烈火の娘-2-

文字数 2,400文字

 さっきまで、大学のキャンパスにいたと思うのだが……。
 
(ここ、どこ?どうやってここまで……)

 思い出そうとすると頭の芯が重痛くなって、視界は(かすみ)が掛かったようにぼやける。 
 不快感を堪えて視線を動かすと、洒落た部屋のソファに座らされているとわかった。

(あ……)

 壁際に立っている()と目が合う。
 記憶は定かではないが、ここまで連れてきたのはあの()のはずだ。

「え、なんで?」
 その隣に知り合いの姿を見つけて、思わず声が出る。
 こんなところで(いや、ここがどこかはわからないけれど)会うとは思わなかった。
 知り合いといっても、実際に顔を合わせたのは数回程度。
 彼が中学を卒業してしまってからは、弟のメールで名前を見るくらいだったけれど。

「久しぶりやね、秋鹿(あいか)くん」
 刺々しくなってしまった声にも、相手はすべてわかったような顔で、うなずいただけだった。
「髪、白くしとんの?」
「地毛です」
「中学のときは染めてたん」
「はい」
「眉毛も睫毛も?」
「はい」
「どうやって」
「かかりつけの皮膚科で」
「そんなん、やってくれるとこあるん」
「はい」

 懐かしい、この感じ。
 まったく会話が進まない。

「なんで染めるのやめたん」
「アレルギーが出たので」
「どっちも似合うとるけどね」
「どうも」

 ため息が漏れてしまう。
 見た目が大人になっていたから、少しはコミュニケーションが取れるようになっているかもしれないという期待は、しないほうがいいのだろうか。
 とりあえず以前と同様、ぐいぐい聞いていかないといけないようだ。

「そないに大きなっとったなんて、知らんかったわ。大阪にいるときも、滅多に夏苅(なつがり)には来へんかったしね。(あきら)秋鹿(あいか)くんにべったりやったから。……で、原因は何?」
「原因?」
 小首を傾けると同時に、さらりと流れた白く長い前髪も洗練されているように見えて、無性に腹が立つ。
(あきら)はカノジョでもできたん?」
「それはありえません」
「じゃあ、なんで?なんで、帰ってけえへんの、(あきら)は。高校進学で出てってから、一回もやで」
 とうとう無言になってしまった秋鹿(あいか)くんが、ふっと目をそらした。
「カノジョもおれへんっちゅうのなら、秋鹿(あいか)くんが(あきら)を、」
(まもる)のせい、ですか?」
「ソウ」
「……はい」
 そっくりな顔をした、まるで宝塚スターのように整った顔をしたふたりが目配せし合っている。

 一目で一卵性の双子だとわかるが、雰囲気がずいぶんと違う。
 片方は、宝塚なら男役のトップを張れそうなほど凛々しい。
 比べれば線の細い、歌姫でも似合いそうな()が妹なのだろう。
 何か文句を言いかけていたが、姉に(いさ)められて、素直に従っていた。

 自分を拉致したこの歌姫は、秋鹿(あいか)くんの何なのだろう。
 物理的にも心理的にも、広大なパーソナルスペースを持つ秋鹿(あいか)くんが、寄り添い立っているのだから、察しはするが意外過ぎる。

「そのコ、秋鹿(あいか)くんのカノジョ?秋鹿(あいか)くんって、バイセクシャルやったの?」
「ぶはっ!」
 斜め前のひとり掛けソファに、足を組んで座る派手なイケメンが吹き出した。

(あのとき、(あきら)と一緒にいた……)

 非の打ちどころがない外見。
 洗練された仕草。
 スクールカーストなら、最上位に君臨するような陽キャ。

(一番苦手なタイプちゃうん。何か弱みでも握られてるんかいな、(あきら)は)

 弟に無茶を吹っかけているのかと思うと、その整った顔も薄っぺらく見えてくる。
「なに、(まもる)ってそうだったの?なんか無神経なこと言ったりしてねぇかな、オレ。ごめんな?」
 口に手を当てて、くつくつ笑うのも絵になる派手イケメンを、秋鹿(あいか)くんがじろりとにらむ。
「今、無神経だ」
「いやいや、オレは偏見ねぇって。ダチにもそういうコたくさんいるし、オレもどっちもイケるし。ただ、ソウギ……、ソウ一筋のオマエがバイとかさ」
「ただいまぁ~」
 ゆるんだ声とともに、リビングのドアが開いた。
「……なんやの、このイケメンパラダイス」
 思わず声が出たのも仕方ないと思う。
 だって、顔を出したのは金髪碧眼の、カワイイ系のアイドルのようなコなんだから。
「だ、誰……?」
 見開かれたその目は、虹が浮かぶ青空のようだ。
(かがり)さんは……、あ、夏苅(なつがり)さんって呼ばれるほうが好み?」
 長いライトブラウンの髪を指にかけながら、派手男が気さくに微笑みかけてくる。
 大変ステキで、大いに胡散(うさん)臭いのでやめてほしい。

「ふっ」

(ウソ……!)
 
 吹き出したのは派手男ではなく、秋鹿(あいか)くんだ。

「あんた笑うんや?」
「はは!あっははははっ!」
 とうとう派手男が腹を(かか)えて笑い出して、カワイイ系の目がさらに丸くなる。
「なになに、何が起こってるの?」
「ははは!大阪にいるころから表情筋死んでたのかよ。可愛げのない中坊だなー」

 パチっ!

 歌姫が指を弾き、冴えた音が聞こえたのと同時に。
「ふぐぇっ!」
 派手男が腹を押えて体を折った。

 ふたりの行動の間には、一見何の関係もなさそうだが、わかってしまう。

(ああ、この()秋鹿(あいか)くん寄りなんだ)

 かつて、自分と(あきら)を助けてくれた秋鹿(あいか)くんの背中が、歌姫の横顔に重なる。
「……な、に、すんだよぉ」
「べつに何も?お腹を押さえて、どうされました?」
 絶対零度の視線に見下ろされた派手男の肩が、ぶるっと震えた。
「いえ、あの、ちょっとした腹痛デス……」
「おやおや」
 男役スターが手を差し出すと、派手男がすがるようにその手をつかんで体を起こす。

でも食らっちゃった?」
 男役スターが涼やかに笑ってその腹に手を当てると、たちまち派手男の顔が緩んでいった。
「ありがと、コウ姉。……あなたの妹さん、オレに厳しい」
「うん、そうね。でも、これは……」
 派手男の手を離した男役スターが、にやりと笑う。
「クロが悪いんじゃない?」
「……はい、そう、です。……からかいすぎました。(まもる)、ごめんな」
「素直な(しょう)って、気持ち悪いだけだね」
 青い目を(おび)えさせながら、カワイイ系がリビングに入ってきた。
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