姉妹の決断-3-

文字数 2,701文字

 もう一度、みんなに温かい飲み物を配り終えてから、(まもる)蒼玉(そうぎょく)の隣に戻る。
「疲れてはいない?続きを、全部を教えてもらってもいい?」
 気遣う(まもる)を見上げ、うなずいた蒼玉(そうぎょく)の腕輪が再び輝き始めた。


 勾玉(まがたま)をなでる紅玉(こうぎょく)の指先を、若武者の視線が追う。
「妻と交わしたその勾玉(まがたま)を何よりも大切にしていた方だったそうだな。だから、無関係の赤ん坊にやったりしないだろうし、他人に奪われるくらいなら破壊するだろうと、アグニ・アカシャからも聞いている」
「そうね……。誰が何の理由で、蒼玉(そうぎょく)をこの村に連れてきたのかはわからないけれど」
 勾玉(まがたま)から離れた紅玉(こうぎょく)の指が、蒼玉(そうぎょく)の頬をくすぐった。
蒼玉(そうぎょく)の父親が先代なことは間違いないよ」
「ならばなおのこと」
 傷ついた体で、河原にきっちりと正座した蒼玉(そうぎょく)が深々と頭を下げる。
「わたしを妹とだと真実思ってくださるのなら、ともにお連れください。いつ、どんな状態でアンデラが復活するかわかりません。ヴィーラはふたりいたほうが心強いでしょう。……お願いいたします」
 頭を上げない妹をしばらく見つめたのち、紅玉(こうぎょく)はため息を落とす。
「……ありがとう、蒼玉(そうぎょく)顕香(あきか)、次に会うときも姉妹で世話になるよ」
 吹っ切れた紅玉(こうぎょく)の笑顔に、若武者がひとつ胸を叩いた。
「おう、任せておけ。……決めてしまったんだな……」
「ええ」
 蒼玉(そうぎょく)を両腕に(かか)えた紅玉(こうぎょく)と、若武者が同時に立ち上がる。
「では、しばしのお別れだ。……元気でね」
「また会おう、必ず」
 若武者に見送られながら、光に包まれた姉妹は夜空に飛び去っていった。


 深く、長いため息を吐き出して。
 稀鸞(きらん)は起こしていた体をぐったりと白い毛皮に(うず)めた。
「うぅ……」
 白ウサギの赤い目からは、ぽたぽたと涙が(あふ)れこぼれている。
駿河(するが)様はどれほどおつらかったでしょう……。式神の私にさえ、”やっとスーリヤが婚約を受けてくれたのだ”と、祝い餅をくださったほどでしたのに」
 リビングには、月兎(げつと)の嗚咽だけがしばらく響いていた。
『そして、お前はあの洞で、太陽(スーリヤ)から術を施されたのだな』
「はい」
微睡(まどろみ)であった理由は』
「“眠りの術”では世の中と遮断されてしまう。“微睡(まどろみ)”ならば、感能力の高い者との意思の疎通も可能だし、アンデラの復活にもいち早く気づくだろうからと。陽のヴィーラである姉上は、“眠りの術”でないと命を留めておけません。ですから復活したアンデラが、それなりの力をつけたあとでなければ、気づかない。わたしに姉上の術を解除してほしいと」
『そうか。……そのほかの理由は?』
「ほか、とは?」
闇鬼(アンデラ)対峙(たいじ)するだけならば、(チャンドラ)、お前も“眠り”で構わなかったはずだ。陰のヴィーラであるお前なら、“眠り”でも、闇鬼(アンデラ)の復活を容易(たやす)く感知するだろう。お前のためになると考えたからこその、“微睡(まどろみ)”ではなかったか』
「それは、あの……」
 蒼玉(そうぎょく)がチラリと(まもる)を見上げる。
「?」
 尋ね顔をする(まもる)のまなざしの先で、蒼玉(そうぎょく)の頬が染まっていった。
「もし、アンデラが復活する前であっても……。心を添わせる存在ができたのなら、さっさと術を解いて、ひとりの娘として生きてほしい。アンデラのことは、頼もしいこの姉にまかせておけばいいと」
『……太陽(スーリヤ)らしい。それで、霊力の高かった白虎と出会ったのだな』
「はい」
『白虎以外に、お前に気づいた存在はなかったのか』
「“少女のお化けがでる”という噂が、幾たびか」
 稀鸞(きらん)月兎(げつと)、そして蒼玉(そうぎょく)が同時に小さく笑う。
『お化けか。……いつの世も変わらないな』
「我々は凡人たちにとっては、たいてい“妖怪”や“幽霊”の(たぐい)ですからね」
 長い耳を得意げに揺らして、月兎(げつと)がフンっと荒い鼻息を吐き出した。
『白虎のような存在は、どの時代でも稀有(けう)なのだな。やはり縁があったというべきか』
「……はい」 
『そのあと太陽(スーリヤ)は、自らには“眠りの術”を施すと言ったのだな』
「はい」
『どの辺りかはわかるか?』
「わたしの眠っていた場所と、横穴でつながっている洞で眠ると。ですが、(まもる)の目を通して外を見ても……」
「横穴?あの洞の向こうは、すぐ崖になってたけど」
「七百年がほんとなら」
 戸惑いを隠せない(えんじゅ)の隣で、(しょう)がソファの背もたれに体を預けて、首をそらせる。
「その合間に大きな地震も富士山の噴火もあった。台風も、それこそ昨日みたいな土砂崩れだってあったろうさ。地形が変形してても不思議じゃねぇよ」
「せや、なあ……」
太陽(スーリヤ)の気配は読めないか』
「今のところ。アーユスを強めたいのですが、琉沱(るた)の居場所も定かではない今、こちらの存在を悟られる行動は不安です。もう少し、アカシャのアーユスがご回復されてからと思います。アカシャ、お疲れになられたでしょう。今宵はゆっくりとお休みください。わたしと月兎(げつと)でお守りいたします」
『迷惑をかける。すまないな、(チャンドラ)
 蒼玉(そうぎょく)は音を立てずにイスから立ち上ると、そのまま稀鸞(きらん)の元へと歩み寄った。
「とんでもございません、アカシャ。心地よい眠りが訪れますように。……ノウマク・サマンダ・ボダナン・バン」※1
 蒼玉(そうぎょく)に手を握られた稀鸞(きらん)の体が、さらに深く白ウサギに埋まる。
「すべてヴィーラのアーユスは、アカシャのために。……オン・ビセイゼイ・ビセイゼイ・ビセイジャサンボリギャテイ・ソワカ」※2
 鈴の声のマントラに合わせて稀鸞(きらん)の呼吸が深くなり、そしてほどなく、そのアーユスは深い眠りに沈んでいった。
月兎(げつと)
『御意』
 (うやうや)しく頭を下げると同時に白ウサギの全身がぼぅっと光り、腕に(いだ)いた稀鸞(きらん)ごとその場から消えていく。
「お時間をいただき、ありがとうございました。わたしもいったん下がらせていただきます」
「ここを片付けたら、俺もそっちに行くから」
 席を立った(まもる)蒼玉(そうぎょく)に寄り添い、その頬を両手で包み込んで微笑んだ。
「少し待ってて」
『いつもは仏頂面のヤツの笑顔って、破壊力があんなぁ。軽く兵器じゃん』
「……(しょう)は夕飯抜き」
「うげっ、バレてる?!……はぁ~、もーやだ」
 (すご)んで振り返った赤目の迫力にのけぞる(しょう)の肩を、(えんじゅ)がポンと叩く。
「胡散臭さが証明されちゃったね」
「オマエほど二重人格じゃねぇよ」
「僕は裏表ありませんー」
(しょう)が矢面に立ってくれてて、よかったな」
「え、僕も?ヒドイ、ノゾキ反対!」
「垂れ流しの奴に言われても」
「しかたないじゃん、初心者なんだからっ。防具、布の服だけなんだから!」
「早く装備しろ。露出狂レベルだぞ」
「やり方わかんないんだもんっ。チュートリアル不親切過ぎじゃない?!」
 キッチンへと消えていく(まもる)の背中に、(えんじゅ)がキャンキャンと叫んだ。

※1 毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)(密教においては大日如来と同一視)真言
    あまねき諸仏に帰命したてまつる
※2 薬師如来 真言 中呪
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