巡り合う恋人たち

文字数 1,536文字

 シェアハウスの収納庫として使われている、一階奥のサービスルームで。
 掃除用具や備品の積まれた隙間から、密やかなリップ音が響いていた。
「ん……」
 鼻にかかる甘い蒼玉(そうぎょく)の声に、(まもる)は抱きしめる腕の力を強める。
「ふぅ、んっ。……もぉ」
 息継ぎの合間に、やっと唇を引きはがした蒼玉(そうぎょく)(まもる)をにらんだ。
 だが、その目元は赤く、不満そうに力の入った唇も濡れて光っていて、煽情的なことこのうえない。
「怒ってるの?誘ってるの?」
 (ささや)かれた蒼玉(そうぎょく)の頬が赤く染まる。
「誘ってない!」
「じゃあ、怒ってる?」
「……怒ってもない」
『わかってる』
『いじわる』
「ふふ」
 軽やかに笑って、(まもる)蒼玉(そうぎょく)を深く胸に抱きこんだ。

 幻影だったころには望めなかった蒼玉(そうぎょく)の反応が愛しくて、そして、年齢相応の姿になった恋人に胸が(うず)いて。
 ついつい(まもる)は、からかうような言葉を口にしてしまうのだ。
 それでも、蒼玉(そうぎょく)が絶対に怒らないことを確信している。

 案の定、蒼玉(そうぎょく)は耳まで赤くしながら、(まもる)の胸に頬をすり寄せ甘えた。
 ため息のように笑いながら、(まもる)の手が蒼玉(そうぎょく)の体をなで下ろし、部屋着の上着の裾から素肌に触れる。
「だ、ダメ!」
『今まで我慢した。……久しぶりに、ふたりっきりで過ごすはずだったのに……』
 這い上ろうとした手を邪魔された(まもる)は、()ねたアーユスを送りながら、蒼玉(そうぎょく)の首筋に鼻を(うず)めた。
『仕方ないわ。朱雀(すざく)顕現(けんげん)のためには、必要なのでしょう』
(かがり)さんが来たことは偶然じゃないと?』
 (まもる)は顔をあげると、額が触れ合いそうな距離で蒼玉(そうぎょく)を見つめる。
『偶然も巡り合わせのひとつよ。母親を哀れみ、父親の暴虐に抗う心に宿った朱雀(すざく)が、(まもる)と出会ったことによって、表に出てきたように』
流雨(るう)さんに追われたようなものだったけど、大阪に行った意味があったね』
『あの女……』
 蒼玉(そうぎょく)の柳眉が不快そうに寄せられて、殺気立ったアーユスがゆらりと立ち上った。
『次に(まもる)に手を出してきたら、わたしが即座に粛清します』
『もう何もできないよ、彼女は。それに、あのことがあったから』
「俺は蒼玉(そうぎょく)のものになれた」
「違うわ」
 (まもる)の首に回された蒼玉(そうぎょく)の腕が、優しくその頭を引き寄せる。
「わたしがあなたのものなのよ。ずっと以前から。たとえ遠くから呼ばれたとしても、アーユスを削って駆けつけてしまうほど」
「あのときは、無理させちゃったね」
「無理なんかじゃなかったわ」
「でも、蒼玉(そうぎょく)の眠りが深くなったから……」
『アーユスが届かなくて、寂しかった』
 大阪にいるときでも、勾玉を通してアーユスのやり取りをしていた。
 物心ついてから、初めて蒼玉(そうぎょく)のアーユスをまったく感じられなくなった、あの数週間。
 (まもる)が抱えていた、言い知れない孤独をアーユスで伝えられた蒼玉(そうぎょく)は、その背中をなだめるようにさする。
(あきら)を守るために蒼玉(そうぎょく)を頼ったのは俺だけれど』
『ひとりにしてごめんなさい。でも、心はいつだって(まもる)とともにあるわ』
『うん』
 偽りのない”想い”を受け取った(まもる)は、蒼玉(そうぎょく)の瞳に自分を映して微笑んだ。
「そういえば、(あきら)が箱根に来た最初の夏休みに、月兎(げつと)に怒られたな。“あまり(あるじ)に無茶をさせないでください。微睡(まどろみ)から覚めなくなったら、ワタクシまで消えてしまうのですよ!”って」
 その口真似があまりに似ていて。
 蒼玉(そうぎょく)はクスクスと笑いながら、(まもる)の口元に唇を寄せる。
「あのときは少し長く眠ってしまったから、心配させたみたいね。そんなに簡単に消えるわけはないって、あの子は知ってるのに。……(まもる)
「うん、紅玉(こうぎょく)さんが呼んでるね。俺たちはどうする?」
(つむぐ)が手配してくれたとおりにしましょう。……本当にあなたの従者は優秀で、怖いくらいね」
 うなずき合ったふたりは、部屋の一角に下げられていたライダースジャケットと、

インナープロテクタを手に取った。
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