逸材に出会う-3-
文字数 2,761文字
枕もとのイスに座って目を合わせると、ピジョンブラッドのルビーのような赤い瞳が儚げに揺れる。
「とくにお城が好きというわけでは、ないです。猫の城主が、話題になっていたので」
「ああ、先日も、テレビで特集が組まれていたようですね。猫がお好きなんですか?」
「嫌いではない、です」
「一番お好きなのは?」
会話を続けるための、何気ない質問だったのだが。
「ウサギです。……僕に似ているでしょう?」
なんと返答してよいのかわからず黙っていると、「鎮 くん」の口の両端が上がる。
「高梁 さんは、驚かないんですね。僕の目を見ても」
「お父様から伺っておりましたから。それに、珍しくはありますが、生物的にはある現象です。驚くほど美しい瞳をしているなと思うくらいですね」
「美しい?」
少年の首がゆるゆると傾 げられた。
「気持ち悪く、ないのですか?」
「気持ち悪い?なぜ」
今度はこちらの首が傾 く。
「生まれ持った特徴が希少だったとしても、それを理由に嫌悪を感じる価値観は、僕にはありません。もし外見を厭 わしく思うとすれば、それは表に出ている人間性によってですね」
「人間性?」
丸くなった赤い瞳は、確かにアルビノのウサギを彷彿 とさせるものだった。
「どんなに装っても、品性はその言葉、表情仕草の端々 に滲 み出るものです」
「高梁 さんは、それがすぐにわかるんですか?」
「痛い目を見ながら、学習を積み重ねている途中ですよ。それほど優れた人間ではありませんから」
「十分、だと思います」
「え?」
「十分、高梁 さんは優れた人、です」
「……なぜ、そう思うのですか?」
「言葉と心にずれがないから」
(会ったばかりなのに……)
不思議なほど断言する「鎮 くん」を、まじまじと見つめてしまう。
「僕のこと、本当に気持ち悪く、ないですか?」
「もちろん」
繰り返される質問に切なくなった。
普段はカラーコンタクトを使用していると聞いているが、そうしなくてはいけない事情は察せられる。
このくらいの年頃の同調圧力はきつい。
しかも、「和を以て貴しとなす」義務教育中では、しばしば異質は異端とされ、攻撃対象になったりもする。
そのくせ「みんなで仲良く」、などという寝ぼけたクラス目標を掲げたりする教師がいるから、子供たちの行動を歪 ませてしまうのだ。
性格の合わない奴はいる。
好きな人間がいるなら、嫌いな人間もいる。
当たり前のことだ。
だた、嫌いという
「ふふっ」
目の前の少年が小さく笑った。
「?」
「高梁 さんも、“みんな一緒の行動”が、苦手ですか?」
「……え」
確かにそのとおりだが、そんなことは言葉にはしていない。
だというのに、「鎮 くん」は何をもってそう判断したのだろう。
「特殊な外見を、同情してくれたようでしたから」
赤い瞳が寂しげに伏せられた。
「一緒にいるようになったら、きっと気がついちゃうから、言っておきます。僕はね、高梁 さん」
こんな、子供と少年の境にいるような年齢にはあるまじき、覚悟と諦めをそのなかに見て、ゆっくりと上げられる瞳に見入ってしまう。
「言葉にしない感情を視 てしまうんです。心を読む、とかじゃないんですけど」
「そう、ですか……」
その告白は、超常現象の類 だと思う。
双子の弟たちはその手の話が大好きで、「UFO・UMA」特集などは、テレビにかじりついて「わー、きゃー」と騒いで微笑ましい。
それを毒舌の妹などは、「ガキっぽい」と冷めた目で見るのだが。
自分としては、それを否定する確固たるエビデンスも持っていないのだから、「そういうこともあるかもしれない」という姿勢で臨むことにしている。
頭ごなしの否定というのは、妄信と何ら変わらないと思うからだ。
「それなら今、僕に何を“視 た”のですか?」
「みんな一緒、なんてくそくらえ」
「ぷふっ」
上品な顔立ちをした少年の辛辣な言葉に、思わず吹き出してしまった。
「そこまで思っていたつもりはなかったのですが、なるほど」
イスから立ち上がって、「秋鹿 鎮 」に一礼をする。
「実際に会ってほしいとお父様から依頼されましたが、僕が判断するためではなく、あなたのお眼鏡に僕が適 うかどうか、を見るためだったのですね」
「それは、ないかと」
「ですが、信用もできない人間に、あなたは話したりしないでしょう?」
「高梁 さんは、本当にずれないんですね。言わないことはあっても、嘘はつかない。……めんどくさいから」
「はははっ」
(この子こそ嘘はつかない。いや、そんな必要がないんだな……)
「嘘は一回つくと、さらなる嘘が必要になりますからね。そんな効率の悪いことはしたくないんです」
「高梁 さんはびっくりするほど公平な人、なんですね。父が言っていたとおり」
「お父さまが?」
「ええ。偏屈なくらい誠実だって。お世辞を言うくらいなら黙ってる人だから、ほめられたら、そのまま受け取っていいって。……僕も、そう思います」
「これはずいぶん評価されましたね。でも、嬉しく思いますよ。
細い腕には包帯のないことを確認して、右手を差し出した。
「あなたは察しが良すぎて、それ故に嫌な思いもされたでしょう。ですが、それは強力な武器だ。諸刃の剣なのかもしれませんが、上手く使わない手はない。その方法を僕と探していきましょう」
畏れるほどの能力を持つのに、今は委縮して自己肯定感の薄い人が、その殻を破ったとき。
そこにはどんな世界が広がるのか。
類 まれな逸材を、一から育て上げる高揚感に包まれながら、おずおずと伸ばされた手をしっかりと握る。
「契約成立ですね。これから、鎮
「……はい」
初めての満面の笑顔は、やっと「鎮 さん」を年相応に見せてくれた。
◇
進み始めた車列に物思いが断たれて、ハンドルを握り直す。
(あのときは可愛かったな……。そういえば)
主人の心からの笑顔など、ずいぶん見ていないことに気づいて、ため息が出る。
高校で留年をするはめになったあの事件は、一応の解決を見たけれど。
あれ以来、もともと少なかった口数はさらに減り、人が変わったように、表情を崩すことさえなくなってしまった。
それでも。
(あの子たちと出会ってからは、けっこう楽しそうにしていますね)
吸い寄せられるように主人の元に集まってきた、それぞれ事情を抱える少年たち。
切ろうと思えばいつでも断ち切れるのに、使おうと思えば、どんな手段でも使えるのに。
頼られるまま放置している主人は、言葉には出さないけれど、きっとそれなりに気に入っているのだろう。
(さて、どんな難題を持ちかけられるやら)
決意を新たにしながら、渋滞は解消しつつあると告げるカーラジオに耳を傾けて、運転を続けた。
「とくにお城が好きというわけでは、ないです。猫の城主が、話題になっていたので」
「ああ、先日も、テレビで特集が組まれていたようですね。猫がお好きなんですか?」
「嫌いではない、です」
「一番お好きなのは?」
会話を続けるための、何気ない質問だったのだが。
「ウサギです。……僕に似ているでしょう?」
なんと返答してよいのかわからず黙っていると、「
「
「お父様から伺っておりましたから。それに、珍しくはありますが、生物的にはある現象です。驚くほど美しい瞳をしているなと思うくらいですね」
「美しい?」
少年の首がゆるゆると
「気持ち悪く、ないのですか?」
「気持ち悪い?なぜ」
今度はこちらの首が
「生まれ持った特徴が希少だったとしても、それを理由に嫌悪を感じる価値観は、僕にはありません。もし外見を
「人間性?」
丸くなった赤い瞳は、確かにアルビノのウサギを
「どんなに装っても、品性はその言葉、表情仕草の
「
「痛い目を見ながら、学習を積み重ねている途中ですよ。それほど優れた人間ではありませんから」
「十分、だと思います」
「え?」
「十分、
「……なぜ、そう思うのですか?」
「言葉と心にずれがないから」
(会ったばかりなのに……)
不思議なほど断言する「
「僕のこと、本当に気持ち悪く、ないですか?」
「もちろん」
繰り返される質問に切なくなった。
普段はカラーコンタクトを使用していると聞いているが、そうしなくてはいけない事情は察せられる。
このくらいの年頃の同調圧力はきつい。
しかも、「和を以て貴しとなす」義務教育中では、しばしば異質は異端とされ、攻撃対象になったりもする。
そのくせ「みんなで仲良く」、などという寝ぼけたクラス目標を掲げたりする教師がいるから、子供たちの行動を
性格の合わない奴はいる。
好きな人間がいるなら、嫌いな人間もいる。
当たり前のことだ。
だた、嫌いという
個人の感情
で他人を評価してはいけないと、そう教えるだけでいいのに。「ふふっ」
目の前の少年が小さく笑った。
「?」
「
「……え」
確かにそのとおりだが、そんなことは言葉にはしていない。
だというのに、「
「特殊な外見を、同情してくれたようでしたから」
赤い瞳が寂しげに伏せられた。
「一緒にいるようになったら、きっと気がついちゃうから、言っておきます。僕はね、
こんな、子供と少年の境にいるような年齢にはあるまじき、覚悟と諦めをそのなかに見て、ゆっくりと上げられる瞳に見入ってしまう。
「言葉にしない感情を
「そう、ですか……」
その告白は、超常現象の
双子の弟たちはその手の話が大好きで、「UFO・UMA」特集などは、テレビにかじりついて「わー、きゃー」と騒いで微笑ましい。
それを毒舌の妹などは、「ガキっぽい」と冷めた目で見るのだが。
自分としては、それを否定する確固たるエビデンスも持っていないのだから、「そういうこともあるかもしれない」という姿勢で臨むことにしている。
頭ごなしの否定というのは、妄信と何ら変わらないと思うからだ。
「それなら今、僕に何を“
「みんな一緒、なんてくそくらえ」
「ぷふっ」
上品な顔立ちをした少年の辛辣な言葉に、思わず吹き出してしまった。
「そこまで思っていたつもりはなかったのですが、なるほど」
イスから立ち上がって、「
「実際に会ってほしいとお父様から依頼されましたが、僕が判断するためではなく、あなたのお眼鏡に僕が
「それは、ないかと」
「ですが、信用もできない人間に、あなたは話したりしないでしょう?」
「
「はははっ」
(この子こそ嘘はつかない。いや、そんな必要がないんだな……)
「嘘は一回つくと、さらなる嘘が必要になりますからね。そんな効率の悪いことはしたくないんです」
「
「お父さまが?」
「ええ。偏屈なくらい誠実だって。お世辞を言うくらいなら黙ってる人だから、ほめられたら、そのまま受け取っていいって。……僕も、そう思います」
「これはずいぶん評価されましたね。でも、嬉しく思いますよ。
あなたの
言葉ですから」細い腕には包帯のないことを確認して、右手を差し出した。
「あなたは察しが良すぎて、それ故に嫌な思いもされたでしょう。ですが、それは強力な武器だ。諸刃の剣なのかもしれませんが、上手く使わない手はない。その方法を僕と探していきましょう」
畏れるほどの能力を持つのに、今は委縮して自己肯定感の薄い人が、その殻を破ったとき。
そこにはどんな世界が広がるのか。
「契約成立ですね。これから、
さん
が僕の雇い主です。よろしくお願いいたします」「……はい」
初めての満面の笑顔は、やっと「
◇
進み始めた車列に物思いが断たれて、ハンドルを握り直す。
(あのときは可愛かったな……。そういえば)
主人の心からの笑顔など、ずいぶん見ていないことに気づいて、ため息が出る。
高校で留年をするはめになったあの事件は、一応の解決を見たけれど。
あれ以来、もともと少なかった口数はさらに減り、人が変わったように、表情を崩すことさえなくなってしまった。
それでも。
(あの子たちと出会ってからは、けっこう楽しそうにしていますね)
吸い寄せられるように主人の元に集まってきた、それぞれ事情を抱える少年たち。
切ろうと思えばいつでも断ち切れるのに、使おうと思えば、どんな手段でも使えるのに。
頼られるまま放置している主人は、言葉には出さないけれど、きっとそれなりに気に入っているのだろう。
(さて、どんな難題を持ちかけられるやら)
決意を新たにしながら、渋滞は解消しつつあると告げるカーラジオに耳を傾けて、運転を続けた。