胸騒ぎ-2-

文字数 1,588文字

 土石流の発生源を探して、深い森の上空を飛ぶ蒼玉(そうぎょく)の眼下に。
 幾本もの木々が、引きずられるように倒れている光景が現れた。
 根元から倒れた大木が折り重なり泥が積み上がり、さらには大岩がのしかかっている。
 その中心と思われる場所に近づくにつれて、瘴気(しょうき)の密度が増し、濃霧のように立ち込めていた。
 
 見渡す限りの木々がなぎ倒された一角に、ぽっかりと。
 不吉な闇穴につながる地割れを見つけた。
 見れば、そこから無数の邪鬼や悪鬼が、大量発生した毛虫の塊のように()いずり出ようとしている。
 内獅子印(ないじしいん)を結び、蒼玉(そうぎょく)は地割れに向かって光の帯をたなびかせて急降下した。
「ノウマク・サンマンダバザラダン・カン!」※1
 不動明王へ悪霊退散の助力を願うマントラを唱えた蒼玉(そうぎょく)の手の中に、強烈な光が生まれる。
「滅!」
 振りかざす手の動きに合わせて放たれた閃光が、地割れから湧き出ていた鬼たちを一気に薙ぎ払っていった。
 
(おかしい……)

 不気味なほどの静寂のなか、地割れの淵から内部をのぞき込んだ蒼玉(そうぎょく)は思わず一歩下がる。

(闇穴ではなかった……?!)

 そうだと思っていたのは(おびただ)しい数の鬼たちの、密集した邪気だったのだ。
 
(これは(わな)だわ)

(まもる)っ」

(早く、早く戻らなければ)

 夜空へと飛び立った蒼玉(そうぎょく)の胸によみがえるのは、遠い記憶。

 とても美しい魂が泣いていた。
 (のこ)していく申し訳なさと、寂しさに。
 守ることができなくなることと、愛を伝えられなくなることへの切なさを(あふ)れさせて、泣き続けていた。
 聞く者の心も痛む嘆きとその霊力の強さは、蒼玉(そうぎょく)の眠りを簡単に侵食し、(つな)がり合った。
『もうお(かえ)りなさい』
 しばらくその訴えに耳を傾けた蒼玉(そうぎょく)は、アーユスでその魂に語り掛ける。
『あなたの霊力は強い。未練を抱えたままではこの地に縛られ、良くないモノまで集めてしまう。あなたまで良くないモノと化してしまう』
 それでも守り続けたい、愛しているのだと魂は訴えた。
『今のわたしでは、できることは少ないのですが……』
 その遺骨を埋葬する予定の場所を示すと、泣き止んだ魂が輝きを取り戻していく。
『でも、約束ですよ。あなたの願いが叶ったそのときは、あるべきところへ(かえ)らなくてはなりません』
 大いなる感謝が向けられるのを感じながら、その魂と場を結び付けるために、蒼玉(そうぎょく)はアーユスを強めた。
 少しの無茶をすることになるが、この程度なら、半月ほど深く眠ればまた回復するだろう。
『オン・マイタレイヤ・ソワカ』※2
 清らかな魂がその場と結びついたとたんに、埋葬予定である小高い場所が清浄な気で満ち(あふ)れていく。
『そこを動くことはできないけれど、近くにいれば、強い守りを与えることができます。わたしも、なるべく導くように心がけましょう』
 何度も何度も礼を伝える魂の涙ぐましさに、蒼玉(そうぎょく)はひとつ加護を与えた。
『オン・マカ・キャロニキャ・ソワカ』※3
 蒼玉(そうぎょく)のアーユスが、美しい魂を優しく包む。
『愛ゆえに巡りを拒む魂が、闇に引きずられることがないように』
 微笑むように瞬いた魂は、あの可愛くて強い、それ故に孤独な小さな子の笑顔によく似ていた。

 あの場所にたどり着けば、守りは必ず(まもる)に与えられるだろう。
 だが、相手は邪鬼のような小物ではないはずだ。
 顕現(けんげん)したばかりの優しく可愛いあの子は、自分の身を犠牲にしても友人たちを守るに違いない。
 
 蒼玉(そうぎょく)が高らかに腕輪を打ち鳴らすと、火花のようなアーユスが放たれ、無惨な山肌を照らしあげる。

(急がないと!)

 大切な人の元へと向かう蒼玉(そうぎょく)は、彗星のように夜空を駆け抜けていった。

※1 内獅子印 不動明王印
  左右互いに薬指に中指をからませ、小指、人差し指、親指を立て合わせる
※2 弥勒菩薩(みろくぼさつ)布袋(ほてい)のマントラ 希望と喜びを与える 釈迦の教えで救われなかった人々を救済
※3 十一面観音マントラ 怒りや悲しみ、苦しみに寄り添い、繰り返す悪縁を浄化
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