開幕の主役-蒼玉-

文字数 4,150文字

 (アグニ)天空(アカシャ)稀鸞(きらん)の屋敷広間では、大人四人が童女ふたりを中心に車座になっている。
「これが例の(わらわ)ね」
 口火を切ったのは妙齢の、四人の中ではただひとりの女性だ。
(アヤス)天空(アカシャ)は初めてか」
「里の仕事から帰ったばかりですからね、(アヤス)は。(タル)も見習うべきです」
「いや、俺だってつい最近、調伏をですね」
「あなたは山仕事ばかり請け負う。いくら里の人間が苦手だとしても」
(ウダカ)、それくらいに」
 稀鸞(きらん)の取りなしに、女性と見紛うような端麗な(ウダカ)天空(アカシャ)がくすりと笑う。
「失礼。(タル)があまりにも素直だから」
「はぁ……。いつまでたっても師匠(グール―)には敵わない」
「それはそうよ。私たちがどれほど(ウダカ)天空(アカシャ)にお世話になったと思うの」
「だあなあ」
 天空(アカシャ)としてはまだ若い、(アヤス)(タル)が顔を見合わせて深くうなずいた。
紅玉(こうぎょく)、そんなに硬くならなくても大丈夫だよ」
 親代わりとなっている稀鸞(きらん)から声をかけられて、輪の中心で正座する紅玉(こうぎょく)がほっと息をつく。
「その子の首に掛かっているのは、お前の父のものだとはっきりとしたからね」
「そう、それは私が婚礼の祝いに、金剛(こんごう)に送ったものなのよ。翡翠(ひすい)の模様が美しいものをと選んだから、よく覚えている」
 (アヤス)村の天空(アカシャ)は、紅玉(こうぎょく)が片手に抱きしめて離さない、幼女の首元を切なげに見つめた。
 幼いながらも、気の毒なほどきちんと膝をそろえている紅玉(こうぎょく)とは対照的に、隣の幼女はぞんざいに足を投げ出し、その目は人形のように生気がない。
「では、やはりこの子は金剛(こんごう)の?」
 (タル)村の天空(アカシャ)女童(めわらわ)ふたりを見比べ、あごに手を当てて考え込んだ。
「確かに、紅玉(こうぎょく)の赤子のころによく似ている。……藍玉(らんぎょく)にもそっくりだ」
「それはあり得ないでしょう。彼女は紅玉(こうぎょく)を産んだときに、身罷(みまか)っているのだから。それで金剛(こんごう)は村を」
金剛(こんごう)は誰にも何も告げなかったのだから、本当の理由などわからないよ」
 (アヤス)天空(アカシャ)をさえぎって、(ウダカ)天空(アカシャ)はゆっくりと首を横に振る。
 そして、幼いふたりに膝行(しっこう)して近づくと、ふたつの小さな頭を交互になでた。
(ウダカ)天空(アカシャ)に、おそれおおいことでございます」
「そんなにかしこまらないでおくれ、師匠(グールー)金剛(こんごう)の娘。父親に負けない良いアーユスだ。(アグニ)天空(アカシャ)は良い後継者を育てているね」
 深々と頭を下げた紅玉(こうぎょく)の手を取った(ウダカ)天空(アカシャ)が、柔らかな微笑みを浮かべて、稀鸞(きらん)を振り返る。
「村には反対する者もいたでしょうに」
 (アヤス)天空(アカシャ)もふたりの幼女のそばに寄り、その背中をそっと(さす)った。
「子供には何の罪科(つみとが)もないものを。恐怖というものは、どうして弱者へと牙をむくのか」
「仕方がないだろう」
 (タル)天空(アカシャ)が腕を組んで中空をにらむ。
闇鬼(アンデラ)どもを調伏させる我々は、力を持たない者にとっては、それと紙一重の存在だ。藍玉(らんぎょく)もその被害者だろう」
「やはり藍玉(らんぎょく)に似ている。この子は」
 (アヤス)天空(アカシャ)が、何の反応も示さない幼女の頬にそっと指を滑らせた。
金剛(こんごう)は亡き妻の面影を求めて、どこかで似た女性と添うているのでしょうか」
「どうだろうな。いずれにしても、その子が金剛(こんごう)の首飾りを託されて、わが村に来たことは疑いようがない。紅玉(こうぎょく)と一緒に、私の養女として育てる。各村の天空(アカシャ)には、それをご承認をいただきたい」
 その言葉が終わる前に、うつむいていた紅玉(こうぎょく)が勢いよく顔を上げる。
「では、(アグニ)天空(アカシャ)!あたしは妹と、はなれなくてもよいのですね!」
「もちろん。お前がしっかり導いてあげなさい、紅玉(こうぎょく)
「はい!」
 表情のない

の体をぎゅっと抱きしめた紅玉(こうぎょく)が、涙ぐみながら四人の天空(アカシャ)を見渡した。


 座ることを(かたく)なに拒んで、立ったままの蒼玉(そうぎょく)が見せた過去視。
 その幼い紅玉(こうぎょく)が可愛らしくて、思わず(しょう)は赤くなった顔をうつむけた。

(いや、これマズイんじゃねぇの。……(まもる)のこと言えねぇじゃん)

 思わずアーユスが漏れてないかと辺りを見渡すが。
 仲間たちがなんの反応もしないということは、紅玉(こうぎょく)曰くの「白虎の制御」が効いているらしい。
 ……それがどんなものかは、ちっともわかりはしないけれど。

「私は嬉しかったよ。(アグニ)天空(アカシャ)は良くしてくださっていたけれど、血を分けた妹と暮らせることは、心強かった」
 懐かしそうな紅玉(こうぎょく)を、過去視と同じような無表情で蒼玉(そうぎょく)は見つめている。
「半分しか血はつながっていないけれど、似ていると言われたのも、」
「半分ではないからです」
「……え?」
「半分ではないのです、紅玉(こうぎょく)姉上」
「……でも、母は私を生んで、すぐに死んだと聞いている。そのあと蒼玉(そうぎょく)が産まれるはずは」
「わたしと姉上は」
 視線を落とした蒼玉(そうぎょく)が、しばらく無言となった。
 
 じりじりと皆が待つなか、やっと蒼玉(そうぎょく)が顔を上げる。
 そして、射抜くような目を紅玉(こうぎょく)に向けた。
「わたしと姉上は、双子なのです」
「っ!」
 紅玉(こうぎょく)の息を飲む音が静かな部屋に響き、仲間たちの目が一斉(いっせい)蒼玉(そうぎょく)に集まった。
「わたしが

を脱いだときに、“もうすぐ姉上と同じくらいになるはずなのに”と漏らしてしまったのは、そういう理由です。わたしは、姉上と同じ年ですから」
「そんな……」

 服選びをしていたときに感じた、蒼玉(そうぎょく)の悔しそうなアーユス。
 それは、どんな感情だって押し殺してきた蒼玉(そうぎょく)の、その能力をもってしても漏らしてしまうほどの熱量で。
 紅玉(こうぎょく)は驚くとともに、誰かに心寄せる妹を嬉しいと思った。
 けれど、”自分と同じくらい”の意味は分からず……。

「嘘やろっ。……だって、紅玉(こうぎょく)って18やろ」
 思わず声を上げた(あきら)の隣で、紅玉(こうぎょく)は呆然と妹を見つめる。
蒼玉(そうぎょく)……。全部、話して」
「……わたしたちの母、藍玉(らんぎょく)は、姉上を産んだあとに意識を失いました。もともと瀕死の状態だったため、そこで死亡したと見なされ、私はそのままお腹に残されてしまった。けれど、埋葬される寸前、微かに息がある藍玉(らんぎょく)に気づいたアンデラが、その体に憑依したのです」
「……まさか……。だって、ならばアカシャたちが気付かないわけが……。墓だってちゃんと」
「命の燈火が消える寸前だったようです。村に送り出されるとき、“アタシじゃなきゃ気付かなかったろうね”と言っていましたから」
「……」
 紅玉(こうぎょく)の眉間がヒクリと震えた。
 
 妹の後ろに黒い影が見える。
 もちろん幻だ。
 だが、気付いた事実を、蒼玉(そうぎょく)がどこから来たのかを、その口から聞かなければないことが恐ろしい。
 
「いったん埋葬されてから地上に()い戻ることなど、容易(たやす)いことだったとも。……藍玉(らんぎょく)に憑依したアンデラは……。(カルマ)と名乗っておりました」

 バンっ!

 叩きつけられた勢いに、リビングテーブルが派手な音を立てた。
 テーブルに手を着いて立ち上がった紅玉(こうぎょく)が、蒼玉(そうぎょく)と見つめ合う。
(カルマ)闇鬼(アンデラ)界最深部にいるという、悠久の時に巣食う鬼が、地上に出てきていたと?それで、母上に……。では、蒼玉(そうぎょく)

は」
「はい。わたしはアンデラ界で産み落とされ、しばらく……。わたしと出会ったとき、姉上はおいくつでしたか?」
「五つ」
「ならば、五年間そこにおりました。赤子の姿のまま」
「なぜ村に戻されたの?誰に連れられて?」
「さあ?」
 ぞんざいな様子で首を傾ける蒼玉(そうぎょく)に、紅玉(こうぎょく)はぎりっと奥歯を噛みしめた。
「アンデラ界では何をされたわけでも、していたわけでもありません。ただ植物のように、そこに存在していただけ。カルマが何を考えていたのかもわかりません。ただ、これだけは覚えています。わたしを歩ける程度の姿にして、村に置き去りにしたのは金剛(こんごう)です」
 紅玉(こうぎょく)が蒼白となる。
「では、父上は、やはり」
「闇落ちして、すでにアンデラとなり果てています。悲しみと憎しみの塊。人と人の世を呪う鬼が、今の金剛(こんごう)です」
「なぜ蒼玉(そうぎょく)を村に?」
「わかりません……」
 蒼玉(そうぎょく)は細い腕を小さな体に巻き付け、うつむいた。
「村に連れていかれるまで、わたしは言葉も感情も、何もかも知らずにおりました。時おり(カーラ)・アーユスで伝えられるナニカはありましたが。体の成長を止めていたのは、カルマの(カーラ)・アーユスの技でしょう。わたしは……」
 深い、深いため息が蒼玉(そうぎょく)から吐き出される。
「姉上に出会ってから、人としてのすべてを学んだのです。ですから、金剛(こんごう)が何を考えていたのか、どんな思いでわたしを村まで連れていったのかは、わからない。ただ、ひとつ可能性として考えられるのは、血のつながりあるわたしを()(しろ)にして、人の世を滅ぼすつもりがあったのかもしれない、ということ。金剛(こんごう)の、人へ向ける怨嗟(えんさ)(カーラ)・アーユスは、酷く濁って、重かったから」
「……なるほど、ね。蒼玉(そうぎょく)は強い()(しろ)にならないように、子供の姿のままでいたんだね」
「それもありますが、村の人間はわたしを恐れていましたから。“大人になって、アンデラと化すかもしれない”、得体の知れないわたしのことを」

――必要以上に怖がらせたくない。子どものままでいたいと、思っただけなのかも――
 
 神社での紅玉(こうぎょく)の言葉が、四神たちの胸に(よみがえ)った。
 重い宿命を背負わされ、不自然な姿のまま、それでも人のために戦い続けてきた蒼玉(そうぎょく)を前に、仲間たちは言葉も出ない。
「成長を止めていた方法は?」
 紅玉(こうぎょく)戦士(ヴィーラ)の顔をしていた。
「“眠りの術”を体内で施す、といえば近いでしょうか。カルマの(カーラ)・アーユスの使い方を真似いたしました」
「そんなことが可能?」 
「カルマのように止めるまではできませんでしたが、この姿ですから」
「遅らせることは可能だった、ってことか。……常にそのためにアーユスを使いながら、ヴィーラとしても戦っていたのか。蒼玉(そうぎょく)のアーユスは底なしだね」
「ですが、“微睡(まどろみ)”で使い過ぎました。今はもう、そこまでのアーユスはありません。食事もしようと思います」
「ならば、子供服は着られなくなるね」
「わたしをお許しいただけますか、姉上」
蒼玉(そうぎょく)の何を許さなくてはいけないの。あなたに罪はない」
「ですが、姉上に何も言わず、」
「言えないでしょう。……あの村では、言えない。あたしが同じ立場でも、言わなかっただろうと思う。ただ黙って、務めを果たす。蒼玉(そうぎょく)、あなたと同じようにね」
「姉上……」
 瞳を潤ませている蒼玉(そうぎょく)に、紅玉(こうぎょく)がふざけたような笑顔を向ける。
「近々、また買い物に行かなければね。“ぶらじゃー”だって、その“じゅにあ・ぶら”ってやつじゃ小さい、」
「せやからっ、紅玉(こうぎょく)さん!」
 たちまち顔を赤くして声を荒らげた(あきら)に、紅玉(こうぎょく)はぺろり、と舌を出して、おどけた顔を見せた。
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