本質の幻影-2-

文字数 2,601文字

 しゃがみ込みんだ(しょう)は膝の間に頭を埋めて、深々としたため息をつく。

(……蒼玉(そうぎょく)を知ってんなら、(まもる)のことなんて全部わかってんだな、あのインテリメガネは)

「お世話になっている方にインテリメガネ、なんてあだ名をつけてはいけませんよ、玄武様」
「ふぉぉっ?!」

 突然、耳元近くで蒼玉(そうぎょく)の声が聞こえてきて、驚いて立ち上がった(しょう)は、軽トラックのサイドミラーに思い切り頭をぶつけた。
「いってぇっ!……そ、蒼玉(そうぎょく)っ?!え、なんで?だって、さっきあっちに」
「この程度のことができないとでも?」
 含み笑う蒼玉(そうぎょく)に、(しょう)は瞬きを返すしかない。
「玄武様も、すぐにできるようになりますよ。なっていただかないと困りますし」
「そう、デスカ。てか蒼玉(そうぎょく)、オレがここにいたの知ってた?」
「……ふふっ」
「知ってたんデスカ。じゃあ、さっきの、わざと聞かせたんだな」

(んで、聞かせたくないことはアーユスを使ったと)

「まあ、聡いこと。ええ、そうです。(つむぐ)とは、これからたびたび会うことになるでしょう。そのとき、玄武様からあれやこれや聞かれるのもメンドクサイので」
「え?めんど……?」
「はい、玄武様は本当にメンドクサイです」
「ぐ……」

 聞き間違いではなかった。
 蒼玉(そうぎょく)が使う俗な言葉と自分の評価に、(しょう)は一瞬言葉に詰まる。
 
「ああ、そーですか。でもよ、いろいろわかったけど、全部じゃねぇよ」
「知っていなければならないこと、知っていても構わないこと。それはお伝えいたします。ですが」
 ひたりと(しょう)を仰ぐ蒼玉(そうぎょく)の瞳は、もう笑ってはいなかった。
「伝えない事柄は、つまりそういうことなのです。知ろうとなさるのは構いませんが、加減を間違えると」
 蒼玉(そうぎょく)が指を鳴らすと、手の中にあったzippoの(ふた)がひとりでに開いて、吹き出した炎が(しょう)の前髪を焼く。
「うぁっ?!」
「ヤケドの元ですよ」

 パチリ!

 再び冴えた音が響けばライターのフタは閉まり、炎は消えていった。
「……今の、オレもできるようになる?」
「修練次第です」
「ちょっとカッコよかった」
「では、頑張らないと。気味が悪いとかイミフ、とか思っていないで」

(げぇ、アーユスが漏れてた、)

「それもありますけど」
 くすくす笑う蒼玉(そうぎょく)に、片膝をついた高梁(たかはし)の姿がオーバーラップする。

(……いや、うん。気持ちはわかるわ)
 
 隠していた気持ちがバレたわかっても、もう不快だとは思わない。
 だって、どうやったって敵わないんだから。
 目の前にいるのは、少女の姿をした「神域に近い者」。

「アーユスどころか、態度でバレバレです」 
「あ、やっぱそれいいな」
「はい?」
「そっちのしゃべり方のほうがいい。だってさ」
 蒼玉(そうぎょく)に伸ばした(しょう)の手が、思い切り(はた)かれる。
「いって!オカタイなぁ」
「グール―になってもらいたい相手に不埒を働くほうが、どうかしています」
 一瞬触れただけで、(しょう)の言いたいことはわかってしまうらしい。
「手ぇ握るぐらいフラチに入らねぇだろ。でも、そっかぁ。蒼玉(そうぎょく)、オレのグール―になってくれんのか」
「玄武はわたしより、姉上がグール―のほうが嬉しいのでは?」
「……んん゛?!」
 一瞬で赤くなった(しょう)に大人びた流し目を寄こして、蒼玉(そうぎょく)が歩き出していく。
「それに、玄武はわたしの手には負えない。ヴィーラの師匠に任せることにします」
「え、手に負えない?なんで?」
 呆然としていた(しょう)は、慌てて蒼玉(そうぎょく)のあとに続いた。
「ヴィーラ候補であったなら、不適格の烙印を押されて、お役御免となるところです。落第生っていうのでしょう?あなたみたいな人のことを。玄武神は見込み違いをなさったのではないかしら。神もたまには間違えますからね」
「まだ何にもやってねぇのに、そんなのわかんねぇだろ」
「これからわかりますよ。お勉強やスポーツとは違います」
蒼玉(そうぎょく)って、ホントに何でも知ってんだな。話してて違和感ねぇもん。でも、蒼玉(そうぎょく)が言うスポーツって、蹴鞠(けまり)とかじゃねぇだろうな」
「冗談を言えるのも今のうちですよ。泣きついてきたら、思いっきり笑ってあげます」
「どうして、そう(まもる)と態度が違げぇんだよ」
(まもる)がどうこうというより」
 蒼玉(そうぎょく)が片頬で笑う。
「イキってる奴の鼻っ柱を折るのは、楽しいですからね」
「……げ……」
 (しょう)の脳裏に、深々と頭を下げた高梁(たかはし)の姿がよぎる。
「何でもできると思いあがっている子が、これは(かな)わないのだと思い知ったあとは、よく言うことを聞くようになるものです」
「……げぇ……」
月兎(げつと)もそうでした。あの子を式に選んだのは、神使(しんし)として優秀だったこともありますが、あの子はあのとおり、とても気が強いでしょう?」
「……あぁ~」
 妙に納得して、(しょう)は上目遣いで空を見上げた。
「というのは冗談で」

(いや、絶対冗談じゃないと思うな)

 (しょう)は恐る恐る蒼玉(そうぎょく)を見下ろす。
「もともと優秀であるが故に伸び悩んでいる子は、一回どん底を見ると、急激に壁を乗り越えることがありますから。……期待していますよ、玄武」
 涼しげな微笑みをひとつ残して、蒼玉(そうぎょく)の姿が幻のように消えていった。
「っ?!……えぇ~……」
 立ち止まり辺りを見渡してみるが、もちろん蒼玉(そうぎょく)は身を隠したわけではなく、超高速で走っていったのでもない。

 わかってはいるのだが。
 まったく頭がついていかない。

「こんなんマジかよ。……てか、ああいう蒼玉(そうぎょく)のこと、(まもる)ってば知ってんのかな」
 自分だけに見せてくれた姿かと思いかけ、自嘲した笑いが浮かぶ。
「んなわけねぇか」

(あのふたりの関係って、(まもる)が生まれたころからって言ってたもんな)

「ロリコン疑惑晴れたら、次はマゾ説だな。いや、マゾはインテリメガネ……」

――いけませんよ――

 蒼玉(そうぎょく)の声が聞こえたような気がして……。
 辺りを見回してみても、やっぱり誰もいない。

「……だいたい、(まもる)がイキるとかねぇしな」
 ふぅっと空を仰いでから、(しょう)は再び歩き出した。

(知りたくもない他人の感情が見えちまうなんて……)

――加減を間違えると火傷をします――

 常に仏頂面でいる(まもる)を思えば、蒼玉(そうぎょく)の言うとおりなのだろう。
 それでも知りたいと思ってしまうのは、「知りえない」者の浅はかな願望なのかもしれない。
 
 思いを寄せているというよりも、蒼玉(そうぎょく)にその存在すべてを預けている様子の(まもる)のことを考えているうちに、いつの間にかタバコを吸いたい気持ちは消えている。
「……してみっか、禁煙」
 作務衣(さむえ)(ふところ)に喫煙セットをねじ込むと、妙に暖かい風が、(しょう)の長髪をからかうように揺らした。
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