相棒の友人-1-

文字数 2,260文字

 パイプイスに座る生徒指導の教師は、アッシュグレーの地に、極彩色の花火をぶちまけたようなTシャツを着た生徒を前に、腕を組んでしかめっ面をしていた。
「それで、五百木(いおき)
 渋面(じゅうめん)を保ったまま、指導教師が口を開く。
「ケンカの件だが」
「……」
「はぁ~」 
 (かたく)なな態度にさじを投げて、教師は隣に座る、校則どおりのYシャツにきっちりタイを締めた生徒に顔を向けた。
「すまないが四十万(しじま)、もう一度、お前の話を聞かせてくれるか」
「はい」
 素直にうなずいて、四十万(しじま)は隣に座る従兄弟(いとこ)を横目で見やる。
 が、いつも何かと反発してくる相手は、斜め下に視線を向けたまま動かない。
 その態度に少しの違和感を覚えながら、四十万(しじま)は姿勢を正して座り直した。
五百木(いおき)

が学校を休んで、飼い犬を獣医に連れていく途中のトラブルで……」
 一切ウソは言っていない。
 

だと内心ほくそ笑みながら、四十万(しじま)続ける。
「そこで、五百木(いおき)

が1年生ともめて……」
 四十万(しじま)は少し言葉を溜めて、五百木(いおき)の行動を待った。

(「てめぇのダチだろっ」とか怒鳴って、襟首(えりくび)くらいつかんでくるかな……)

 だが、いくら待っても五百木(いおき)は動かない。
「うん。そこはいいんだ」
「え?」
 隣に気を取られていた四十万(しじま)が、弾かれるように正面を向いた。
「いい、とは?」
 
 あのときの1年生は、例のもめ事以降、三日も休んだと聞いている。
 剣道部のホープ、しかも、新入生に暴行を加えたとなれば、いくらイオキコーポレーションの息子だとはいっても、学校は放置できないだろう。
 言い訳をしたところで、従兄弟(いとこ)は普段からサボり、赤点、校則違反などで呼び出しの常連者。
 そんな従兄弟(いとこ)と自分なら、どちらの言い分を教師が信じるかなどは、わかりきっている。
 あの場にいた連中にも、口裏を合わせるように根回し済み。
 結果、

一番重い処分を受けるのは、従兄弟(いとこ)ひとりのはずなのだが。

夏苅(なつがり)からも話を聞いたんだが、“事情をよく聞かなかった自分も悪い。こっちも手を出してしまったし、五百木(いおき)

とは、喧嘩両成敗ってことで話はすんでいる”と言ってるんだ」

創二(そうじ)が手を出されたって、あのあと反撃されたのか?なのに、和解が済んでるってなんだよ)

 四十万(しじま)の目が点になる。

「え……。じゃあ、なんで僕たちは呼ばれて……」
「うん、それがなぁ……」
 教師は長い長いため息をついた。
「校内のことならいいんだが、あのとき夏苅(なつがり)だけじゃなく、外国人もいたって、」
「ああ、はい」
 四十万(しじま)はかぶせ気味に返事をする。

(あのファンキーな恰好をした、マフィア崩れのヤツか)

 あれから数日は、あの派手な外人に目をつけられていないかと、びくびくしながら過ごしていた。
 だが、姿を見かけることすらなかったから、すっかり忘れていたのに。
 教師が言及したということは、何かあったのだろう。

夏苅(なつがり)くんがそのことを?」
「いや、違う。外部からだ」
 教師が組んでいた腕を(ほど)いて、額に指を当てた。
「周辺住民だと名乗る人から電話が入ったんだ。うちの学校の生徒が大勢でもめて、ガラの悪い外国人などもいたようだ。学校関係者なのか、その後どうなっているのかってな」

(あれを見ていた部外者がいる?あんな奥まったとこで?)

 四十万(しじま)は不思議に思うが、絶対に、どこにも他人の目がなかったのかと言われれば、そこまでの自信もない。
「お前もその場にいたんだよな?」
「……はい」
「外国人には会わなかったのか」
「会うというか、戻る直前にちらっと見かけた程度です」

 これも

言っていない。
 あの外国人が出張ってきてから、すぐに学校に戻ったのだから。

「そうか……。ほかに言い忘れたことはないか?」
「申し訳ありません。僕は一足先に校内に戻ったので、お話した以上のことは……。そのあとのことは、本人に直接お聞きになったほうが」
 教師と四十万(しじま)の視線が、同時に五百木(いおき)に向けられる。
「聞いてるんだけどなぁ……」
 「ほとほと手を焼いている」という顔で、教師が再び腕を組んで天井を見上げた。
 
(ここはひとつ、点数稼ぎをしておくか)

 従兄弟(いとこ)がだんまりを決め込んでいるということは、言えないことがあるのだろう。
 自分はいっさい外人には関わっていないし……。

(つつ)かれて困ることは何もないな。……よし)

 四十万(しじま)は、さも迷っていますという顔を作って、首を傾けた。
「そう、ですねぇ。……ホントに僕は何も見ていないし、確証のないことを言うべきではないのでしょうけれど……」
「ん?」
 尋ね顔をする教師に、四十万(しじま)は内心でニヤリと笑う。

(チャンス)

五百木(いおき)君は普段から、バタフライナイフを持ち歩いているから」
 
 これは、多くの三年が知っている事実だ。
 実際に使ったりはしていないようだが、「ナイフを常備しているヤバいヤツ」という評判は、あちこちから聞いている。
 今も持っているに違いない。
 ここで手荷物検査でもしてくれれば、従兄弟(いとこ)の評判は、さらに地に落ちるだろう。

「ナイフ?」
 教師はうつむいたままの五百木(いおき)を、じっと見つめた。
「そんな話は夏苅(なつがり)からも東雲(しののめ)からも、周辺の人からも出ていないがなぁ」
「え。……そう、なんですか」
 瞬きを繰り返して、四十万(しじま)は口を閉じる。
 
 てっきり、従兄弟(いとこ)がナイフを振り回すなりなんなり、見逃せない暴れ方をしたのだと思ったのに。
 通報レベルの危険行為がなかったというのなら、なぜ、周辺住民から学校に連絡が入ったのだろう。
 何の目的で、自分まで指導室に呼ばれたのか。
 
 四十万(しじま)の尻が、落ち着かない様子でもぞりと動いた、そのとき。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み