再会-3-
文字数 3,283文字
手をつなぎ合う姉妹を見守っていた鎮 が、気まずそうに向き合っている煌 と燎 に首を向けた。
「燎 さん、これからのご予定は?」
「え?……この時間なら、ぎりの新幹線には間に合うけど」
「新幹線って、大阪に戻るん?」
「うん」
「留学してるって話は」
「あんなん嘘やで」
壁掛け時計から目を戻した燎 が、いたずらそうな笑顔になる。
「……は?」
「ウチがおったら、煌 はほんまの気持ちが言われへんやろ。下宿先を紹介したのはウチやし」
「今日はここに泊まってください。明日の日曜日、何か特別なご用事でもありますか?」
「ええの?」
「いや、秋鹿 さん。そう言うても、客間やらあれへんですやん」
「あたし達の部屋に泊まればいいよ。広いんだから」
紅玉 の提案に、煌 の口がへの字になった。
「だって、泊まる用意とかも、」
「お買い物に行けばよいのでは?鎮 、ついてきてくれるでしょう?」
「もちろん。蒼玉 の頼みならば……夕飯の買い物もできなかったからな」
低くなった鎮 の声に、びくりと肩を震わせる煌 と渉 のすぐそばで。
「わあ、嬉しい!パジャマパーティーやろか!コウちゃん、男役みたいにかっこええさかい、ウチ、襲えへんように気ぃつけな」
燎 がパチン!と手を叩いて破顔した。
「しもた……。燎 はヅカファンやった」
「パジャマパーティー?いいわねぇ~、たっのしそう~」
しかめっ面をする煌 の肩に腕を置いて、渉 は色っぽいポーズでウィンクをキメてみせる。
「女装するから、ワタシも仲間に入れてくれない?」
「え、渉 くんってオネエなん?そんなイケメンで?!めっちゃソソるやん!」
「おねえ?」
目をキラキラさせて渉 を仰ぐ燎 に、紅玉 の首が傾 いだ。
「体の構造は男性ですが、内面は女性である人のことです」
説明をする蒼玉 の声は、涼 やかを通り越して冷たい。
「クロって、そうだったの?!……気がつかなかった。案外、手練れ?」
「んなっ?!ちが、違いますぅ!」
焦って、慌てて否定する渉 に、とうとう槐 が腹を抱えて笑いだした。
「なにその顔。カッコ悪いにもほどがあるでしょっ」
「テメっ、ザケンナよ!」
「わー、こわーい」
「あ、ずりぃーぞ!この卑怯者!猫っかぶりっ」
槐 が紅玉 の背中にさっと隠れれば、地団太を踏む勢いで渉 が怒鳴る。
「はいはい、じゃれ合わない」
わいわいと騒ぐ槐 と渉 をなだめながら、紅玉 はふたりを引きはがした。
「ふふ、なっかよしやなぁ。……ええ子たちやね」
笑いながら、燎 がぽつりとつぶやく。
「これじゃあ、煌 が大阪を忘れるのもしゃあないなぁ」
「そんなこと……」
「一人ぼっちの夜が怖いて泣いとった煌 は、もうおれへんのやなあ」
「そんなん、小三以来、やってへんやろ」
赤くなった顔を隠すようにうつむいた煌 の後ろで。
隣に戻ってきた蒼玉 の手を、鎮 はぎゅっと握りしめた。
◇
食後のチーズタルトを一口食べた燎 が、ほぉとため息をつく。
「唐揚げもめっちゃおいしかったのに、ナニコレ、パティシエみたいやん。煌 、アンタいつもこんなん、食べてるん?」
「まあ……」
「そっかぁ。せやったら、おふくろの味も恋しなれへんよなぁ」
寂しそうに笑う燎 の手から離れたフォークが皿に当たり、カランと音を立てた。
「あ、かんにんな、行儀の悪いことしてもうて……。なんやろ、まだこんな時間やのに、眠い……」
「ずっと正門で待っていらっしゃったんでしょう?」
左隣に座る蒼玉 が、燎 の手をすくい上げるように握る。
「疲れていて当たり前だよ。部屋に案内するから、ゆっくりお休み」
右隣の紅玉 に頬をなでられて、燎 の口元がふわりと緩んだ。
「うん、そっか。ウチは疲れとったんやな……」
紅玉 に手を引かれた燎 は、覚束ない足取りで立ち上がる。
「煌 は幸せにやっとったんやな。ウチはもう、必要あれへんのや」
「ねえちゃ、……!」
立ち上がろうとした煌 の肩を、鎮 がぐっと押えた。
『お前は会うつもりもなかったんだろう』
その場にいる全員に届く強さで伝えられたアーユスに、煌 は肩を落としてうつむく。
『覚悟がないなら、ふたりに任せておけ』
「……ホント、王子サマみてぇだな」
燎 をお姫様抱っこした紅玉 を先導して、蒼玉 は静かにドアを開けた。
「オレよりかっけぇじゃん」
「どうして眠らせたんだろうね」
ため息をついて見送る渉 の隣で、ケーキ皿を片付ける槐 が首を傾 げている。
「眠らせた?」
「あれ?渉 はアーユス感じなかった?結構はっきりと、燎 さんに流してたけど。ソ……、チャンドラが手を握ってたとき」
「えぇ~。まじかよ。槐 ですらわかってんのに、オレだけ?」
今まで、必要とした分野で他人に後れを取ったことなどないのに。
どうしてこんなに手も足も出ないのか。
しかも、きっかけさえもつかめずにいるなんて。
「なんで、そないにでけへんのやろうな。あないにコウ姉から教わってるのに、さすがに可哀そうになってくるで」
心底不思議そうにする煌 に、渉 は両手で顔を覆った。
「煌 から憐れまれるなんて、なんか割り切れねぇ~。オマエってば、どんな訓練受けてたのよ。んで、どんくらいでできるようになった?」
「う~ん」
指の間から目を上げる渉 を眺めながら、煌 は腕を組む。
「最初は祝詞 を教わるくらい、やったなぁ。意味もわかれへんかったけど、唱えてると気持ちが凪 ぐさかい、お守りみたいにしとった。秋鹿 さんに言われるまんま繰り返しとったさかい、術を発動させてる意識はなかったで」
「ふーぅぅん。そもそも、なんでそんな関係になったのよ。鎮 が自分からひけらかすとか、ねぇだろ?」
「そりゃそうや。秋鹿 さんが偶然……」
煌 がちらりと目をやると、鎮 が自分のへその下に手を当ててみせた。
『煌 なら、もうできるんじゃないか』
鎮 のアーユスが一瞬、仲間達に過去視を送る。
「わ、中学生の鎮 と煌 ?ガクランなんだ。なんか、鎮 もひねてなくて可愛い感じ?。煌 ちっさ!えええ~、鎮 の半分くらいしかないじゃん」
「そら言い過ぎやろ」
「でも、マジで小せぇじゃん。小学生に見えるわ」
「……そらよう言われとったな」
「へぇ。鎮 、本当に髪を黒くしてたんだ。別人みたい。……隠してたんだね……」
脳内の友人の姿に、槐 は眉を曇らせた。
「できるやろか……」
不安そうな煌 の小指に鎮 の小指が絡 まると、また別の過去視が槐 と渉 の頭に映し出されていく。
「必ずそっちに行きます。秋鹿 さんと同じ高校に、必ず受かります!」
鎮 の背を追い越した煌 が、小指を差し出しながらずいっと迫っていた。
「……今の成績のままだと難しいぞ」
「がんばります!」
淡く笑う鎮 の目の前に、煌 は小指を掲げる。
「ひとりでも、ちゃんと勉強するし。あの……」
「信じるよ」
「……はい!」
鎮 から“指切り”をしてもらった、まだ幼い煌 の口元が、それは嬉しそうにほころんでいった。
繋 いだ小指に目を落とした鎮 がふっと笑う。
「煌 は、できない約束はしないからな」
「だいぶ頑張ったで。絶対、大阪から出たかったさかい」
鎮 がぐっと小指に力を入れると、稀鸞 から継いだ煌 の腕輪がぼうっと光り始めた。
『パドマを意識しろ』
鎮 のアーユスに合わせ、煌 が目を閉じて深呼吸をする。
「オン・アビラウンケン・バサラ・ダト・バン」
鎮 の唱える大日如来のマントラを聞いた煌 が、さらに深く息を吸った。
「オン・アラタンナ・サンババ・タラク。与願印 を結びながら復唱を」※1
小指の拘束を解かれた煌 は、右手の平を外に向け指先を下に向ける。
「オン・アラタンナ・サンババ・タラク」
目を閉じ、煌 はゆったりと鎮 のマントラをトレースした。
「あ!……わぁ」
「なに」
「え、渉 には見えてないの?」
「何が」
不機嫌な渉 の手を、槐 が力を込めて握る。
「あっ」
その体温を感じるのと同時に、煌 の腹から喉に向かって光の花が咲いていく様子が、渉 にもはっきりと認識できた。
「な、これ、オマエには見えてんの?」
「……どうして、渉 には見えないんだろう……」
いつになく低い槐 の声が、渉 の耳に張りつく。
(そんなの、オレが知りてぇよ)
不安が言葉となって零れ落ちる前に、煌 が見せる過去視が渉 の意識をさらっていった。
※1宝生如来 マントラ 方位は南
「
「え?……この時間なら、ぎりの新幹線には間に合うけど」
「新幹線って、大阪に戻るん?」
「うん」
「留学してるって話は」
「あんなん嘘やで」
壁掛け時計から目を戻した
「……は?」
「ウチがおったら、
「今日はここに泊まってください。明日の日曜日、何か特別なご用事でもありますか?」
「ええの?」
「いや、
「あたし達の部屋に泊まればいいよ。広いんだから」
「だって、泊まる用意とかも、」
「お買い物に行けばよいのでは?
「もちろん。
低くなった
「わあ、嬉しい!パジャマパーティーやろか!コウちゃん、男役みたいにかっこええさかい、ウチ、襲えへんように気ぃつけな」
「しもた……。
「パジャマパーティー?いいわねぇ~、たっのしそう~」
しかめっ面をする
「女装するから、ワタシも仲間に入れてくれない?」
「え、
「おねえ?」
目をキラキラさせて
「体の構造は男性ですが、内面は女性である人のことです」
説明をする
「クロって、そうだったの?!……気がつかなかった。案外、手練れ?」
「んなっ?!ちが、違いますぅ!」
焦って、慌てて否定する
「なにその顔。カッコ悪いにもほどがあるでしょっ」
「テメっ、ザケンナよ!」
「わー、こわーい」
「あ、ずりぃーぞ!この卑怯者!猫っかぶりっ」
「はいはい、じゃれ合わない」
わいわいと騒ぐ
「ふふ、なっかよしやなぁ。……ええ子たちやね」
笑いながら、
「これじゃあ、
「そんなこと……」
「一人ぼっちの夜が怖いて泣いとった
「そんなん、小三以来、やってへんやろ」
赤くなった顔を隠すようにうつむいた
隣に戻ってきた
◇
食後のチーズタルトを一口食べた
「唐揚げもめっちゃおいしかったのに、ナニコレ、パティシエみたいやん。
「まあ……」
「そっかぁ。せやったら、おふくろの味も恋しなれへんよなぁ」
寂しそうに笑う
「あ、かんにんな、行儀の悪いことしてもうて……。なんやろ、まだこんな時間やのに、眠い……」
「ずっと正門で待っていらっしゃったんでしょう?」
左隣に座る
「疲れていて当たり前だよ。部屋に案内するから、ゆっくりお休み」
右隣の
「うん、そっか。ウチは疲れとったんやな……」
「
「ねえちゃ、……!」
立ち上がろうとした
『お前は会うつもりもなかったんだろう』
その場にいる全員に届く強さで伝えられたアーユスに、
『覚悟がないなら、ふたりに任せておけ』
「……ホント、王子サマみてぇだな」
「オレよりかっけぇじゃん」
「どうして眠らせたんだろうね」
ため息をついて見送る
「眠らせた?」
「あれ?
「えぇ~。まじかよ。
今まで、必要とした分野で他人に後れを取ったことなどないのに。
どうしてこんなに手も足も出ないのか。
しかも、きっかけさえもつかめずにいるなんて。
「なんで、そないにでけへんのやろうな。あないにコウ姉から教わってるのに、さすがに可哀そうになってくるで」
心底不思議そうにする
「
「う~ん」
指の間から目を上げる
「最初は
「ふーぅぅん。そもそも、なんでそんな関係になったのよ。
「そりゃそうや。
『
「わ、中学生の
「そら言い過ぎやろ」
「でも、マジで小せぇじゃん。小学生に見えるわ」
「……そらよう言われとったな」
「へぇ。
脳内の友人の姿に、
「できるやろか……」
不安そうな
「必ずそっちに行きます。
「……今の成績のままだと難しいぞ」
「がんばります!」
淡く笑う
「ひとりでも、ちゃんと勉強するし。あの……」
「信じるよ」
「……はい!」
「
「だいぶ頑張ったで。絶対、大阪から出たかったさかい」
『パドマを意識しろ』
「オン・アビラウンケン・バサラ・ダト・バン」
「オン・アラタンナ・サンババ・タラク。
小指の拘束を解かれた
「オン・アラタンナ・サンババ・タラク」
目を閉じ、
「あ!……わぁ」
「なに」
「え、
「何が」
不機嫌な
「あっ」
その体温を感じるのと同時に、
「な、これ、オマエには見えてんの?」
「……どうして、
いつになく低い
(そんなの、オレが知りてぇよ)
不安が言葉となって零れ落ちる前に、
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