玉(こうぎょく)が柔らかく握って止めた。
「アオは嘘を言ってはいないのでしょう?イジメたらだめ」
「イジメてねぇ……」
 口ごもる珍しい友人を見上げて、(えんじゅ)は口角をニィっと上げる。
「コウねえさん、いっつも(しょう)は、こうやって僕をイジメるんだよ」
「ははっ、じゃれ合いでしょ?……アオだって相当だと思うけど」
 凛々しい瞳に意味深に微笑まれて、(えんじゅ)がむぅっと黙りこんだ。
「なあ、ねえさんって言うけど、コウっていくつなん?」
「十八」
「え?」
「!」
「嘘やろ」
「えっ、十八?大人っぽいねえ」
 驚く仲間たちと元顕(もとあき)を見比べて、紅玉(こうぎょく)がくすくすと笑う。
「あたしが大人っぽいのではなく、この子たちが幼い、いやいや、えーと……。とにかく、二十歳を超えてると聞いて、驚いたもの」
「二十歳超えてるの、(しょう)だけだよ。僕は、まだ十九になったばっかりだし。実質同い年じゃない?」
 ふくれっ面をしようとした(えんじゅ)の頬を、紅玉(こうぎょく)の指が軽くひとなでする。
『青龍はもう少し、仲間を信じてみてもいいと思うよ』
「ふふっ」
 瞬きもせずにかたまった(えんじゅ)に、紅玉(こうぎょく)が労わるような笑顔を見せた。
「ね?」
「……やっぱりコウねえさんって呼びたい。……いい?」
「もちろん!」
『確かに、あたしは七百歳くらい年上だしね』
「オレはコウって呼ぶからな」
『他人がいないときは紅玉(こうぎょく)って呼ぶ』
「はいはい」
 (そで)をつかんできた(しょう)のライトブラウンの髪を、紅玉(こうぎょく)がわしゃわしゃとなでる。
 
 親し気に笑い合う作務衣姿の仲間たちを、元顕(もとあき)は無言のまま眺めていた。
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