再会-2-

文字数 2,743文字

 (あきら)の頭に手を乗せ、(かがり)はその短い髪の感触を確かめるように二、三度なでる。
(しょう)くんなんか、超ニガテなタイプや思うとったけど、話聞いたら、めっちゃええ子ぉやろう?アイツをいてこましたるなんて聞いたら、惚れてまうわ」
「アホっ」
 目をむいた(あきら)が、勢いよく立ち上がった。
「アレだけはやめとけや!とんでもないロクデナシやで」
「おい、(あきら)。……ハンパなくディスるじゃん」
 ドスを利かせる(しょう)に、(あきら)のニラミが返される。
「お前はええヤツやけど、女関係だけは、ゆるゆるのガバガバやん」
「言い方!……ふぅ~ん、そーかそーか。そういや(かがり)さんとオレって、同い年だしなぁ」
 ニヤニヤしながら、(しょう)(あきら)(かがり)を見比べた。
「大阪弁の女の子って、すっげぇかわいいよね。ねぇねぇ、オレとおつきあいしちゃわない?」
「な!」
 跳ね上がった(あきら)の瞳が、さらに吊り上がる。
「オレ婿入りしてもいいしぃ。夏苅(なつがり)になっちゃおっかなぁ~。したらオレ、(あきら)のお兄ちゃんだな」
「ウチは夏苅(なつがり)は継げへんで。(あきら)が長男、」
「何言うてんねんな!」
 語気も荒く、(あきら)(かがり)をさえぎった。
「おとうちゃんとおかあちゃんの娘はねーちゃんやろ。俺はちゃうし、商売の才能もあれへん。教職取って、こっちで就職する」
「先生なんか、大阪でだってできるやん。なんで(あきら)が家を出なあかんの」
「ねーちゃんこそ、せっかく商学部入ったのに」
「そこしか受かれへんかっただけや!」
 ふたりの(いさか)いがヒートアップしてくなか。

 ボキッ!

 指を鳴らす、それにしては迫力ある音だった。

 ボキっ、ボキボキ!

 その場にいる全員の目が、その音を立てた(ぬし)に集まれば。
 両手の指を鳴らし終わった蒼玉(そうぎょく)が、カッと目を見開いた。
「クロ、(かがり)さんのご指導で体も(ほぐ)れたでしょう。“おつきあいしちゃう”前に、私と手合わせしちゃいましょうか」
「や、あの……」
 極寒の瞳で見据える蒼玉(そうぎょく)が、震える(しょう)を手招く。
「いやいやいや、死んじゃいますって。ほんと、ごめんなさい」
「問答無用っ」
 勢いよくマットを蹴ると、蒼玉(そうぎょく)は突風のように走りだした。
「いやぁぁぁぁ!ごめんなさいぃぃぃっ」
 慌てて背を向けて、(しょう)が逃げ出していく。
「うっわ」
 ついと差し出された(まもる)の足にけつまずいた(しょう)が、クッションマットに倒れ込んだ。
「覚悟!」
 飛びかかった蒼玉(そうぎょく)(しょう)を組み敷き、そのまま首を締め上げる。
「ぐ、ぐえぇ……。く、苦しっ、やめ、ギブゥ~。……あ、でも」
 (つぶ)れた声でうめきながら、(しょう)蒼玉(そうぎょく)の胸に頭を擦りつけ預けた。
「結構ムネあんだね。柔らけぇ~。マジで昇天しそ、がはぁぁぁぁっ!」

 ドスリ!

 (まもる)の鉄拳が(しょう)鳩尾(みぞおち)めり込むのを見て、(かがり)の目が輝く。
秋鹿(あいか)くん、すごいやん!なに、今の突き。経験者なん?今度、ウチと手合わせしよか!」
「嫌です」
「なんで?」
(あきら)がウザイんで」
 そう言いながら蒼玉(そうぎょく)の腕を取ると、(まもる)はやや力任せに立ち上がらせた。
迂闊(うかつ)なこと、したらダメ」
「でも」
「でもじゃない」
 そのまま(まもる)の腕のなかに閉じ込められた蒼玉(そうぎょく)が、その肩に額を寄せる。
「……わかった。あなたが嫌だと思うことはしないわ。ごめんなさい」
「ん」
 くぐもった蒼玉(そうぎょく)の返事に、(まもる)の眉間のシワがやっとほどけた。
 蒼玉(そうぎょく)の艶やかな髪に指を滑らせる(まもる)に目を丸くしながら、(かがり)はほぅとため息をつく。
「なんや新婚さんみたいやねぇ。秋鹿(あいか)くん、いつの間に、あんなええ人見つけたんやろ。高校の同級生?」
 (かがり)からのぞき込まれた(あきら)は、フイと顔をそらせた。
「近いて。……もっと前からの知り合いだって」
「ふぅん。幼なじみみたいなもん?」
「まあ、そう、かも」
「じゃあ、ウチらと同じやな」
「俺らは、……姉弟(きょうだい)やろ」
 さりげなく一歩距離を取った(あきら)に、(かがり)の瞳が陰る。
「うぁ~、ひでぇ。胃袋つぶれた。夕飯食えねぇかも」
「タラシに正義の鉄槌(てっつい)が下ったねぇ」
 ニマニマと笑う(えんじゅ)の手を取って、(しょう)がヨロヨロと立ち上がる。
「冗談に決まってんだろ」
「へーぇ?ナンパにも五分の魂を込める主義じゃなかったっけ」
「虫じゃねぇ」
「ってことは全部ウソってことかー。サイテー」
「ちが、オマエなぁ!」
「サイテーだよねぇ、コウ姉」
 じゃれる(えんじゅ)(しょう)が同時にちらりと視線を送れば。
 紅玉(こうぎょく)はこちらの騒ぎなど素知らぬ様子で、じっと窓の外を見つめている。
「どしたのコウ姉。(しょう)のバカさ加減に呆れちゃった?」
「え、なにが?」
 不思議そうに首を傾けて、紅玉(こうぎょく)(しょう)(えんじゅ)を見比べた。
「いえ、なんでもないデス」
「ならいいけど。……ソウ、ちょっとこっちに来て」
 心底興味がなさそうな紅玉(こうぎょく)に、(しょう)は肩を落とす。
「……地味にツライ……」
「本命にはそんな感じなんだ。しょげちゃって、おっかしぃ~」
 三日月目で笑う(えんじゅ)を小突いて、(しょう)は鬱陶しそうに前髪をかき上げた。
「うっせぇな。オレだって、こんなん初めてだよ」

(こんなに相手にしてもらえないヒト、初めてだよなあ。……こんなに)

 こんなに、身を焦がすほどの思いに駆られるのも。

「タバコでも吸いに行く?」
「いや、いい」
「最近吸わないね、そういえば」
「なんか、吸いたくなんねぇんだよ」
 
 シェアハウスをするようになってから、高梁(たかはし)から館内禁煙をきつく言い渡されたこともあるが、めっきり本数が減った。
 ここでは時間を持て余すことも、腹を探り合うために一呼吸入れる必要もない。
 だって、隠すことなんて無理なんだから。
 わかっていて、それでも受け入れてくれる仲間たちだから。

「いいことじゃない?ゼリー飲料も吸わなくなったし、口唇期をやっと卒業したってとこだね」
 高校のときは決して見せなかった辛辣さで、青い目が(しょう)を見上げる。
「いや、吸うのは好きよ?男の子だもん」
「うーわ、下劣。でも、ここの食事を逃すのはもったいないしね」
「なー」

 「蒼玉(そうぎょく)に作るついでだ」と言いはするけれど。
 よっぽどの用事がない限り、(まもる)は仲間たちの夕飯を用意してくれる。
 その高梁(たかはし)仕込みだというメニューは多彩で、味はプロはだし。
 それを紅玉(こうぎょく)が無邪気に喜ぶものだから、つられて(しょう)も、もう一口と箸が進んでしまう。

「オマエこそ、(まもる)が作ったのなら米も食うじゃん」
「だって、混ぜ込みにしてくれたり、お稲荷さんとか作ってくれるからさ。……僕の分だけ」
「ふーぅん。そういうのなら食えるんだ」
「ま、ね。……指を絡ませてるね、玉石ふたりは。……アーユスで何話してるんだろ」
 (えんじゅ)(しょう)に身体を寄せると声を潜め、姉妹をそっと指さした。

(言いたくねぇってか)

 あからさまに話題をそらされたことには気づかないふりをして。
 (しょう)(えんじゅ)の頭にぽんと手を置く。
(まもる)がつかまえてた蒼玉(そうぎょく)をわざわざ呼んだんだから、よっぽどだな」
「気がつかなかったのかもよ?いちゃついてたこと」
「コウが?」
「ないか」
「ねぇな」
 (しょう)(えんじゅ)は目配せをして、深くうなずき合った。
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