紅玉と金烏‐1‐

文字数 1,199文字

 遠い街灯りだけが届く暗い畑の脇に、紅玉(こうぎょく)はバイクを止めるとエンジンを切った。
 ヘッドライトが消えると、無明の空間に遠く波の音だけが聞こえてくる。
「さて」
 フルフェイスのヘルメットを脱いだ紅玉(こうぎょく)が腕輪を弾いた。
此方(こち)金烏(きんう)、急急如律令!」
「承知ぃ~」
 バサバサっと頭上で羽音がしたかと思うと、金に光る八咫烏(やたがらす)紅玉(こうぎょく)の肩に止まる。
 そのとたんに、あたりがパァァ!とまばゆい光に照らされるが、それは仮初のもの。
 金烏(きんう)が放つ光は、能力のない者には感知できないものだ。
「ずいぶんとまぁ」
 (くちばし)をせわしなく揺らして辺りを探りながら、金烏(きんう)がケケっと鳴く。
「人の気と瘴気が濃いやねぇ」
「人の気はこれでも薄いほうだよ。“まち”なんかは、吐き気がするほど濃密だから」
「んげ。じゃあ、そこではオレを召喚すんなよ、スーリヤ。とっとと片付けて、静かなところへ(かえ)ろうや」
「もう少し我慢して」
 紅玉(こうぎょく)が指を伸ばすと、金の(くちばし)がすりっと寄せられる。
「仕方ねぇなあ。……ははぁん、あっちの崖下でアタリだな」
「下調べを、」
「やめとけ」
 紅玉(こうぎょく)の頭上に金烏(きんう)が移動した。
「今にもはち切れそうだ。如何にスーリヤといえども、単身は感心しねぇよ」
「ならば、待つしかないね。……さて」
 吹きあがってくる風のなかに、ビリビリした怨念の胎動を感じながら、紅玉(こうぎょく)は大きく伸びをする。
「さっきアーユスを送ったけれど、何人連れて来るかね」
「さてね。しっかしスーリヤ、イカしたモンに乗ってきたじゃねぇか。オレぁ神使だから人間に興味なんざねぇがよ。その技には舌を巻くってもんだ」
「その誇り高き金烏(きんう)様を式に遣わせていただけるとは、光栄の限り」
「なに言ってんだい」
 ケケっと鳴いてから、金烏(きんう)紅玉(こうぎょく)をぐいとのぞき込むように首を曲げた。
「魂の半分を神に差し出した贄子(にえご)、スーリヤ。オマエの存在は神のモノ。ワタシと同じくな。……忘れてはいないだろうな」
 その羽と同じく金の瞳が、ギョロリと紅玉(こうぎょく)を捉えた。
「もちろんでございます」
 (うやうや)しい物言いとは裏腹な目で金烏(きんう)を見上げて、紅玉(こうぎょく)がにやりと笑う。
「神の許しのなか、人の営みに交わるがヴィーラの定め。神の御心に反したりなどいたしません」
「ヴィーラでありながら、こちらの許しなく

と婚約まで交わしたときには、どうしてくれようかと思うたぞ」
「武士との“約”でしたから。互いに裏切らないという(くさび)のようなもの。成るかどうかもわからない、形ばかりのもの。……ご存じでしたでしょうに」
「ふん」
 金烏(きんう)がふいと顔をそらせて、夜空を見上げた。
「無断で成せば神との契約は切れる。自ずとヴィーラではなくなる。……はずなのだがな……」
「チャンドラですか」
 紅玉(こうぎょく)が差し出した腕に金烏(きんう)が飛び移り、人と神使の視線が強く交わる。
「アレはよくわからぬ。何故(なにゆえ)、神と契約を成さず、その守護無しに(くしろ)を使いこなせるのか」
 神使らしからぬ当惑を浮かべる金烏(きんう)に、紅玉(こうぎょく)の目がすっと細くなった。
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