好餌の下に必ずあるもの-2-
文字数 1,936文字
とっぷりと暮れた街に、冬に逆戻りしたのかと思うような風が吹きすぎていく。
(寒っ……)
キャップの学生は立ち止って、羽織っていたダウンのジッパーを上げた。
(風邪のひき始めかな)
ムカムカするのは体調のせい。
責任感のない、いい加減な同期のせい。
(あいつら、こっちに丸投げしやがって)
「仕事ができるヤツほどワリを食うんだよ」とぼやいていたのは、バイト先の本社の人だ。
社員がなにを甘えたことをと思っていたが、今ならもろ手を挙げて賛成する。
(それとも、俺が
「って、ないない」
卑屈な考えを乱暴なため息で追い払うと、キャップの学生はぐっと前を向いた。
上を見てもきりがないのはわかっている。
大学に通えて、一人暮らしも許されて。
希望のゼミにも入れた自分は、順調な道を進んでいる。
サークルでは部長に推薦されるくらいなんだから、人望もあると信じたい。
そう思っていたのだが、昨日、同期のフジタと飲みに行ってから、妙に気持ちが乱れていた。
◇
「へー、すごいな」
あの派手な四人の話をフジタから聞いたときは、ただ素直に感心しただけだったけれど。
「まあ、私立だからな。そこまでじゃなくても、そこそこの家の奴らは多かったよ。毛色の変わったヤツも。もちろん、大半はオレみたいな一般人だけどさ」
「一般とか嫌味かよ。お前んとこ、両親で医者だって言ってなかった?」
「医者ったって、かたっぽ勤務医だしさ。ふつーふつー」
「……ずいぶんレベルの高いふつーだな」
「いやいや、めんどくさいもんよ?」
皮肉に気づきもしない相手に、胸がざわついてならない。
「アニキが医者になったんだから、次男なんか放っておいてくれると思うじゃん?なのにさ、大学は医学部あるとこに行け、エスカレーターでそんな大学行ったってしかたがないだろって」
――そんな大学――
その言葉に、自分の進学を喜んでくれた、両親まで馬鹿にされたような気分になった。
「まあ、パパコネクションサイコー!のヤツラがいるからなぁ。
「っ!」
呂律 が怪しくなったフジタを怒鳴りそうになって、なんとか気持ちにフタをする。
「……そういや、お前は就活どうすんの」
自制して自制して、自制して。
なんとか声を絞り出した問いに、酔いの回ったフジタのだらしない笑顔が返された。
「えー、オレぇ?そーねー。オヤジの病院によく来るMRさんが美人でさー。そこならオヤジも口利いてくれそうだからさー。エントリーシート出してー、ご活躍をお祈りされてー、またエントリーシート出してーとか、かったるいじゃん?」
「……ち」
(何がパパコネクションだよ。お前だって十分そっち側じゃないか)
苦くなった酒杯を重ねた昨晩は、どうやってフジタと別れたのかも覚えていない。
翌日、フジタはあさイチで「二日酔いだから勧誘休む」というフザケタメールを寄こした。
(はぁ?あいつ、今日のリーダーだろうがっ)
たしなめるメールを打つスマートフォンの画面に、一緒に飲んでいたときのフジタの姿がちらつく。
ジョッキを傾ける手首には、ハイブランドの時計が光っていた。
少しへたっただけで新調されるテニスシューズやラケット。
こっちは「エントリーシート出して」からやる身だと知っているくせに。
無関心の無神経だからタチが悪い。
◇
(……マジで気持ちワル)
駅へと向かう途中で、足元から寒気がはい上ってくる。
本当に風邪かもしれない。
だが、今は休めない。
内進生が多い同期は当てにならない。
(あれだけ言ったのに。結局、来なかったしな、フジタ。やっぱ俺が頑張らないとダメなんだ)
「はぁ……」
ため息をつけば、さらに体が重くなる。
(アンナヤツラ……アンナバカドモ……)
耳元で、低い声が何かをつぶやいた。
「?」
立ち止まり、辺りを見回すが誰もいない。
ふと、今日は後輩たちとお疲れ様会をやるつもりでいたのを思い出して、ポケットに手を突っ込む。
(スマホに連絡……、ないか)
取り出したスマートフォンには何の通知も来ていない。
ドタキャンしたのはこっちとはいえ、一言あってもいいのではないか。
(ちくしょう、んだよ)
心の中で毒づきながら、妙に白浮かびする街灯に照らされながら歩き続ける。
(バカにしやがって)
アスファルトに落とされた影がゆらりゆらりと、生き物のように揺れていた。
◇
ウマい瘴気 がこれでもかと満ちている。
塵芥 のごとき悪意が湧き出で、尽きることがない。
喰らって、喰らい尽くして。
昏い波動がなんと心地よいことか。
さあ、今度こそ奴を屠 って門を開けよう。
もうすぐ。
もうすぐ満ちる。
今度こそ。
(寒っ……)
キャップの学生は立ち止って、羽織っていたダウンのジッパーを上げた。
(風邪のひき始めかな)
ムカムカするのは体調のせい。
責任感のない、いい加減な同期のせい。
(あいつら、こっちに丸投げしやがって)
「仕事ができるヤツほどワリを食うんだよ」とぼやいていたのは、バイト先の本社の人だ。
社員がなにを甘えたことをと思っていたが、今ならもろ手を挙げて賛成する。
(それとも、俺が
アイツら
みたいなスペックだったら、みんな黙って従ってくれんのかな)「って、ないない」
卑屈な考えを乱暴なため息で追い払うと、キャップの学生はぐっと前を向いた。
上を見てもきりがないのはわかっている。
大学に通えて、一人暮らしも許されて。
希望のゼミにも入れた自分は、順調な道を進んでいる。
サークルでは部長に推薦されるくらいなんだから、人望もあると信じたい。
そう思っていたのだが、昨日、同期のフジタと飲みに行ってから、妙に気持ちが乱れていた。
◇
「へー、すごいな」
あの派手な四人の話をフジタから聞いたときは、ただ素直に感心しただけだったけれど。
「まあ、私立だからな。そこまでじゃなくても、そこそこの家の奴らは多かったよ。毛色の変わったヤツも。もちろん、大半はオレみたいな一般人だけどさ」
「一般とか嫌味かよ。お前んとこ、両親で医者だって言ってなかった?」
「医者ったって、かたっぽ勤務医だしさ。ふつーふつー」
「……ずいぶんレベルの高いふつーだな」
「いやいや、めんどくさいもんよ?」
皮肉に気づきもしない相手に、胸がざわついてならない。
「アニキが医者になったんだから、次男なんか放っておいてくれると思うじゃん?なのにさ、大学は医学部あるとこに行け、エスカレーターでそんな大学行ったってしかたがないだろって」
――そんな大学――
その言葉に、自分の進学を喜んでくれた、両親まで馬鹿にされたような気分になった。
「まあ、パパコネクションサイコー!のヤツラがいるからなぁ。
お遊び大学
って思われても、しかたないけど」「っ!」
「……そういや、お前は就活どうすんの」
自制して自制して、自制して。
なんとか声を絞り出した問いに、酔いの回ったフジタのだらしない笑顔が返された。
「えー、オレぇ?そーねー。オヤジの病院によく来るMRさんが美人でさー。そこならオヤジも口利いてくれそうだからさー。エントリーシート出してー、ご活躍をお祈りされてー、またエントリーシート出してーとか、かったるいじゃん?」
「……ち」
(何がパパコネクションだよ。お前だって十分そっち側じゃないか)
苦くなった酒杯を重ねた昨晩は、どうやってフジタと別れたのかも覚えていない。
翌日、フジタはあさイチで「二日酔いだから勧誘休む」というフザケタメールを寄こした。
(はぁ?あいつ、今日のリーダーだろうがっ)
たしなめるメールを打つスマートフォンの画面に、一緒に飲んでいたときのフジタの姿がちらつく。
ジョッキを傾ける手首には、ハイブランドの時計が光っていた。
少しへたっただけで新調されるテニスシューズやラケット。
こっちは「エントリーシート出して」からやる身だと知っているくせに。
無関心の無神経だからタチが悪い。
◇
(……マジで気持ちワル)
駅へと向かう途中で、足元から寒気がはい上ってくる。
本当に風邪かもしれない。
だが、今は休めない。
内進生が多い同期は当てにならない。
(あれだけ言ったのに。結局、来なかったしな、フジタ。やっぱ俺が頑張らないとダメなんだ)
「はぁ……」
ため息をつけば、さらに体が重くなる。
(アンナヤツラ……アンナバカドモ……)
耳元で、低い声が何かをつぶやいた。
「?」
立ち止まり、辺りを見回すが誰もいない。
ふと、今日は後輩たちとお疲れ様会をやるつもりでいたのを思い出して、ポケットに手を突っ込む。
(スマホに連絡……、ないか)
取り出したスマートフォンには何の通知も来ていない。
ドタキャンしたのはこっちとはいえ、一言あってもいいのではないか。
(ちくしょう、んだよ)
心の中で毒づきながら、妙に白浮かびする街灯に照らされながら歩き続ける。
(バカにしやがって)
アスファルトに落とされた影がゆらりゆらりと、生き物のように揺れていた。
◇
ウマい
喰らって、喰らい尽くして。
昏い波動がなんと心地よいことか。
さあ、今度こそ奴を
もうすぐ。
もうすぐ満ちる。
今度こそ。