姉妹の決断-3-
文字数 2,701文字
もう一度、みんなに温かい飲み物を配り終えてから、鎮 は蒼玉 の隣に戻る。
「疲れてはいない?続きを、全部を教えてもらってもいい?」
気遣う鎮 を見上げ、うなずいた蒼玉 の腕輪が再び輝き始めた。
◇
勾玉 をなでる紅玉 の指先を、若武者の視線が追う。
「妻と交わしたその勾玉 を何よりも大切にしていた方だったそうだな。だから、無関係の赤ん坊にやったりしないだろうし、他人に奪われるくらいなら破壊するだろうと、アグニ・アカシャからも聞いている」
「そうね……。誰が何の理由で、蒼玉 をこの村に連れてきたのかはわからないけれど」
勾玉 から離れた紅玉 の指が、蒼玉 の頬をくすぐった。
「蒼玉 の父親が先代なことは間違いないよ」
「ならばなおのこと」
傷ついた体で、河原にきっちりと正座した蒼玉 が深々と頭を下げる。
「わたしを妹とだと真実思ってくださるのなら、ともにお連れください。いつ、どんな状態でアンデラが復活するかわかりません。ヴィーラはふたりいたほうが心強いでしょう。……お願いいたします」
頭を上げない妹をしばらく見つめたのち、紅玉 はため息を落とす。
「……ありがとう、蒼玉 。顕香 、次に会うときも姉妹で世話になるよ」
吹っ切れた紅玉 の笑顔に、若武者がひとつ胸を叩いた。
「おう、任せておけ。……決めてしまったんだな……」
「ええ」
蒼玉 を両腕に抱 えた紅玉 と、若武者が同時に立ち上がる。
「では、しばしのお別れだ。……元気でね」
「また会おう、必ず」
若武者に見送られながら、光に包まれた姉妹は夜空に飛び去っていった。
◇
深く、長いため息を吐き出して。
稀鸞 は起こしていた体をぐったりと白い毛皮に埋 めた。
「うぅ……」
白ウサギの赤い目からは、ぽたぽたと涙が溢 れこぼれている。
「駿河 様はどれほどおつらかったでしょう……。式神の私にさえ、”やっとスーリヤが婚約を受けてくれたのだ”と、祝い餅をくださったほどでしたのに」
リビングには、月兎 の嗚咽だけがしばらく響いていた。
『そして、お前はあの洞で、太陽 から術を施されたのだな』
「はい」
『微睡 であった理由は』
「“眠りの術”では世の中と遮断されてしまう。“微睡 ”ならば、感能力の高い者との意思の疎通も可能だし、アンデラの復活にもいち早く気づくだろうからと。陽のヴィーラである姉上は、“眠りの術”でないと命を留めておけません。ですから復活したアンデラが、それなりの力をつけたあとでなければ、気づかない。わたしに姉上の術を解除してほしいと」
『そうか。……そのほかの理由は?』
「ほか、とは?」
『闇鬼 と対峙 するだけならば、月 、お前も“眠り”で構わなかったはずだ。陰のヴィーラであるお前なら、“眠り”でも、闇鬼 の復活を容易 く感知するだろう。お前のためになると考えたからこその、“微睡 ”ではなかったか』
「それは、あの……」
蒼玉 がチラリと鎮 を見上げる。
「?」
尋ね顔をする鎮 のまなざしの先で、蒼玉 の頬が染まっていった。
「もし、アンデラが復活する前であっても……。心を添わせる存在ができたのなら、さっさと術を解いて、ひとりの娘として生きてほしい。アンデラのことは、頼もしいこの姉にまかせておけばいいと」
『……太陽 らしい。それで、霊力の高かった白虎と出会ったのだな』
「はい」
『白虎以外に、お前に気づいた存在はなかったのか』
「“少女のお化けがでる”という噂が、幾たびか」
稀鸞 と月兎 、そして蒼玉 が同時に小さく笑う。
『お化けか。……いつの世も変わらないな』
「我々は凡人たちにとっては、たいてい“妖怪”や“幽霊”の類 ですからね」
長い耳を得意げに揺らして、月兎 がフンっと荒い鼻息を吐き出した。
『白虎のような存在は、どの時代でも稀有 なのだな。やはり縁があったというべきか』
「……はい」
『そのあと太陽 は、自らには“眠りの術”を施すと言ったのだな』
「はい」
『どの辺りかはわかるか?』
「わたしの眠っていた場所と、横穴でつながっている洞で眠ると。ですが、鎮 の目を通して外を見ても……」
「横穴?あの洞の向こうは、すぐ崖になってたけど」
「七百年がほんとなら」
戸惑いを隠せない槐 の隣で、渉 がソファの背もたれに体を預けて、首をそらせる。
「その合間に大きな地震も富士山の噴火もあった。台風も、それこそ昨日みたいな土砂崩れだってあったろうさ。地形が変形してても不思議じゃねぇよ」
「せや、なあ……」
『太陽 の気配は読めないか』
「今のところ。アーユスを強めたいのですが、琉沱 の居場所も定かではない今、こちらの存在を悟られる行動は不安です。もう少し、アカシャのアーユスがご回復されてからと思います。アカシャ、お疲れになられたでしょう。今宵はゆっくりとお休みください。わたしと月兎 でお守りいたします」
『迷惑をかける。すまないな、月 』
蒼玉 は音を立てずにイスから立ち上ると、そのまま稀鸞 の元へと歩み寄った。
「とんでもございません、アカシャ。心地よい眠りが訪れますように。……ノウマク・サマンダ・ボダナン・バン」※1
蒼玉 に手を握られた稀鸞 の体が、さらに深く白ウサギに埋まる。
「すべてヴィーラのアーユスは、アカシャのために。……オン・ビセイゼイ・ビセイゼイ・ビセイジャサンボリギャテイ・ソワカ」※2
鈴の声のマントラに合わせて稀鸞 の呼吸が深くなり、そしてほどなく、そのアーユスは深い眠りに沈んでいった。
『月兎 』
『御意』
恭 しく頭を下げると同時に白ウサギの全身がぼぅっと光り、腕に抱 いた稀鸞 ごとその場から消えていく。
「お時間をいただき、ありがとうございました。わたしもいったん下がらせていただきます」
「ここを片付けたら、俺もそっちに行くから」
席を立った鎮 が蒼玉 に寄り添い、その頬を両手で包み込んで微笑んだ。
「少し待ってて」
『いつもは仏頂面のヤツの笑顔って、破壊力があんなぁ。軽く兵器じゃん』
「……渉 は夕飯抜き」
「うげっ、バレてる?!……はぁ~、もーやだ」
凄 んで振り返った赤目の迫力にのけぞる渉 の肩を、槐 がポンと叩く。
「胡散臭さが証明されちゃったね」
「オマエほど二重人格じゃねぇよ」
「僕は裏表ありませんー」
「渉 が矢面に立ってくれてて、よかったな」
「え、僕も?ヒドイ、ノゾキ反対!」
「垂れ流しの奴に言われても」
「しかたないじゃん、初心者なんだからっ。防具、布の服だけなんだから!」
「早く装備しろ。露出狂レベルだぞ」
「やり方わかんないんだもんっ。チュートリアル不親切過ぎじゃない?!」
キッチンへと消えていく鎮 の背中に、槐 がキャンキャンと叫んだ。
※1毘盧遮那仏 (密教においては大日如来と同一視)真言
あまねき諸仏に帰命したてまつる
※2 薬師如来 真言 中呪
「疲れてはいない?続きを、全部を教えてもらってもいい?」
気遣う
◇
「妻と交わしたその
「そうね……。誰が何の理由で、
「
「ならばなおのこと」
傷ついた体で、河原にきっちりと正座した
「わたしを妹とだと真実思ってくださるのなら、ともにお連れください。いつ、どんな状態でアンデラが復活するかわかりません。ヴィーラはふたりいたほうが心強いでしょう。……お願いいたします」
頭を上げない妹をしばらく見つめたのち、
「……ありがとう、
吹っ切れた
「おう、任せておけ。……決めてしまったんだな……」
「ええ」
「では、しばしのお別れだ。……元気でね」
「また会おう、必ず」
若武者に見送られながら、光に包まれた姉妹は夜空に飛び去っていった。
◇
深く、長いため息を吐き出して。
「うぅ……」
白ウサギの赤い目からは、ぽたぽたと涙が
「
リビングには、
『そして、お前はあの洞で、
「はい」
『
「“眠りの術”では世の中と遮断されてしまう。“
『そうか。……そのほかの理由は?』
「ほか、とは?」
『
「それは、あの……」
「?」
尋ね顔をする
「もし、アンデラが復活する前であっても……。心を添わせる存在ができたのなら、さっさと術を解いて、ひとりの娘として生きてほしい。アンデラのことは、頼もしいこの姉にまかせておけばいいと」
『……
「はい」
『白虎以外に、お前に気づいた存在はなかったのか』
「“少女のお化けがでる”という噂が、幾たびか」
『お化けか。……いつの世も変わらないな』
「我々は凡人たちにとっては、たいてい“妖怪”や“幽霊”の
長い耳を得意げに揺らして、
『白虎のような存在は、どの時代でも
「……はい」
『そのあと
「はい」
『どの辺りかはわかるか?』
「わたしの眠っていた場所と、横穴でつながっている洞で眠ると。ですが、
「横穴?あの洞の向こうは、すぐ崖になってたけど」
「七百年がほんとなら」
戸惑いを隠せない
「その合間に大きな地震も富士山の噴火もあった。台風も、それこそ昨日みたいな土砂崩れだってあったろうさ。地形が変形してても不思議じゃねぇよ」
「せや、なあ……」
『
「今のところ。アーユスを強めたいのですが、
『迷惑をかける。すまないな、
「とんでもございません、アカシャ。心地よい眠りが訪れますように。……ノウマク・サマンダ・ボダナン・バン」※1
「すべてヴィーラのアーユスは、アカシャのために。……オン・ビセイゼイ・ビセイゼイ・ビセイジャサンボリギャテイ・ソワカ」※2
鈴の声のマントラに合わせて
『
『御意』
「お時間をいただき、ありがとうございました。わたしもいったん下がらせていただきます」
「ここを片付けたら、俺もそっちに行くから」
席を立った
「少し待ってて」
『いつもは仏頂面のヤツの笑顔って、破壊力があんなぁ。軽く兵器じゃん』
「……
「うげっ、バレてる?!……はぁ~、もーやだ」
「胡散臭さが証明されちゃったね」
「オマエほど二重人格じゃねぇよ」
「僕は裏表ありませんー」
「
「え、僕も?ヒドイ、ノゾキ反対!」
「垂れ流しの奴に言われても」
「しかたないじゃん、初心者なんだからっ。防具、布の服だけなんだから!」
「早く装備しろ。露出狂レベルだぞ」
「やり方わかんないんだもんっ。チュートリアル不親切過ぎじゃない?!」
キッチンへと消えていく
※1
あまねき諸仏に帰命したてまつる
※2 薬師如来 真言 中呪