最低な行為-3-

文字数 1,778文字

「だから!オレのイヌ返せって、」
 ”ゴミくず”の怒鳴り声に白髪(はくはつ)の生徒が足を止め、肩越しに振り返れば。
「……っ」
 顔色を悪くした”ゴミくず”が、ゴクリと(つば)を飲み込む。
 (たたず)まいは静かだが、妙な迫力を持つその白髪(はくはつ)が、ゆっくりと”ゴミくず”に向き直った。
「……お前の?」
「そ、そう、だよ。獣医に、連れていくんだよ」
「ウソ言わんといてや」
 (かか)えたシュナウザーの頭をなでるナツガリが、初めて口を開く。
「不治の病やさかい治療なんて無駄や、もらった診察代で遊び行こか、イヌは裏庭にでもほかしたらええって、言うとったやんけ!そんでほかすついでだし、ちょい遊んやろうって言うて、コイツをボール代わりに蹴とばしたんやろっ」
「うっわサイテー」
「ドクズ」
「お前らにカンケーねぇだろっ」
 そろう(えんじゅ)(しょう)の声に、”ゴミくず”が牙をむいた。
「関係ないことないデショ」
 サングラスのフレームを(つま)まんで、ずらし下げながら、(しょう)は”ゴミくず”をにらむ。
「完全に動物虐待。動物愛護法第44条1項、2項、3項違反ですよ。懲役2年以下、または200万円以下の罰金が科せられる場合がある。通報義務はないかもしれないけど、オレみたいな善良な人間は、良心が痛むからなぁ」

(その恰好のお前が、善良と良心を語るんじゃないよ)
 
 (えんじゅ)は内なるツッコミを入れるが、”ゴミくず”はそれどころではないようだ。
「うっせぇな!ホントに獣医連れてくんだよっ。とにかく返せ!」
「え~、午後の授業はどうするんですぅ?」
 (しょう)は小首を(かし)げ、唇に嫌味な笑みを貼りつけた。
「もうすぐ昼休み終わっちゃいますけど。ああ、もともとサボりですか。ですよねぇ、イヌ連れて、授業なんか出られないですもんねぇ。じゃあ、ただイヌ捨てにガッコ来たんですか?いいご身分ですねぇ、でも、そろそろ卒業が危ないんじゃないの?……アンタ、三年のイオキだろ」
 誰も口を挟む(すき)もない、まさに立て板に水。
 そんな日本語の達者な”外国のヤバい方”から突然名前を呼ばれて、”ゴミくず”改めイオキが息を飲んだ。
「授業に出ない、成績も悪い。なのに、なぜか進級できちゃう。校内の暴力沙汰も、いつのまにかもみ消されちゃう、イオキコーポレーションの次男くん」
 イオキの顔が一瞬で青ざめ、その拳が震える。
「オモチャ代わりにイヌ買ってもらったのかな?デキのいいお兄ちゃんと違って、次男君はおうちで放置プレイらしいからなぁ。犬で寂しさは埋まった?」
「てめぇっ」
 つかみかかろうとしたイオキの手を軽く払いのけ、(しょう)はその襟首(えりくび)を締めあげた。
「自分の欲求不満を、弱いもので解消しようとしてんじゃねぇよ」
「クッソ、がぁっ」
 喉を詰まらせながら、イオキがスラックスのポケットを探る。
(しょう)!」
 イオキが取り出したものに気づいた(えんじゅ)が、慌てて立ち上がった。
「お?……うっわ」
 陽射しにギラリと光ったナイフを見て、(しょう)は身軽に一歩後ろへ飛びのく。
「クソがっ、クソがっ、クソがぁ!」
 ひゅん!ひゅん!と風切り音が聞こえるほどの勢いで、イオキはナイフを振り回して(しょう)を追った。
「クソがっ、……!」
 ピシリっと軽い音を立てて、振り上げたイオキの手に小石が当たり、バタフライナイフがこぼれ落ちていく。
 そして、また別の小石がイオキのこめかみに当たった、と思った次の瞬間。
 イオキの膝が崩れ、その体が地面に倒れ伏していった。
「え?……えぇ?」
 (えんじゅ)は石の飛んできた方向を振り返るが、そこにはシュナウザーを両腕で抱くナツガリと、白髪(はくはつ)の生徒が突っ立っているばかり。

(……石はどこから?誰が?)

「え、あんなんで?……おーい、生きてるかー?」
 (しょう)が靴の先でイオキを(つつ)くが、その体はピクリとも動かなかった。
「怪我はなさそうだよなぁ。……頭とか心臓じゃねぇだろうな」
 (しょう)からチラ見された白髪(はくはつ)は、表情も変えずに背を向けて、再び歩き出していく。
「アキラは先に帰れ。その顔で授業に出るな。騒ぎになる」
「はい」
 あとに続く、大柄なナツガリが素直にうなずいている。
「タカハシさんに連絡しておく。人間とイヌ、両方の病院へ行ってもらえ。荷物は俺が持って帰る。早退届けも出しておくから」
「ありがとうございます」
 
(ふたりは先輩と後輩なのかな。じゃあ、白髪(はくはつ)のほうは二年か三年?)
 
 主人と従者のようなふたりの会話を耳にしながら、(えんじゅ)は茫然とふたつの背中を見送った。
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