開幕の主役-高梁-

文字数 2,600文字

(バレてねぇだろうな)

 不規則に刻まれる鼓動と、胸を焦がす想いに手を焼きながら。
 (しょう)はちらりと視線を向けるが、紅玉(こうぎょく)は視せられた「公共の乗り物」について、考えを巡らすのに忙しいようだ。
 
(大丈夫っぽい……)

 (まもる)の術は、本日もきちんと仕事をしているらしい。
 それはほっとしたような、ちょっと残念なような。

 (まもる)に聞いてみたところ、アーユスがダダ漏れのこの状態は「パンツをはかないまま歩いている変態」のようだと言う。
 思考が隠せないというのは、確かにイロイロとマズイ。
 だから、定期的に術を施してくれる(まもる)には感謝しかないと思っている。
 ……仏頂面で、『露出狂並み』と嫌味なアーユスを流してくるのは、シャクに(さわ)るが。

「人酔いしそうだね」

(人混み、イヤなんだな。唇尖らせちゃって。……カワイイ)

「自転車とか、あとはバイクとか?」
紅玉(こうぎょく)たちは住民票がねぇから、バイクは無免になっちまうぞ」
「そやなぁ」
「大丈夫、やりようはあるでしょ」
 知恵を絞る三人に、紅玉(こうぎょく)は屈託ない笑顔を見せた。
「では、今日から共同生活です。共用スペースにある家電や風呂の使い方は、皆さんでルールを作ってください。ゴミ出しも、ですよ。ときに(えんじゅ)君」
「は、はい?!」
 低い声で名指しされた(えんじゅ)が、恐る恐る高梁(たかはし)を振り返る。
「君の部屋の惨状を、(まもる)さんから写メで送っていただきました。……ここであれをやったら、一回で強制退去です。わかりましたね?」
「は、はい……」
「そいうや入学式んとき、秋鹿(あいか)さんに”シェアハウスさせてぇ~“ってねだっとったやん。よかったなぁ、願いが叶うて」
「そのとおりだけど、なんか腹立つぅ~」
 (えんじゅ)(こぶし)をプルプルと震わせて、(あきら)をにらんだ。
「まあ、あなたがゴミを出したくない事情は察しますが……。(しょう)くんは(まもる)さんの向かい側の部屋、(えんじゅ)君はその奥側、(あきら)君の向かいの部屋をご用意してあります。皆さん、のちほどご確認ください」
「いや待てよ、高梁(たかはし)さん」
 タブレットをカバンにしまって出ていこうとする高梁(たかはし)の行く手を、(しょう)(はば)んだ。
「肝心の話を聞いてねぇぞ。なんで、そんなにオレらのこと知ってんの?AIKAは大事な跡取りのために、探偵でも雇ってんの?初めて会ったとき、身辺調査するって言ってけどよ」
「探偵程度で、(えんじゅ)君の身元までわかると思いますか?」
「思ってねぇよ。だから聞いてんだろ。オレのことだって、戸籍調べりゃ(いつく)さんの養子だって割れるだろうけど、ユーリのことまでわかんねぇだろ」
「俺たちが卒業したから、任期の延長はしないんでしょう?」
 ちらりと寄こされた(まもる)の視線に、高梁(たかはし)がうなずいた。
「はい、今期で降りようと思っています」
「慰留されているのでは?」
「ええ。ですが、(まもる)さんがいらっしゃらないのに、続けている意味がありませんからね。学校の理事なんて」
 一瞬だけ、高梁(たかはし)に意外に温かい笑みが浮かぶ。
「え、理事?」
「は?」
「理事って、どういうこと?」
 (えんじゅ)(しょう)、そして、(あきら)の首が同じ角度で(かたむ)いた。
「この三年間、あなた方の学校の理事として、法人運営に(たずさ)わらせていただいておりました」
「ああああ~、なるほどねぇぇ~!……生徒の個人情報!」
 涼しい顔をして告げる高梁(たかはし)に、(しょう)はビシッと指を突きつける。
「生徒たちの安全を確保することも、理事の仕事のうちです。そのためにはAIKAも協力を惜しまなかった、というだけです。もちろん、第三者に漏らせば罰則もありますし、第一、そんなコンプライアンス違反を私がするとは思わないでしょう?」
「そりゃ思わねぇけど……。ん、待てよ?」
 ふっと考え込んで、(しょう)は眉間を指で押さえた。
「もしかして、あのきっついセキュリティシステム」
「ええ、私が提案しました。改善後はトレースバックさせる機能も」
「アンタかぁ~」
「おや、不正アクセスでもしようとしたんですか?」
「い?!いやいやいやいや、シマセンよ?ソンナコト」
「カタコトになってるで」
「なってないっ、……いや、なってます。……はぁ~、降参」
 (あきら)からツッコミを受けた(しょう)が、両手を上げる。
 
 こいつらと出会って、ずいぶんと世界が広がった。
 誰一人として、良くも悪くも自分を特別視しない、

仲間であることが居心地よくて。
 それでもどこかで、寄る辺ない孤独感など理解されないと思っていた。
 自分のルーツがわからないという心許なさを。
 両親から見捨てられたのではないかという、ガキっぽい不安を。

(何も理解していなかったのは、オレのほうだったな……)
 
 (しょう)は自分でも間抜けだと思う格好のまま、戦士(ヴィーラ)の姉妹を横目で眺めた。

 その内容まで感知はできないが、時おり揺れるアーユスを感じる。
 ふたりはアーユスでの”会話”を続けているようだ。

「そういえば、スーリヤとチャンドラの部屋ってどこなの?」
「おふたりには、玄関フロア向こうの管理人室を使っていただきます」
 ふと尋ねた(えんじゅ)に、高梁(たかはし)が優雅な仕草でドアの外を示す。
「家族仕様の間取りですので、共用の風呂場とは別に、シャワールームや水回りもございます。どうぞお気兼ねなくお過ごしください」
「お風呂は使っちゃだめなの?」
「いえ、構いませんが……。ならば、使用時間帯はきちんと決めないといけませんね」
「よかった!」
紅玉(こうぎょく)、風呂気に入ったの?なら、今度スーパー銭湯行ってみる?」
「すーぱーせんとう?それは何?」
 さっそく手を伸ばしてきた紅玉(こうぎょく)の指先を握りながら、(しょう)はわくわくしているその横顔をじっと見つめた。
「面白そう!貸し切りもできるんだ。へえ~」
「連れてってやるよ。いつがいい?」
「わー(しょう)のおごりだー。嬉しー。太っ腹ー」
 (えんじゅ)が棒読みで(しょう)をほめ(たた)える。
「ヤローにおごるかよ」
「けちー。大女優の息子のクセにぃ」
「うっせぇ、このSon of noble family(御曹司)め」
「ちがいますー」
「え、今、(しょう)って何て言うたん?」
「ぐ」
 少し跳ね上がった目を丸くする(あきら)に、(えんじゅ)が押し黙った。
(えんじゅ)、すぐにわかったん?英語赤点やのに」
「はい、設定設定」
「……やっぱ(しょう)キライ」
(えんじゅ)君、まずはゴミの収集日をきちんと覚えてくださいね」
 (しょう)を押しのけるようにして、高梁(たかはし)(えんじゅ)の前に立つ。
「こちらはAIKAの指定業者が引き取りに来ますから、セキュリティは保証します。溜め込むことなく、きちんとお出しください」
「あ、はい」
 ぐいと差し出された「ゴミの出し方」のコピーを受け取った(えんじゅ)が、神妙な顔でうなずいた。
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