顕現する悪魔-傲慢のマダースラ2-

文字数 1,860文字

 その声に(まもる)が首を巡らせると。
 消え去った大蛇からこぼれ落ちた腕輪が、湖へと落下していくところだった。

 リリン!

 蒼玉(そうぎょく)が腕輪を打ち鳴らす、清涼な音が湖に響く。
 そして、ほとばしり出た銀のアーユスが、湖に落ちていく腕輪をからめとった。
(まもる)、受け取って!』
「だめっ、こっちに寄こしなさい!」
瑠璃(るり)なんかに渡すわけないでしょう」
「……ほんと、大っ嫌い」
 まなじりを吊り上げた美少女が短刀を構える(すき)に、蒼玉(そうぎょく)は腕輪を(まもる)に投げ放った。
「返してよっ」
「嫌」
「殺してでも返してもらうからっ」
「返すって、何を言っているの」
 鼻で笑った蒼玉(そうぎょく)が、ゆっくりと短剣を構える。
「あれはアカシャのものよ!!」
 一瞬にらみ合ったのち、少女たちの刀がぶつかり合い、火花を散らした。

 まるで約束されていたかのように、(まもる)の手の中に腕輪が落ちてくる。
『腕輪を着けて!』
 アーユスを飛ばす蒼玉(そうぎょく)の腕を、闇の短剣が切り裂いた。
蒼玉(そうぎょく)!くそっ』
『わたしは大丈夫だから、早く!』
 何もできない自分に苛立ちながら、(まもる)が青銅製のバングルを左腕にはめる。
『光明マントラを。教えたとおりに』
『完全ナル(ちぎ)リノ時ハ来タ』
 低く(ぬか)ずく白虎を前に、(まもる)は大きく息を吸った。
(オン) 阿謨伽(アボキャ) 尾盧左曩(ベイシャノウ) 摩訶母捺囉(マホボダラ) 麼抳(マニ) 鉢納麼(ハンドマ) 入縛攞(ジンバラ) 鉢囉韈哆耶(ハラバリタヤ) (ウン)!」※1
 智拳印(ちけんいん)を結んだ(まもる)の、朗々たる声が湖を渡っていく。
「オン・アミリタ・テイセイ・カラウン!」※2
『寸分隙ナキ守護ヲソノ身ニ与エル』
 白虎の神気(しんき)が一気に流れ込み、(まもる)のパドマと分け難く結ばれていった。
「オン・ベイシラ・マンダヤ・ソワカ!白虎、チャンドラを助けよ!」※3
『聞キ届ケタリ』
 飛び上がり、白い流星のように夜空を駆け抜けた白虎が、瑠璃(るり)の首に牙を突き立てる。
「きゃあああああ」
 美少女の体が透けていくのに呼応するように、琉沱(るた)の姿もぼやけていった。
「このまま終わるものか……。此方(こち)やるりぃぃぃぃぃ」
 闇鬼(アンデラ)琉沱(るた)が極太の闇縄を放ち、瑠璃(るり)を捕らえ引き戻す。
『白虎、蒼玉(そうぎょく)を頼む!』
『応』
鬱陶(うっとう)しいっ!」
 追う蒼玉(そうぎょく)と白虎を、瑠璃(るり)が凶悪な目で振り返った。
「死んじゃえっ、アンタたちなんか死んじゃえ!」
 闇縄に引きずられる瑠璃(るり)の口から、コールタールのようなどす黒い粘液が飛び散る。
「オーム・エーカダンターヤ、」
「させないからっ」
 コウガイビルのようにくねり伸びる瑠璃の腕が、マントラを唱えようとした稀鸞(きらん)に迫った。
「死んじゃえ!みんな消えればいいのよ!!!」
「ぐぅっ」
 稀鸞(きらん)の腹を瑠璃(るり)の短剣が貫く。

 シュウゥゥゥッ!

 稀鸞(きらん)が呼び出したエーカダンタと、粘液を浴びた白虎の姿が霧となって消えていった。
「はははははははははは!ざまはないな稀鸞(きらん)よ」
 瑠璃(るり)を背に生やした闇鬼(アンデラ)琉沱(るた)が、闇穴に沈んでいく。
「また会おう。次こそは……」
「アカシャっ!」
 力尽き、湖へと落下する稀鸞(きらん)を受け止めた蒼玉(そうぎょく)が、その体を抱きかかえて(まもる)のいる湖岸まで戻った。
「止血をお願い」
「わかった」
「オーム・ナモー・バガヴァテー・ニーラカンターヤ・ナマハ!」※6
 脱ぎ捨てたトレーナーで稀鸞(きらん)傷を縛る(まもる)の隣で、蒼玉(そうぎょく)は癒しの光でその体を包み込む。
「アカシャ、しっかりなさってください。……!」
「!」
 足元に感じた振動に、蒼玉(そうぎょく)(まもる)が顔を見合わせた。
「……地震?」 

 ドッオオオオオオオオオオオッッッン!

 それは、山が破裂したかのような轟音だった。

『……闇、穴が……』
 うっすらと目を開いた稀鸞(きらん)のアーユスは、今にも消えてしまいそうで。
 (まもる)は思わずその手を取って握りしめた。
『……別の口が、開いた。連れていってくれ、(チャンドラ)
『ですが天空(アカシャ)
「たのむ……」
 稀鸞(きらん)の必死なまなざしをしばらく見つめてから。
 蒼玉(そうぎょく)(まもる)に向き直った。
『もう一度、白虎を顕現(けんげん)できる?空術(くうじゅつ)を教えている暇がない』
 (まもる)は無言でうなずくと、阿弥陀根本印を結ぶ。
「オン・アミリタ・テイセイ・カラウン!」
『応』
 たちまち出現した白虎が(まもる)の前に伏せた。
「結界に」
 蒼玉(そうぎょく)は光繭を作ると稀鸞(きらん)を包み、つむじ風を残して飛び去っていく。
『我々モ行クゾ』
 その背に(まもる)を乗せた大虎が大地を蹴って、夜空に白い軌跡を描いた。

※1 光明真言 大日如来の真言で、一切仏菩薩の総呪
※2 阿弥陀如来マントラ 方角は西
※3 毘沙門天マントラ 勝利を呼び、邪気を払いのける
※4 大日如来マントラ 方角は中央
※5 シヴァ神の別名ハラのマントラ 自身の内外に潜む悪の性質を破壊し、罪を浄化
※6 慈悲深いニーラカンタとしてのシヴァ神を礼拝するマントラ 恐ろしい病を払拭する 毒素を取り除く
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み