最低な行為-4-
文字数 3,354文字
「ちょ、待て待て。……ちっ、待てって。アイカ!」
聞こえないかのように歩き去っていた足を止めて、白髪 の生徒が肩越しに振り返った。
「何の用だ。……冬蔦 」
「やっぱオレのこと知ってる?」
「知らない人間が、この学校にいるのか?」
「コイツは知らなかったぜ?」
傍 らの槐 を親指で示す渉 に、無表情のアイカが向き直る。
「入学したてのころは、俺も知らなかった」
「でも、コイツは今でも、アイカのこともナツガリのことも知らないと思うけど。……知ってっか?アイツらのこと」
笑いを含んだヘーゼルの瞳に、槐 は黙って首を振るしかない。
(そんなに有名なんだ……?)
まあ、こうして目にしてみると、どうして今まで気がつかなかったんだろうと思う相手なのだが。
「関心を持たずにやり過ごすというのも、自己防御のひとつだからな」
「!」
瞬きもしないような、まっすぐな視線を白髪 から投げられて。
槐 のこめかみがピクリと震えた。
(コイツ……)
「まあ、そんなふうに言ってやるなよ」
蒼い瞳を不愉快に細める槐 の肩を、渉 がなだめるように叩く。
「身の安全の保障もねぇのに、ナツガリ助けに走ったとかさ。なかなかの根性だろ?ま、そのあとなーんの役にも立たなかったけどな」
「……助けたかったのは、イヌだけどね」
槐 はプイと顔を背けて、目を伏せた。
(何もできなかったな。……今度も、また間に合わなかった)
「そんなことはない」
槐 が目を上げると、白髪 の生徒は、相変わらず自分を見据えている。
(僕に向かって言った?いや、それでは会話が成り立たない。渉 に、だよな)
「役には立った」
(やっぱり僕にじゃない?でも……)
なぜ、そんなにも自分を見ているのか。
「東雲 と冬蔦 が時間を稼いでくれたから、俺
その不愛想さに変化はないのに、言葉以上の「ナニカ」が伝わってくる。
気のせいかもしれない。
だが、感じるのだ。
――お前の行動が、アキラと犬を助けたのだ――
そう励ましてくれているように。
「おおきにな」
子供のように無邪気な様子で、ナツガリがにっと笑う。
「おかげで、学校休まんとすみそうや」
「いや、二、三日は休め」
「えー、なんで?」
シュナウザーをなでる手は止めずに、ナツガリがアイカを見下ろした。
「結構な顔だぞ」
「え、そうなん?」
片頬を腫らして、目の周りを黒くしたナツガリに尋ね顔を向けられて、槐 はコクコクとうなずく。
「その顔で帰ったら、大阪に戻される」
「え!……どないしよう」
「だから、二、三日は俺の家で大人しくしてろ」
「ええの?!」
(へー。本当に仲いいんだな、このふたりって)
その仏頂面に1ミリたりとも変化はないのだが。
アイカがナツガリを気遣っていることは伝わってくる。
ふたりに対する警戒を急速に解いた槐 は、思い切って口を開いた。
「あの、そのシュナウザーって、どうするつもり?」
「まずは獣医に連れていかな。結構、強く蹴られてたし……」
「思い出すだけで腹が立つ」という顔をしながら、ナツガリは大きな手でシュナウザーのあごをくすぐる。
「でも、ナツガリ、くんも、病院行くんでしょ?」
「ん?まあ……。行けって言われたからなあ」
「じゃあ、獣医さんには、僕が連れていってもいい?」
「え、いやぁ……。アイカさんしだいっちゅうか、タカハシさんしだいっちゅうか……」
言葉を濁したナツガリに、表情は動かさないアイカがひとつため息をついた。
「……帰る準備をして、正門の外で待っていろ。予鈴を過ぎたら諦めて戻れ。アキラ、あとはよろしく」
「アイカさ……。マモルは行けへんの?」
「早退する理由がない」
「この金髪は?」
「自己責任」
「いいの?ありがとう、アイカ先輩!」
妙に核心を突くようなことを言ったり、不愛想すぎたり、白髪 だったり。
一筋縄ではいかない人間だと思うし、今までだったら、極力関わらないようにしてきたタイプだと思う。
(でも、このふたりとの縁は、手放したらダメだ)
そう直感した槐 はウケのいい、天真爛漫な笑顔を作ってアイカに向けたのだが。
(あ、あれ?)
それは今まで外したことのない、槐 最強の武器 だというのに。
そんなものは効かないとばかりに、能面顔のアイカから反撃の爆弾が投下された。
「先輩じゃない。同級生だ」
「え……。ええええっ?!」
(こんなに主 感たっぷりなのに?ナツガリが下僕っぽいのに?)
「ホントに?」
「年はひとつ上」
「ええの?アイカさ……」
アイカににらまれたナツガリが首をすくめる。
「……マモル」
「どうせ冬蔦 は知っているだろうし」
(”アイカ”って、動揺することがあるのかな)
「よっし、早く行こうぜ」
アイカを観察する槐 の背後で、渉 が底抜けに明るい声を上げた。
「昼休み終わっちまったら、すんなり抜け出せなくなるもんな。オレは毎度のことだから、理由なんかいらねぇけど。予鈴前に、正門の外で待ってりゃいいワケ?んで、このドクズはどうする?」
当たり前のようにサボり宣言をする渉 に、アイカは首を横に振ってみせる。
「冬蔦 は遠慮してくれ。そいつは寝ているだけだから心配ない。しばらくすれば起きるだろう」
「はぁ~ん?そうなんだ。……え、オレ行っちゃダメ?なんで?」
「その恰好はありえない。知り合いでもないのに、交友関係を疑われるのは迷惑だ」
背を向けて一歩踏み出したアイカに、渉 が焦った声で追いすがった。
「もう知り合いだろ!ジャケット着るからさ」
「海洋生物に知り合いはいない」
「海洋生物って。オマエにはオレが何に見えてるんだよ」
「後鰓類 」
「ウミウシかよっ」
(やっぱりねぇ……)
槐 は心のなかで大いにうなずき、「後鰓類 」で通じ合うアイカと渉 は、意外に気が合うのではないかとも思う。
「わかったわかった、白シャツに着替えるからっ。ロッカーにあるから!」
「……サングラスは絶対禁止」
「りょーかい!」
敬礼の真似をする渉 にため息を残して、今度こそアイカはナツガリとともに歩き去っていった。
◇
心配ないらしいイオキは遠慮なく放置したまま、槐 と渉 は空き地に放置していた荷物を取りに急ぐ。
「渉 も来るんだね。しかも、ポリシー曲げて着替えてまで。てか、白シャツ持ってたんだね」
「指導室に呼び出されたとき、あんまふざけたカッコしてると、しつけぇんだよ。……このチャンスを逃す手はないからな」
コンビニの袋に昼食のゴミを詰め込み、ふたりは駆け足になった。
「特にアイカな。こんなことでもなけりゃ、知り合いになれるようなヤツじゃねぇから。留年してるせいか、周りも腫れ物扱いだし」
「アイカくんって、そうなの?……ホントに知ってたんだね。てか、ふざけてるカッコだって、自覚はあったんだ」
「普段なら、話しかけたってぜってぇ無視されんぞ」
「ヤドクガエルには誰も触 れないよ。腫れ物は渉 じゃない?」
(今日はウミウシだけど)
「恰好関係ねぇよ、多分。いつも仏頂面だし、声聞いたのなんか今日が初めてだぜ」
「え、でも、ナツガリくん?とは仲良さそうだったよ」
「それが意外なんだよなあ」
ピロティに入っても、ふたりは小走りの足を止めない。
「親しくしている人間がいるなんて想定外。ナツガリのことは知ってたけど、アイツは去年まで大阪にいたんだよ。接点があるとは思わなかった。校内で一緒にいる姿も見かけたことないし。ってか、アイカはいつもボッチだけどな」
「渉 はあんまり学校、来ないじゃない。たまたま見たときに、ひとりだっただけかもよ?……それにしても」
少し息を切らせながら、槐 は涼しい顔をしているイケメンをちろりと見上げた。
「なにが”一年の高入組だけ”だよ。全学年の全クラス、把握してそうじゃん」
「もう半年だぜ?よゆーだろ」
「よゆーのレベルっ」
眉を寄せた金髪頭を、渉 がわしゃわしゃとなでる。
「さっきはどうなることかと思ったけど、そのおかげで、おもしれぇ縁ができたよ。サンキュな」
「ありがとうは僕だよ。その毒々しい恰好が敵を追い払ったんだから。さすが警告色」
「な、狙い通りだろ?」
得意そうな友人に、槐 は乾いた笑いを返すばかりだったけれど。
このときふたりは、これからさらに面白い展開が待っているとは、想像もしていなかったのだ。
聞こえないかのように歩き去っていた足を止めて、
「何の用だ。……
「やっぱオレのこと知ってる?」
「知らない人間が、この学校にいるのか?」
「コイツは知らなかったぜ?」
「入学したてのころは、俺も知らなかった」
「でも、コイツは今でも、アイカのこともナツガリのことも知らないと思うけど。……知ってっか?アイツらのこと」
笑いを含んだヘーゼルの瞳に、
(そんなに有名なんだ……?)
まあ、こうして目にしてみると、どうして今まで気がつかなかったんだろうと思う相手なのだが。
「関心を持たずにやり過ごすというのも、自己防御のひとつだからな」
「!」
瞬きもしないような、まっすぐな視線を
(コイツ……)
「まあ、そんなふうに言ってやるなよ」
蒼い瞳を不愉快に細める
「身の安全の保障もねぇのに、ナツガリ助けに走ったとかさ。なかなかの根性だろ?ま、そのあとなーんの役にも立たなかったけどな」
「……助けたかったのは、イヌだけどね」
(何もできなかったな。……今度も、また間に合わなかった)
「そんなことはない」
(僕に向かって言った?いや、それでは会話が成り立たない。
「役には立った」
(やっぱり僕にじゃない?でも……)
なぜ、そんなにも自分を見ているのか。
「
も
間に合った。でなければ、アキラは骨の一、二本、折っていたかもしれない。……ちゃんと
、間に合った」その不愛想さに変化はないのに、言葉以上の「ナニカ」が伝わってくる。
気のせいかもしれない。
だが、感じるのだ。
――お前の行動が、アキラと犬を助けたのだ――
そう励ましてくれているように。
「おおきにな」
子供のように無邪気な様子で、ナツガリがにっと笑う。
「おかげで、学校休まんとすみそうや」
「いや、二、三日は休め」
「えー、なんで?」
シュナウザーをなでる手は止めずに、ナツガリがアイカを見下ろした。
「結構な顔だぞ」
「え、そうなん?」
片頬を腫らして、目の周りを黒くしたナツガリに尋ね顔を向けられて、
「その顔で帰ったら、大阪に戻される」
「え!……どないしよう」
「だから、二、三日は俺の家で大人しくしてろ」
「ええの?!」
(へー。本当に仲いいんだな、このふたりって)
その仏頂面に1ミリたりとも変化はないのだが。
アイカがナツガリを気遣っていることは伝わってくる。
ふたりに対する警戒を急速に解いた
「あの、そのシュナウザーって、どうするつもり?」
「まずは獣医に連れていかな。結構、強く蹴られてたし……」
「思い出すだけで腹が立つ」という顔をしながら、ナツガリは大きな手でシュナウザーのあごをくすぐる。
「でも、ナツガリ、くんも、病院行くんでしょ?」
「ん?まあ……。行けって言われたからなあ」
「じゃあ、獣医さんには、僕が連れていってもいい?」
「え、いやぁ……。アイカさんしだいっちゅうか、タカハシさんしだいっちゅうか……」
言葉を濁したナツガリに、表情は動かさないアイカがひとつため息をついた。
「……帰る準備をして、正門の外で待っていろ。予鈴を過ぎたら諦めて戻れ。アキラ、あとはよろしく」
「アイカさ……。マモルは行けへんの?」
「早退する理由がない」
「この金髪は?」
「自己責任」
「いいの?ありがとう、アイカ先輩!」
妙に核心を突くようなことを言ったり、不愛想すぎたり、
一筋縄ではいかない人間だと思うし、今までだったら、極力関わらないようにしてきたタイプだと思う。
(でも、このふたりとの縁は、手放したらダメだ)
そう直感した
(あ、あれ?)
それは今まで外したことのない、
そんなものは効かないとばかりに、能面顔のアイカから反撃の爆弾が投下された。
「先輩じゃない。同級生だ」
「え……。ええええっ?!」
(こんなに
「ホントに?」
「年はひとつ上」
「ええの?アイカさ……」
アイカににらまれたナツガリが首をすくめる。
「……マモル」
「どうせ
(”アイカ”って、動揺することがあるのかな)
「よっし、早く行こうぜ」
アイカを観察する
「昼休み終わっちまったら、すんなり抜け出せなくなるもんな。オレは毎度のことだから、理由なんかいらねぇけど。予鈴前に、正門の外で待ってりゃいいワケ?んで、このドクズはどうする?」
当たり前のようにサボり宣言をする
「
「はぁ~ん?そうなんだ。……え、オレ行っちゃダメ?なんで?」
「その恰好はありえない。知り合いでもないのに、交友関係を疑われるのは迷惑だ」
背を向けて一歩踏み出したアイカに、
「もう知り合いだろ!ジャケット着るからさ」
「海洋生物に知り合いはいない」
「海洋生物って。オマエにはオレが何に見えてるんだよ」
「
「ウミウシかよっ」
(やっぱりねぇ……)
「わかったわかった、白シャツに着替えるからっ。ロッカーにあるから!」
「……サングラスは絶対禁止」
「りょーかい!」
敬礼の真似をする
◇
心配ないらしいイオキは遠慮なく放置したまま、
「
「指導室に呼び出されたとき、あんまふざけたカッコしてると、しつけぇんだよ。……このチャンスを逃す手はないからな」
コンビニの袋に昼食のゴミを詰め込み、ふたりは駆け足になった。
「特にアイカな。こんなことでもなけりゃ、知り合いになれるようなヤツじゃねぇから。留年してるせいか、周りも腫れ物扱いだし」
「アイカくんって、そうなの?……ホントに知ってたんだね。てか、ふざけてるカッコだって、自覚はあったんだ」
「普段なら、話しかけたってぜってぇ無視されんぞ」
「ヤドクガエルには誰も
(今日はウミウシだけど)
「恰好関係ねぇよ、多分。いつも仏頂面だし、声聞いたのなんか今日が初めてだぜ」
「え、でも、ナツガリくん?とは仲良さそうだったよ」
「それが意外なんだよなあ」
ピロティに入っても、ふたりは小走りの足を止めない。
「親しくしている人間がいるなんて想定外。ナツガリのことは知ってたけど、アイツは去年まで大阪にいたんだよ。接点があるとは思わなかった。校内で一緒にいる姿も見かけたことないし。ってか、アイカはいつもボッチだけどな」
「
少し息を切らせながら、
「なにが”一年の高入組だけ”だよ。全学年の全クラス、把握してそうじゃん」
「もう半年だぜ?よゆーだろ」
「よゆーのレベルっ」
眉を寄せた金髪頭を、
「さっきはどうなることかと思ったけど、そのおかげで、おもしれぇ縁ができたよ。サンキュな」
「ありがとうは僕だよ。その毒々しい恰好が敵を追い払ったんだから。さすが警告色」
「な、狙い通りだろ?」
得意そうな友人に、
このときふたりは、これからさらに面白い展開が待っているとは、想像もしていなかったのだ。