顕現する悪魔-嫉妬のマートサリヤースラ2-

文字数 1,901文字

「「「(ねた)ましい、うらやましい、ネタマシイ……、ウラヤマシイ……」」」
 長い舌をチョロチョロ出入りさせる三又(みつまた)頭の口が、呪詛を繰り返している。
「マートサリヤースラ!」 
 瘴気(しょうき)も臭気も、結界の外にいたときの比ではない

に、月兎(げつと)の毛が逆立った。
『白虎、挟み撃ちにします』
『わかりました』
 稀鸞(きらん)とともに(まもる)が腕輪を弾けば、澄んだ金属音が(さざなみ)のように辺りの空気を震わせる。
「オーム・ヴァクラトゥンダーヤ・ナマハ!」※1
 稀鸞(きらん)の腕輪から発せられた光の層が、ユラユラと凝縮していった。
「出でませヴァクラトゥンダ!」
「オン・アミリタ・テイセイ・カラウン!出で給え、白虎!」※2
 (まもる)の体から顕現するや否や、白虎は()じれた鼻の神、ヴァクラトゥンダと共に三又(みつまた)の蛇に向かって疾走していく。
「オン・アビラウンケン・バサラ・ダト・バン!」※3
 光の太刀を握る稀鸞(きらん)が大地を蹴り、三又(みつまた)の頭上へと飛び上がった。
「滅びよ!」
 ヴァクラトゥンダと稀鸞(きらん)の攻撃を、三又(みつまた)の大蛇が身をくねらせて避ける。
 が、待ち構えていた白虎がひとつの頭を(くわ)え押さえ、稀鸞(きらん)の光太刀がその首を切り落とした。
「ぎゃあっ」
「ぐううぅぅ」
 神の()じれた鼻が巻きつけられたもうひとつの頭が、蒸発するように消えていく。
 最後の頭に狙いを定め、稀鸞(きらん)が太刀を構え直した、そのとき。
 
 ……ブクブク、ブクブクブクブク……。
 
 ふたつの首の断面から(カーラ)・アーユスが吹きこぼれたかと思うと、すぐにそれは新しい頭へと再生されていった。
『……早い……』
 たちまち元の姿に戻った三又の蛇が、ユラユラとその首を巡らせる。
(まもる)、まもるはどこだ。マモルゥ~」
「オマエさえ産まれなければ」
 (まもる)を探すふたつの頭が、汚臭を放つタール状の液体や、仄暗(ほのぐら)い炎をそこら中にまき散らした。
「ジャマをするなあぁ」
 三つめの蛇の舌が刃物のように固く鋭く変形して、振りかぶった稀鸞(きらん)の光太刀を弾き飛ばす。
「オン・ベイシラ・マンダヤ・ソワカ!」※4
『ありがたい』 
 (まもる)が放ったアーユスを太刀に変えて、稀鸞(きらん)がヴァクラトゥンダ、そして白虎とともに、三又(みつまた)の大蛇を取り囲んだ。
 だが、神たちの姿など目に入らないかのように。
「まぁもぉるぅ、そこにいたのかぁぁぁぁぁ」
 三つの頭が(わら)いながら、一斉に(まもる)を振り返った。
「オマエはいらない。いらない子供なんだよぉ」
 稀鸞(きらん)の太刀がその体を切り裂き、ヴァクラトゥンダの放つ光弾が頭を砕いても。
 白虎が首に牙を立てても。
 三又(みつまた)の大蛇はどんな攻撃も効かないとばかりに、(まもる)へと()いずり寄ってくる。

(このままでは……)

 (まもる)がチラリと振り返れば、縮こまり震える友人たちの姿が目に入った。
月兎(げつと)、そいつらを頼む!』
「ビャッコ様?!」
 伸ばされた白ウサギの手が空を切る。
「無謀です!いくらなんでも!」
「頼んだぞ!……白虎!」
『応』
 疾走する(まもる)の横に白虎が並んだ。
『乗レ』
 (まもる)が身軽にまたがると、迫ってきていた刃舌をかわして、白虎が大地を蹴る。
「オマエがサラをころしたんだぁぁぁぁぁ」
 上へ下へと飛ぶ白虎の背を、三又の蛇が夢中になって追う、そのすきに。
 稀鸞(きらん)が光太刀をマートサリヤースラの背中に突き立てた。
「あ、あああああああ」
 傷口から(カーラ)・アーユスを噴出させた大蛇は、それでも(まもる)をにらみ、三つの口を大きく開ける。
「逃がすかぁぁ!許すもんかぁぁぁっ」
(まもる)!」
秋鹿(あいか)さん!」
 (えんじゅ)(あきら)が腰を浮かすその前で、大蛇の尾が(まもる)に巻き付いて白虎から引き()がし、空高くその体を振り上げた。
「オマエさえいなければ!!」
 くにゃりと尾を曲げて(まもる)を顔近くに引き寄せると。
「ははははは!死ね!死んでしまえぇ!」
 蛇の刃舌が当てられた(まもる)の首から、血がタラリと流れ出た。
「オーム・ナモー・バガヴァテー・ルドラーヤ!」※5
「ぎゃああああああ」
 銀のアーユスが大蛇の舌を焼き、三つの頭の目玉に突き刺さっていく。
「ひぃ、ひぃぃぃぃぃぃっ」
 マートサリヤースラの拘束が外れて落下していく(まもる)を、蒼玉(そうぎょく)が空中で抱きとめた。
「……(まもる)
 震える声に(まもる)が顔を上げれば、泣きそうな顔をしている蒼玉(そうぎょく)と目が合う。
『遅くなってごめんなさい。……ああ、血が……』
『かすり傷だよ。それに、来てくれるってわかってた。……でしょう?』
『もちろん』
 首筋に流れた血を片手で拭うと、蒼玉(そうぎょく)(まもる)を胸に閉じ込め、稀鸞(きらん)の元へと急いだ。

※1 嫉妬の悪魔マートサリヤースラを倒すガネーシャ神「ヴァクラトゥンダ」マントラ
※2 阿弥陀如来マントラ 方角は西
※3 大日如来マントラ 方角は中央
※4 毘沙門天(びしゃもんてん) エネルギーを与える 邪気を払いのける
※5 シヴァ(吉兆)の怒りの側面を表した神格ルドラのマントラ
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