相棒と友人たち-1-

文字数 4,286文字

 埠頭(ふとう)に近いオシャレ地区にあるテラスハウスを見上げ、五百木(いおき)創二(そうじ)は、うなるようなため息をついた。
「あのさー、高校生がこんなとこで独り暮らししてるってさー。あり?」
「マジありえねぇよなー」
 (しょう)が気安く創二(そうじ)の肩に腕を回す。
「ったく、気後れしちゃうわよねぇ」
「え、おまえでもそんな感じ?」
「だって、オレここに来ていいって言われんの、まだ三回目だもん」
「へー。オレより少ねぇじゃん。オレ五回目」
「かぁ~」
 (しょう)が肩をがっくりと落とした。
「オレにはシュナウザーっていう、最強アイテムがねぇからなぁ」
「バロンはアイテムじゃねぇ」
 肩に思い切り体重をかけてくる(しょう)の頭を、創二(そうじ)(こぶし)でグリグリと押し返す。
(しょう)はカッコが怪しすぎなんだよ。ホントにあんとき、オレ、マフィアが来たと思ったもん」
「らしいのよねぇ」
 長く形の良い指が、創二(そうじ)のTシャツを()まんだ。
「だからぁ、創二(そうじ)には同じ立場になってもらおうと思ってぇ、このTシャツをさしあげたワケ」
「え、“謝罪と友情の(あかし)”とか言っといて?!」
高梁(たかはし)さん、うるさいわよぉ~。5回招かれたくらいでいい気になってると、出禁になるかもねぇ~」
「え」
「ウソウソ!」
 硬直した創二(そうじ)に、(しょう)は声を上げて笑いだす。
「オマエのことはみんな信用してるよ。そのシャツだって、今オレがハマってるブランドの新作だぜ?海外の一点もの」
「あー。カッコイイよなぁ、これ」
「だろ?オマエとは趣味が合って嬉しいよ。(えんじゅ)とか、すげぇけなすんだ」
「カラーはビビッドなほうがいいじゃんなあ?」
「なあ?」
 極彩色のTシャツを着る創二(そうじ)(しょう)は、ガッツリと握手を交わし合った。


 獣医にバロンを預け、人医から(あきら)を回収した男性が、運転する車の助手席に座る少年に声をかける。
(あきら)くん」
 銀縁メガネの奥で、男性の切れ長の瞳がきらりと光った。
「はいっ」
「大体のお話は、(まもる)さんから伺ってはおりますが」
「はいっ」
 (あきら)の声は硬く、その背筋は、定規が入っているのかと思うほどまっすぐである。
「後部座席のおふたりは」
「はいっ。確かに、俺を助けてくれた人たちです」
 バックミラー越しに視線を寄越した男性に、(しょう)は手を振ってみせたのだが。

(……無視かよ)
 
 何の感情もうかがわせずに戻された男性の視線に、(しょう)は腹のなかで舌打ちをする。

「このままお連れして、お待たせしておいてほしいとのご依頼ですが」
 車窓を流れる景色を見ているふりをしながら、(しょう)は耳をそばだて続けた。
 
 取るものも取りあえず、(えんじゅ)とともに校門へと走り出てみれば。
 そのすぐ脇で、直立不動で待機していたのが、今運転をしている男性である。
 インテリジェンスな雰囲気を持つ男性は、まだ若そうではあるが、かなりの地位にいるらしい。
 何しろ着ているスーツは上等で、車は高級外車。
 ちらりと確認すれば、腕時計も一目でハイブランドだとわかるもの。
 おそらく、かけている銀縁メガネだって、そんじょそこらのものではないはずだ。
 そんな社会人が、高校生である「(まもる)さん」に対して、敬語を使っている。

「……まあ、私の身辺調査などより、(まもる)さんの直感のほうが正しいのですけれどね」
 それはつぶやきと言うにしては、はっきりと聞こえるものだった。

(身辺調査ってか)
 
 窓に身を寄せて、(しょう)は横目で男性を観察し続ける。
 
(交友関係いちいち調べられんのかよ、秋鹿(あいか) (まもる)さんは。……しかも、聞こえよがしに)

――何か不審な点があれば容赦はない――
 
 男性の背中がそう告げているようで。

(立派な大人のくせに、大人気ねぇことすんなぁ。……やっぱ、あの「天下のAIKA」の関係者か)
 
 車は歴史ある建物が並ぶ、異国情緒あふれる街並みに差しかかっていた。
 流れ去る洋館をバックに、考え込んでいる(しょう)の横顔が車窓に映り込んでいる。
 
 同級生に「秋鹿(あいか)」の苗字を持つ生徒がいると知ってから、全国有名リゾートホテルをいくつも展開する、「AIKAホールディングス」を調べてはみたのだ。
 しかし、そもそも社長の「秋鹿(あいか) (れん)」からして、あまり情報のつかめない人物で。
 「AIKA」のHPを見れば、穏やかな笑みを浮かべた、舞台役者のような男前の顔を見ることができる。
 だが、それだけだ。
 あれだけ手広くやっている組織の代表者なのに、メディアへの露出はゼロ。
 出回っている写真はHPの使い回し。
 経歴、家族構成すべてが謎。

(あんだけでかい会社で、まったく引っ掛かってこねぇって、逆になんかありそうなんだよなぁ)
 
 バックミラーに目をやれば、再び運転している男性と目が合い、すっとそらされていく。

(いや、なんだよこれ)
 
 にやけそうな口元を片手で隠し、(しょう)はいっそう窓枠に体を寄せた。
 
 義務教育である中学を卒業してからの二年間は、目的もなくフラフラと過ごしていた。
 気まぐれで高校に入学してみたが、型にはまった日々には興味が持てず。
 だが、久しぶりに心が浮き立つような気持ちで、(しょう)は高級外車に乗っている。

 金髪碧眼、表と裏が激しく異なる東雲(しののめ)(えんじゅ)
 国籍はアメリカだと言うが怪しいもんだ。
 名前も出身も。
 仮初(かりそめ)のものだと踏んでいる。
 夏苅(なつがり)(あきら)は、「剣道」で調べれば、すぐに名前がヒットするくらいの実力者だ。
 大阪の老舗和菓子屋の惣領息子でもあるのに、なぜわざわざこっちの高校に、単身出てきたのか。
 そして、秋鹿(あいか)(まもる)
 病欠期間が長くて一留。
 だが、その原因に関しては、星の数ほどあったすべてのウワサがデタラメだった。
 多くの時間を費やしても成果はナシ。
 さらに予想外の謎は、所属している学校のセキュリティのキツさだ。
 大概のプログラムはハッキングできる自信があったのに。
 トレースバックされそうになって、突破を諦めたのだ。
 そのため、三人の個人情報を学校側から入手するという、効率のよい手段は使えなかった。
 逆に自分に関しても、これだけ強固に守られているのだと思えば、心強いといえば心強いのだが。

冬蔦(ふゆづた)くん」
「はえ?」
 急にインテリメガネに話しかけられて、妙な返事になってしまった。
「私は(まもる)さんの判断を、可能な限り尊重いたします。ですが、あの方が守ろうとするものに、無理やり踏み込むことは、どうかお止めください」
 (しょう)は意外な気持ちで体を起こして、バックミラーを凝視した。
 
(え、まさか情に訴えてきてる?)

「こちらの面倒ごとが増えますので」

(ああ、だろうな。合理性を重んじるタイプで当たりだ)

(わきま)えますよ」
 (しょう)は朗らかな笑顔を浮かべる。

(身に危険が及ばない程度にね)

「好奇心で殺されないように」
「オレはネコ科は苦手なんで」
「ガチョウは彼らの獲物ですからね」
「!」
「ふふ、さあ到着しましたよ、どうぞ」
 インテリメガネの笑顔なんて、怖いものでしかないらしい。
 秋鹿(あいか)が連絡を入れて、インテリメガネが学校に迎えに来るまで、そんなに時間はなかったはずだ。
 そんな短時間で、調べ尽くしたとでもいうのか。

(いや、まさかな)

 埠頭(ふとう)に近い高級住宅街の駐車場に停められた外車から降りたときには、好奇心と同程度の恐怖を感じていたかもしれない。
「どうしたの?」
 反対側のドアから降りた(えんじゅ)のスカイブルーの瞳が、

(しょう)を見上げてくる。

(こいつも、なかなかのタマだよな。どこまでが計算ずくなんだか)

「どうぞ、こちらです」
 インテリメガネが洗練された仕草で、丁寧に高校生を案内する。

(うは、これはこれは)

 (しょう)の顔は期待で震えそうになる。

(サイコーじゃん)

 ふらふらと毎日遊び歩いている場合ではなくなるかもしれないが、それでこそだ。
 高校生には場違いなほどの高級住宅街をぐるりと眺めて。
 (しょう)はニヤリと笑いながら、インテリメガネのあとを追った。


 (えんじゅ)(しょう)は神妙な顔で、物が極端に少ないリビングに置いてあるソファに座っていた。
 キッチンでは「タカハシです。ハシはブリッジではなく、建築材の“(はり)”になります。水滸伝の舞台、梁山泊の“(りょう)”、と言えばわかりやすいでしょうか。これでわからなければ調べてください」と、情報過多な自己紹介をしたインテリメガネが、純白のエプロンをつけて、さっきから調理中である。
 その隣では、アシスタントをしている夏苅(なつがり)(あきら)が、勝手知ったる様子でカトラリーをダイニングに並べていた。

「そこに座っていてください。手洗い、トイレはこちらになります」
 以上、という感じの説明を受けたきり、ふたりはリビングで放置プレイ中である。
「いい匂いだね」
 わずかに体を寄せて、(えんじゅ)(しょう)(ささや)いた。
「だな」
「このソファ、イタリー製」
「へえ」
「そこのガラステーブル、ドイツ製」
「ほお」
 時折り向けられるメガネの奥の瞳に、無駄口を叩く気も起きない。
「オマエ、そういうの詳しいんだな」
 (しょう)はただ真正面を向いて、一般家庭では見ないような3Dの白レンガ模様の壁紙や、黒く沈黙している65V型テレビの大型画面を眺めている。

「はい、(あきら)です」
 (しょう)が目を上げると、ダイニングにいる夏苅(なつがり)が、スマートフォンを耳に当てていた。
「はい。アイカさ、(まもる)の家にいます。え?高梁(たかはし)さん?……はい」
 菜箸を手に、(あきら)から耳元にスマートフォンを当てられた高梁(たかはし)の首が(かし)ぐ。
「ええ、はい。終わりましたよ。重篤な怪我ではありませんでした。……え?」
 インテリメガネの眉がぴくりと動いた。
「そう、ですか。……はい、バロンだそうです。……かしこまりました。ではのちほど」
 (あきら)に目配せをして会話を終わらせた高梁(たかはし)が、エプロンの(ひも)に手をかける。
「あんなスタイリッシュにエプロン外すメガネ、見たことねぇよ」
「ね。ただのエプロンなのにカッコいいね。あ、こっち来るよ」 
 (えんじゅ)が慌てた様子で口を閉じた。
「迎えに行ってまいりますので、少々ここでお待ちください。ところで、冬蔦(ふゆづた)(しょう)くん」
「エヌ?」
 (えんじゅ)の目が丸くなり、(しょう)の目は(とが)る。
「知りたいことはあるでしょうけれど、家主のいない間の詮索は無用に願います。必要ならば、(まもる)さんが説明するでしょう」
「あ?」
 つい素の反応で、(しょう)はガラ悪く眉を寄せて高梁(たかはし)を見上げた。

(オレのミドルネーム、やっぱ知ってんのかよっ。しかも、わかりやすく匂わせやがって)

「取り繕っているよりも、素直であるほうが好ましくてよろしい。では、あまり(あきら)君を困らせないように」
 姿勢正しく出ていくスーツの背中を、(しょう)歯噛(はが)みするような顔でにらみつける。
「オレ、あいつキライ」
「ねえ、エヌって何?」
「うっせ」
「ふふっ」
「笑うな」
 小学生が()ねているような顔をしている(しょう)に、口の両端を上げつつ。
 (えんじゅ)高梁(たかはし)が正しく()れてくれたダージリンを一口、ゆっくりと味わった。
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