蒼玉の秘密

文字数 2,769文字

 (あきら)によって駆逐された握り飯を補充するために、いったん厨房へと下がっていく元顕(もとあき)を見送ってから。
「はぁ~、つっかれた。……部外者がいなくなったから、もうアーユスじゃなくていいよな」
 大きなため息をついて、(しょう)は畳に大の字に寝そべった。
「疲れちゃった?」
「……まあ、ね。情けねぇけど、もう限界」
「情けなくなんかないよ。よく頑張った」
「……そうかな」
「そうさ」
 紅玉(こうぎょく)から笑顔で労わられて、(しょう)の整った眉が下がる。
「やっぱコウねえのほうが年上っぽいなぁ。……そういうたら、蒼玉(そうぎょく)っていくつなん?十一くらい?」
 握り飯を喰いつくして、仕方なしにどら焼きを手に取る(あきら)が首を(かし)げた。
「ああ、それな」
 (しょう)は寝転んだまま紅玉(こうぎょく)を見上げる。
「パっと見、(まもる)犯罪者(ロリコン)なんだけど。会話聞いてると、アイツのが年下に見えてくんだよなぁ」
「あの子は微睡(まどろみ)だったからね。ある程度、外の様子を把握してきたと思う」
「つまりそれって、その間ずっと生きていたのと同じってこと?」
 目を丸くする(えんじゅ)に、紅玉(こうぎょく)は首を横に振った。
「ずっと起きてたワケじゃないと思う。強い感情にさらされたり、アーユスの波長が合う者と出会ったときに、ぼんやりと目が覚める感じ?本当のところは、聞いてみないとわからないけれど」
「だとしても、経験値がウン百年分ってことやろ?俺らより、全然大人やんな」
「なるほどなぁ。んで、その経験値無視するとおいくつなんだよ」 
「十五か六。……多分」
「え、マジ?」
 半身起き上がった(しょう)が、ずいと紅玉(こうぎょく)に身を寄せる。

 あの幼げな蒼玉(そうぎょく)の風貌は、中学校に上がるか上がらないかくらいだと思い込んでいた。
 だからこそ、(まもる)をロリコンとからかったのに。

「最初に会ったとき、よちよち歩きはしていたんだ。だから、一つか二つだったと思う。それから……、十四年くらい、一緒にいたからね」
「それにしては小さすぎねぇ?」
「村に来てからしばらくの間、あの子は一言もしゃべらなくてね」
 戸惑いを隠せない(しょう)から、紅玉(こうぎょく)はふぃと視線を外した。
「誰の問いかけにも無反応で、体の機能に問題があるんじゃないかって言われてたんだ。それが理由で捨てられたのならば、村で世話をする筋合いはない。ごくつぶしは湖に沈めてしまえとさえ言われてね。それをアグニ・アカシャがお(いさ)めになって、あたしと一緒に面倒を見てくださったんだよ」
「コウねえと一緒?」
 首を傾ける(えんじゅ)に、紅玉(こうぎょく)が軽い笑みを浮かべる。
「すでに両親はいなかったからね。あたしたち姉妹は、アカシャに(かば)っていただいて、命拾いしたようなものだよ」
「そう、なんや……」
「そんな悲しそうな顔しなくていいよ、朱雀。結局、ゆっくりだけど話すようになって、あたしが戦士(ヴィーラ)になるころには、蒼玉(そうぎょく)も大人顔負けのアーユス使いになったから。追い出せなんて誰も言わなくなった」
「だとしても、あんな小さいってことは……。どっか具合が悪いんか?蒼玉(そうぎょく)って」
「……あの子がものを食べるのを見たことがある?」
「いや、昨日会うたばっかりだし」
(まもる)がべったりだし」
「な」
「ああ、そうなんだね。……あの子は、ほとんど食事をしないんだ」
「ウソやろ?」
「なんで?」
「は?」
 (あきら)(えんじゅ)、渉(しょう)が呆気に取られるなか、卓袱台(ちゃぶだい)に肘をついた紅玉(こうぎょく)が、遠い目になった。
「アーユスだけで言えば、蒼玉(そうぎょく)は私よりも強い。術を扱うようになった当初から、一人前のヴィーラ顔負けだった。それはもう、村の大人が怖れを感じるほどね。……私たちの父親が、村を捨てた話は聞いてる?」
 黙ってうなずく皆に、了解のまなざしを紅玉(こうぎょく)が送る。
「出ていった理由が理由だから、闇落ちしたんだという噂が絶えなくてね。そんな父を持つ、しかも母親が誰かわからない、強烈なアーユスを持つ子供。警戒した村の者は、あの子に戦士(ヴィーラ)として働くことを求め、蒼玉(そうぎょく)もよく応えた。それでも成長してさらにアーユスが強まるにつれて、忌避する村人さえ出てきた」
「もしかして、必要以上に怖がられないようにって、子供の外見を保っていたのか?」
 (しょう)の声が低くなり、(えんじゅ)の眉は曇った。
「そんなの……。ペットショップで体が大きくなると売れなくなるから、キャベツばっかり食べさせられている猫みたい」
「でも、食事制限だけで、あの姿を保てるもんやろか」 
 首を(ひね)(あきら)に、紅玉(こうぎょく)は切なげな笑みを浮かべる。
「あの子のアーユスは強いだけでなく、ちょっと特別なんだ。微睡(まどろみ)と眠りの術の違いについては?」
「そういや、聞いてねぇな」
「だね」
「忘れとった」
「簡単に言えば、光繭の中で生き死にの狭間(はざま)にいる状態になる、という感じかな」
 また途方もないことを言い出したもんだと、三人の仲間たちは顔を見合わせた。
「……仮死状態、ってこと?」
 (えんじゅ)が肩を寄せて(ささや)くが、(しょう)も無言で首を傾けるしかない。
「光繭は見たことがあるでしょう?あれは内部の空間は保ちつつ、外からの攻撃や衝撃から守ってくれる。私の眠った洞穴はどうやら移動してしまったようなんだけど、それでも辛うじて命を保てたのは、そのおかげ」
「横穴でつながってたはずだって、蒼玉(そうぎょく)が言ってたもんな」
 (しょう)のつぶやきに紅玉(こうぎょく)がうなずく。
「眠りの術は光繭の中で、呼吸を極端に絞って、体温も低く保つ。冬眠している動物の状態が一番近いかな」
「ふーん?コールドスリープみてぇなもんか」
 それを実際できるかどうかは、取りあえず置いておいて。
 仕組みは想像できた。 
微睡(まどろみ)はね、眠りよりもそれが緩いというか、外とつながりやすい。だから、もし蒼玉(そうぎょく)がそうしたいと思うなら、好きな時代で生き直せばいいと思ったんだよ。第一、微睡(まどろみ)ではこれほど……」
 考え込み、紅玉(こうぎょく)の言葉は尻つぼみになって消えていく。
「おそらく、微睡(まどろみ)でこれだけ命を保つことができる蒼玉(そうぎょく)の能力が、村にいたときには、成長を止めたのだと思う。わざとじゃないかもしれないけどね」
「わざとじゃないって?」
 (えんじゅ)の青い瞳を紅玉(こうぎょく)が見つめ返した。
「ただ、そう願っただけかもしれない。必要以上に怖がらせたくない。子供のままでいたいと思っただけなのかも。強い願いは呪となるからね」
「名前と同じように?」
「そのとおり。玄武は聡いね」
 紅玉(こうぎょく)からほめられて得意気な顔をする(しょう)を、(えんじゅ)が不服そうににらんだ。
「それって、(まもる)(あきら)から教えてもらったことじゃない。ドヤ顔うざっ」
「んだと!」
 立ち上がろうとした(しょう)紅玉(こうぎょく)が止める。
「はいはい、じゃれ合いはそこまでにして。……だから、もしかしたら」
 紅玉(こうぎょく)の目が縁側の向こうに投げられたが、その瞳はもっと、遥か彼方を見ているようだった。

(ここに長くいることができるのなら、あの子は年相応の外見になるのかもしれない。……白虎のために)

 その胸に何を思ったのか。
 完全にアーユスを遮断して、なんの感情も伝わってこなくなった紅玉(こうぎょく)の横顔は硬く、三人はそれ以上の言葉を掛けることができなかった。
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