戦士の姉妹
文字数 3,047文字
いい加減にしろと渉 から怒られ、新たに差し入れられた握り飯を、しぶしぶ五つ残した煌 の我慢が切れそうになったとき。
やっと鎮 と蒼玉 が戻ってきた。
「ん?なんだよ、オマエら。落ち着きすぎてて気持ち悪りぃ。熟年夫婦かよ」
ふたりが仲直りをしたことは、しっかりとつながれた手からしてもわかるのだが。
まったくいつもの仏頂面の鎮 に、渉 が不満顔を見せる。
「んふっ、それは逆、」
「コウ姉さま」
吹き出した紅玉 を、蒼玉 の冷たい声がさえぎった。
「ああ、はいはい。ごめんごめん。……それにしても」
紅玉 がくつくつと笑いながら立ち上がり、気安い様子で鎮 の腕を肘で突 く。
『さすがは白虎。完全なる遮断、お見事だよ。この短時間で、これほどアーユスを使いこなせるようになるとは』
「かなり教え込まれてるね」
「ええ」
『空術も粗方 伝授しております。一度、実際にやってみれば、鎮 ならば、完ぺきに自分のものにするでしょう』
感情のアーユスは抑えつつ、意思のみを伝えると言う器用なことを、蒼玉 はやってのけた。
『どれ程のものか一回見てみたいね。でも、その前に』
「シロ、迎えが来るだろうって皆が言っていたけれど、そう?ここを離れるの?」
「さっき……」
いったん口を開いた鎮 が、困惑した様子で蒼玉 を見下ろす。
察した蒼玉 がつないでいた手を離して、そっと鎮 の背中を支えた。
「電話で話しました。事故渋滞で少し遅れますが、迎えの者が来ます。それから」
鎮 が仲間たちを見回す。
「俺たちの荷物は、ホテルのスタッフが掘り起こしてくれたそうだ。でも、中身は確認してないって」
「つまんねぇなぁ。……あんなアタフタしてたくせに」
ヘーゼルの瞳が、面白くなさそうに鎮 を見上げたところで。
「姉さま、その顔をおやめください」
怒りをにじませた蒼玉 の声に目を向ければ、紅玉 が意味深に、ニヤニヤ笑っていた。
「いいじゃない。嬉しいんだもの。……ね」
紅玉 の肘がわき腹に埋まった鎮 が、びくりと震える。
『そうやってもらってないとアーユスが漏れ出してしまうほど、イイコトがあったんだね』
「……!」
頬を朱に染める鎮 の隣で、蒼玉 がまなじりを吊り上げた。
「姉上、いい加減にしてください」
パシ!
繰り出された蒼玉 の拳 を、紅玉 の手のひらが阻 む。
「あらあら、グール―に向かってずいぶんなことを。……久しぶりにやる?」
「鎮 をいじめるならば、グール―でも何でもありません。七百年、ただ寝ていた人に負ける気はしませんね」
「言ったね?あたしが勝ったら、月兎 の毛を丸刈りにさせてもらうよ」
「兄の皮剥 ぎ事件が心の傷になっている子に、なんという惨 い仕打ちをなさるのですか」
「皮じゃない。毛だから」
「月兎 は女子 ですよ」
「え、月兎 って、……あ、そう」
「へ、へぇぇぇ……」
目を見交わして、槐 と渉 が囁 き合った。
「わたしが勝ったら、金烏 の羽を毟 ります」
「飛ぶしか能のない子に酷 いことを」
「それはいくらなんでも言い過ぎでしょう。金烏 が聞いたらきっと怒って、高天原 に還 ると言い出しますよ」
「あら、口が軽いこと。あたしから式神を取り上げるつもりだね?」
にやりと同じ顔で笑い合った姉妹は、そろって縁側から境内へと駆け下りていく。
「あれってさぁ……。どんくらい本気なんだろ」
「姉妹 ゲンカの落とし前もつけなあかんなんて、式神って過酷やな」
ふたりの背中を見送る渉 と煌 が同時にため息をついた。
「シロ!」
紅玉 から大声で呼ばれて、鎮 が縁側へと急ぐ。
「これ、借りるよっ」
どこから持ち出してきたのか、しなやかな手が二本の竹ぼうきを掲げていた。
「今回の得物 はこれでいこう!」
紅玉 が勢いよく投げた竹ぼうきを、蒼玉 が見事にキャッチする。
そして、向かい合った姉妹は竹ぼうきを構えたかと思うと、一瞬ののちには、風を切るように走り出した。
竹ぼうき同士が打ち合わされる、乾いた音が休む間もなく境内に響く。
「すっげぇ、あれ見てみぃ!なんやねん、あの動き。ありえへん!」
鎮 の隣に立った煌 が、興奮した様子で振り返れば。
「ぅわぁぁぁ……」
渉 のあとについて出てきた槐 から、呆れとも簡単ともつかぬ声が漏れる。
「ハンパねぇな。……棒術の一種だな、ありゃ」
「やっぱ、武術系詳しいんやな、渉 は。今度手合わせせぇへん?なぁ」
聞こえないふりをする渉 の肩に、煌 が手を置こうとしたとき。
バキィっ!
蒼玉 の滅多打ちを防いでいた紅玉 の竹ぼうきが、割れて砕けた。
「……うへぇ」
後ずさった槐 の目の前で、竹ぼうきを捨てた紅玉 の蹴りが蒼玉 を襲う。
それを軽やかな動きでよけて、蒼玉 は竹ぼうきを振り下ろした。
「丸腰の相手に得物 を使い続けるつもり?チャンドラも落ちたものだねぇ」
あからさまな紅玉 の挑発に、蒼玉 が竹ぼうきを放り投げる。
「今度は組手やな。……レベルたっか」
キレのある攻撃も、軽やかにかわす動作も何もかも。
少女たちのそれは戦っているというよりも、演舞を披露しているかのようだ。
「オマエのカノジョ、すげぇな」
「カノジョなんかじゃない」
「は?じゃあ、なんだよ。唯一無二のコイビトーとか、言っちゃうつもり?」
「全部」
こちらを見もしない鎮 に、渉 が舌打ちをする。
「あのなぁ。ちょっとは会話ってものを、」
「俺のすべては、蒼玉 のものだから」
「……ああそうですか、ソーデスカ」
「うん」
ガリガリと頭をかく渉 の隣で、鎮 は蒼玉 を見つめて淡く微笑んだ。
『白虎を迎えに来るのは誰』
蒼玉 の拳 を、交差させた紅玉 の腕が阻 む。
『鎮 の従者です』
すかさず腕を戻した蒼玉 の膝が、紅玉 の鳩尾 を狙った。
飛びのいて距離を取りながら、紅玉 はひとつうなずく。
『ああ、顔に余計なものをつけている』
『眼鏡というんです。あれがないと、近くが見えないらしいですよ』
『それは不便だねぇ』
今度は紅玉 の鋭い拳 が連続で繰り出され、のけぞり、右足を一歩下げた蒼玉 が、それを軸足にしてバク転をした。
「うおっ、かっけぇ~」
今や曲芸の域に達している姉妹を目で追いながら、煌 は鼻息を荒くする。
『それで、これからどうする』
『鎮 は一緒に来てほしいそうです』
『あたしまでいいの?白虎はともかく、周りが反対しない?あの子は特権階級の嫡子 なのでしょう?』
『あの従者と鎮 は互いに信頼し合ってますし、一度よく言い聞かせましたから』
『さすが月 。躾 が上手だね。さて』
蒼玉 の拳 を打ち払った紅玉 が、挑発するように手招きをする。
「これがチャンドラの本気?かわいそうに、月兎 は丸刈りだね」
「スーリヤこそお年でしょうか。動きが鈍いですよ」
「言ったね、覚悟しな!」
「姉上こそっ」
にやっと笑った紅玉 が大地を蹴り、蒼玉 が迎え撃った。
「わぁ、すごっ!」
槐 が思わず声を上げたのも無理はない。
ふたりの動きはもう、目で追うことなどできなかった。
いつ攻撃に回ったのか、防御したのかもわからない。
『従者が来るのはいつごろ?』
『昼前には』
『では、そろそろ天空 をお送りしなくてはね。決着をどうつけ、』
「え?」
いきなり背後から手首をつかまれて、紅玉 は目を丸くして振り返った。
「……あの、安達 、さん?」
背後に立つ人物を認めて、紅玉 の眉が困惑に下がる。
浅葱色 の袴 をはいた安達 元顕 が、手首は放さないまま、紅玉 の肩を抱き寄せた。
「ちゃんどら?すーりや?……スーリヤ……」
浅い呼吸に胸を上下させながら、元顕 は穴のあくほど紅玉 を見つめている。
「スーリヤ。……紅 、玉 ……」
胸の奥から吐き出すような声でその名を呼ぶ元顕 に、渉 のまぶたがピクリと震えた。
やっと
「ん?なんだよ、オマエら。落ち着きすぎてて気持ち悪りぃ。熟年夫婦かよ」
ふたりが仲直りをしたことは、しっかりとつながれた手からしてもわかるのだが。
まったくいつもの仏頂面の
「んふっ、それは逆、」
「コウ姉さま」
吹き出した
「ああ、はいはい。ごめんごめん。……それにしても」
『さすがは白虎。完全なる遮断、お見事だよ。この短時間で、これほどアーユスを使いこなせるようになるとは』
「かなり教え込まれてるね」
「ええ」
『空術も
感情のアーユスは抑えつつ、意思のみを伝えると言う器用なことを、
『どれ程のものか一回見てみたいね。でも、その前に』
「シロ、迎えが来るだろうって皆が言っていたけれど、そう?ここを離れるの?」
「さっき……」
いったん口を開いた
察した
「電話で話しました。事故渋滞で少し遅れますが、迎えの者が来ます。それから」
「俺たちの荷物は、ホテルのスタッフが掘り起こしてくれたそうだ。でも、中身は確認してないって」
「つまんねぇなぁ。……あんなアタフタしてたくせに」
ヘーゼルの瞳が、面白くなさそうに
「姉さま、その顔をおやめください」
怒りをにじませた
「いいじゃない。嬉しいんだもの。……ね」
『そうやってもらってないとアーユスが漏れ出してしまうほど、イイコトがあったんだね』
「……!」
頬を朱に染める
「姉上、いい加減にしてください」
パシ!
繰り出された
「あらあら、グール―に向かってずいぶんなことを。……久しぶりにやる?」
「
「言ったね?あたしが勝ったら、
「兄の
「皮じゃない。毛だから」
「
「え、
「へ、へぇぇぇ……」
目を見交わして、
「わたしが勝ったら、
「飛ぶしか能のない子に
「それはいくらなんでも言い過ぎでしょう。
「あら、口が軽いこと。あたしから式神を取り上げるつもりだね?」
にやりと同じ顔で笑い合った姉妹は、そろって縁側から境内へと駆け下りていく。
「あれってさぁ……。どんくらい本気なんだろ」
「
ふたりの背中を見送る
「シロ!」
「これ、借りるよっ」
どこから持ち出してきたのか、しなやかな手が二本の竹ぼうきを掲げていた。
「今回の
そして、向かい合った姉妹は竹ぼうきを構えたかと思うと、一瞬ののちには、風を切るように走り出した。
竹ぼうき同士が打ち合わされる、乾いた音が休む間もなく境内に響く。
「すっげぇ、あれ見てみぃ!なんやねん、あの動き。ありえへん!」
「ぅわぁぁぁ……」
「ハンパねぇな。……棒術の一種だな、ありゃ」
「やっぱ、武術系詳しいんやな、
聞こえないふりをする
バキィっ!
「……うへぇ」
後ずさった
それを軽やかな動きでよけて、
「丸腰の相手に
あからさまな
「今度は組手やな。……レベルたっか」
キレのある攻撃も、軽やかにかわす動作も何もかも。
少女たちのそれは戦っているというよりも、演舞を披露しているかのようだ。
「オマエのカノジョ、すげぇな」
「カノジョなんかじゃない」
「は?じゃあ、なんだよ。唯一無二のコイビトーとか、言っちゃうつもり?」
「全部」
こちらを見もしない
「あのなぁ。ちょっとは会話ってものを、」
「俺のすべては、
「……ああそうですか、ソーデスカ」
「うん」
ガリガリと頭をかく
『白虎を迎えに来るのは誰』
『
すかさず腕を戻した
飛びのいて距離を取りながら、
『ああ、顔に余計なものをつけている』
『眼鏡というんです。あれがないと、近くが見えないらしいですよ』
『それは不便だねぇ』
今度は
「うおっ、かっけぇ~」
今や曲芸の域に達している姉妹を目で追いながら、
『それで、これからどうする』
『
『あたしまでいいの?白虎はともかく、周りが反対しない?あの子は特権階級の
『あの従者と
『さすが
「これがチャンドラの本気?かわいそうに、
「スーリヤこそお年でしょうか。動きが鈍いですよ」
「言ったね、覚悟しな!」
「姉上こそっ」
にやっと笑った
「わぁ、すごっ!」
ふたりの動きはもう、目で追うことなどできなかった。
いつ攻撃に回ったのか、防御したのかもわからない。
『従者が来るのはいつごろ?』
『昼前には』
『では、そろそろ
「え?」
いきなり背後から手首をつかまれて、
「……あの、
背後に立つ人物を認めて、
「ちゃんどら?すーりや?……スーリヤ……」
浅い呼吸に胸を上下させながら、
「スーリヤ。……
胸の奥から吐き出すような声でその名を呼ぶ