許されざる者

文字数 1,547文字

 湖岸から神社に戻るときも、戻ってからも。
 背中を丸くして、(あきら)はすすり泣き続けていた。

「もう泣き止め」
 あえて声を使って、(まもる)がその頭をなでるが、部屋の隅でうずくまる(あきら)の顔は上がらない。

 明け方、神社へと向かう前に。
 頼りなく軽くなってしまった稀鸞(きらん)を、姉妹はただ無言で光繭に包んだ。
 蒼玉(そうぎょく)が光繭とともにいったん消えたが、紅玉(こうぎょく)は「アカシャを洞に連れていった」としか言わなかったから……。

「昨日みたいに、

するんやと思っとった、のに……」
 
 あのとき自分の腕のなかで、稀鸞(きらん)はもう事切れていたのだろうか。
 こんなに早く別れが訪れると知っていたら。
 もっと聞いておきたいことがあった。
 伝えたいことがあった。
 
 (まもる)とは違う足先が目に入って、(あきら)は涙でクシャクシャになった顔を上げる。
「……コウねえ……。ごめ、ごめんなさい」
「朱雀はバカだね。あなたのせいじゃないよ」
 しゃがみこんで、紅玉(こうぎょく)は両腕で、小さな子をあやすように(あきら)を抱きしめた。
「でも、俺が、わがままを、言うたさかい」
「アカシャのアーユスは」
 鈴の音とともに、固く握り締められている(あきら)(こぶし)を、小さな手が包み込んでいく。
「摘み取られた花と同じ。枯れて散るのは定めだったのです。わたしや(まもる)のアーユスを吸い上げて、ほんの少し、落花を遅らせただけなのだから」
「よく聞いて、朱雀」
 紅玉(こうぎょく)(あきら)の目をのぞき込んだ。
蒼玉(そうぎょく)の言うとおり。あのとき、アカシャのアーユスは、朱雀を顕現させるために使うか、闇落ち寸前の命を救うか、どちらかしか選べなかったんだ。朱雀のために使おうとしたアーユスだから、あなたの願いを叶えたことは間違っていない。そうでしょう?」
「それとも、アカシャの選択が間違いだったとでも?朱雀様」
「そんなっ……ことは……」
 涙に濡れた(あきら)の瞳が、戦士(ヴィーラ)の姉妹の間を揺れ動く。
「でも、朱雀の顕現は自力でやるんだぞ」
秋鹿(あいか)さんは教えてくれへんの?」
 淡々とした、だが厳しい先輩の言葉に(あきら)の眉毛がへにょりと下がった。
「こればかりは、教えられることじゃないからな。……ほら」
 手を差し伸べると、(まもる)(あきら)の大きな体を引き起こす。
「なんで?」
 (まもる)の手を握ったまま、(あきら)は雨の中でしおれる子犬のような瞳になった。
「俺はお前じゃないから。お前は、お前でしかないから」
「なるほど。白虎は言葉が足りない」
 紅玉(こうぎょく)は勢いをつけて立ち上がると、(まもる)の肩をぽんと叩く。
「言葉にすることを諦めないで。白虎は

なんだから」
『人であることにそれほど執着はありません。なんなら、』
蒼玉(そうぎょく)
 アーユスを使った(まもる)を、紅玉(こうぎょく)は硬い声でさえぎった。
「白虎のグール―はあなただね」
「……はい」
「ずいぶん半端な指導をしたものだ」
「……」
紅玉(こうぎょく)さん、俺は」
「白虎には聞いていない」
「ごめん、なさい」
 たじろぎ言葉を詰まらせる(まもる)の隣から、蒼玉(そうぎょく)が一歩前に出る。
「姉上、すべてわたしの責任です。(まもる)は何も悪くない」
「……はぁ……。白虎」
 ため息をついた紅玉(こうぎょく)は、改めて(まもる)に向き直った。
「はい」
「つらくても、すべてを背負って戦う覚悟はある?」
蒼玉(そうぎょく)を守るためならば。それを蒼玉(そうぎょく)が望むならば」
「!」
 間髪入れず返された(まもる)の答えに、紅玉(こうぎょく)の瞳が丸くなった。
「おやおや……。人を人たらしめる思いを持つなら、大丈夫か……」 
「あの、コウねえ」
「ああ、ごめんね、朱雀。白虎が言ったのはね、あなたが身を削っても叶えたい願いは、朱雀だけのもの。誰も助けられない孤独な闘いの末に、朱雀は顕現するってことなんだ」
「俺の?俺、だけの?」
「そう」

――諦めないで。あなたは間違っていない――

 稀鸞(きらん)の最後のアーユスが、(あきら)の胸によみがえる。
「忘れることも、諦めることも許されへんってことか。……ほんま、茨の道やな」
 (うめ)くようにつぶやいて、(あきら)は深くうなだれた。
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