姉妹の決断-2-

文字数 3,397文字

 (ウダカ)の村が焼け崩れていく音を背に、太陽(スーリヤ)と若武者は体を離して、もう一度見つめ合った。
蒼玉(そうぎょく)のことは、俺が責任を持とう」
「どうか、わたしのことは”チャンドラ”と」
 太陽(スーリヤ)ばかり見ていた若武者が、はっとした表情で蒼玉(そうぎょく)を振り返る。
駿河(するが)様は身内ではありません。気軽に真名を呼ばないでください」
「家族のようなものじゃないか」
 若武者は革手袋をはめた大きな手を、生真面目な顔を崩さない少女の頭に置いた。
義兄(あに)と呼んでくれていいのだぞ」
「スーリヤが添わないのならば他人です。わたしの家族は姉上だけです」
顕香(あきか)の家は分家だから、得宗家ほど(うるさ)くはない。甘縄(かんなわ)殿だって、蒼玉(そうぎょく)を養女にしたいと、あれほどおっしゃっているじゃない」
 太陽(スーリヤ)が腕を伸ばして、蒼玉(そうぎょく)の小さな体を胸に閉じ込める。
「父上は、お前たち姉妹をたいそう気に入っている。“宝玉が我が家の娘となるならば、なんとめでたいことだろうか”とな」
「……気に入られているのは姉上だけです」
「そんなことはないよ。それに、蒼玉(そうぎょく)を天涯孤独の身にしたくはない」
「わたしは置いていかれるつもりはありません。姉上」
 蒼玉(そうぎょく)はキリっとした瞳で太陽(スーリヤ)を見上げた。
「わたしも眠ります。その間に、この身のアーユスも回復するでしょう」
蒼玉(そうぎょく)……」
 (なだ)めるように、太陽(スーリヤ)は妹の頬に片手を添える。
「しばらくはアンデラのいない世界になる。蒼玉(そうぎょく)は普通の娘として暮らせばいい。”月並みな人の幸せ”というものを、手にしてほしい」
 蒼玉(そうぎょく)はふるふると首を横に振って、太陽(スーリヤ)の手をぎゅっと握りしめた。
「赤ん坊のころに捨てられたわたしを、妹だとおっしゃってくださった。育てて、守ってくださった。紅玉(こうぎょく)姉上。あなたがわたしの唯一の家族。姉上で、母上です。素性もはっきりしない子供を……」
「妹は妹だ。証拠もある」
 蒼玉(そうぎょく)の首に掛けられた革ひもを引っ張り上げて。
 太陽(スーリヤ)紅玉(こうぎょく)は、そこに下がるふたつの勾玉(まがたま)を揺らした。
 白と淡緑が混じる石と、夕焼けを閉じ込めたような石。
 ふたつの勾玉(まがたま)が、村を飲み込んでいく炎に染め上げられている。
「今回も、この首飾りは無事だったんだね。あれだけの攻撃を受けて」
 革ひもをなぞった紅玉(こうぎょく)の手のひらが、ふたつの勾玉(まがたま)を握りしめた。
「この翡翠(ひすい)赤瑪瑙(あかめのう)は、先代グール―の婚礼の品なんだよ。天空(アカシャ)もそうお認めになったでしょう?あたしたちの父親はね、蒼玉(そうぎょく)。何度も話したけれど、何も持たず、グールーの腕輪さえ置いて、この勾玉(まがたま)だけを持って村を出ていった」
 蒼玉(そうぎょく)は瞬きもせずに、微笑みかける紅玉(こうぎょく)を見つめるばかりだった。


「……あ」
「あ?なんだよ」
 短い声を上げた(あきら)に、(しょう)がすかさず反応する。
「あ、いや。……勾玉(まがたま)なんて、……珍しいやろ」
 (あきら)は顔を隠すように体を傾け、口の端に力を入れる顔を作った。

(あ、これもう話してくれないヤツだな)

 不自然な距離の取り方は、アーユスが漏れるのを心配したのだろう。

(オレはまだそんなに扱えてないのを、わかってるクセに)

 それでもその態度かと、(しょう)が横目で眺めていると。
 (あきら)の視線が一瞬だけ(まもる)に向いた。

(やっぱ、(まもる)関係か)
 
 納得するのと同時に強い視線を感じて。
 振り向けば、尋ね顔をした蒼玉(そうぎょく)(しょう)を凝視している。
「ふふっ。本当に、玄武様は知りたがり屋さんですね。……あら」
 ヘーゼルの瞳が不機嫌に細められたのを見て、蒼玉(そうぎょく)はとうとうクスクスと笑い始めた。
「アーユスを読んだのではありませんよ。(まもる)から聞いているのです」
蒼玉(そうぎょく)
 再び口を(ふさ)ごうとした(まもる)の手を、蒼玉(そうぎょく)が空中でとらえて握りしめる。
「わたしが悪者になってしまいますよ?」
 すねた目をする蒼玉(そうぎょく)に、(まもる)は降参とばかりのため息を漏らした。
蒼玉(そうぎょく)の望みのままに。……お前たちのことは、ずっと話してたんだ。全部」
「僕たちのことって……、どんなふうに?」
 笑みを深めた蒼玉(そうぎょく)が、(えんじゅ)に向かって唇に人差し指を立ててみせる。
「それは(まもる)とわたしの秘密です。ただ、それでわたしは知ったのです」
「なにを?」
(まもる)がここに招いてもよいと思えるほど、信頼している方たちなのだと。そして、実際に()てわかったのです」
「僕たちを?」
「はい。最初にいらしたお正月にお会いしています」
「……あ!小径(こみち)を出たとこにいたノウサギ?」
「あれはワタクシですよ」
「え」
 固まった(えんじゅ)を見下ろした月兎(げつと)は、得意そうにそのヒゲを動かした。
「ビャッコ様の血をお借りして、特別に出していただいたのです。ワタクシもこの目で見ておきたかったので。まあ、どうやら

ないようでしたから、見逃しましたけれど」
「へ、へぇ~」
「見逃していただいてアリガトウ」
 キラリと光る大ウサギの瞳を前に、(えんじゅ)(しょう)の顔が引きつる。
「ほな、蒼玉(そうぎょく)はどこで俺らと会うてん?」
「オマエ、すげぇな」
 月兎(げつと)の圧にも動じない(あきら)に賞賛を送り、(しょう)はイスに座り直した。
「ほかにそれっぽい動物や鳥はいなかったし」
「わたしは(まもる)でした」
「は?」
 片眉を上げる(しょう)にひとつ微笑んで、蒼玉(そうぎょく)(まもる)を見上げる。
「……いい?」
「もちろん。蒼玉(そうぎょく)の望みなら」
 (まもる)はシャツの中に手を入れると、革ひもを引っ張り出した。
「あ、それって!」
 (えんじゅ)が声を上げるのも無理はない。
 今さっき、蒼玉(そうぎょく)()せた勾玉(まがたま)の首飾りが、その指にかけられていたのだから。
(あきら)、オマエあれ知ってたんだな」
 (しょう)の低い声に、しぶしぶと(あきら)はうなずく。
「大阪で世話になったときに見てん。……秋鹿(あいか)さん、風呂のときも外せへんさかい」
『白虎を守護するために渡したのか、(チャンドラ)
「はい。(まもる)は感能力が高く、幼いころより危険な目に遭うことが多かったのです。それまで守っていらっしゃったお母さまがお亡くなりになってからは、特に」
「ワタクシが(あるじ)より預かり、お運びしたのです。驚いたビャッコ様はお可愛らしかったですねぇ」
「だって、月兎(げつと)はあのときムカデだったから」
「あのあと、ちゃんと(ほふ)ったではありませんか。ビャッコ様に悪さをしないように」
「それにもびっくりしたよ。急に燃えたから」
「聞いていないわ、月兎(げつと)
「はっ!」
 「しまった」という顔をした月兎(げつと)の耳が、ペシャリと下がった。
「でも(あるじ)、でもですね。ほかに適当な生き物が、そのときいなくてですね」
「言い訳は聞かない。あなたならカヤネズミでもリスでも呼べたでしょう。あのとき、(まもる)はまだ5歳だったのに……。刺されでもしたら、どうするつもりだったの。そんな半端な仕事をするなら、次からは(つか)わない」
(あるじ)ぃ~」
「許してあげて、蒼玉(そうぎょく)
「でも、怖かったでしょう?」
「驚いただけだよ。いきなりムカデが話しかけてきたんだから」
 蒼玉(そうぎょく)がため息をつきながら月兎(げつと)をにらむ。
「次はない。今度やったら消す」
「……ぎょ、御意」
 月兎(げつと)の耳は下がったまま、プルプルと震えていた。
「たくさん助けてもらったし、俺は月兎(げつと)に感謝してるよ」
「ビャッコ様っ」
(まもる)に免じて許します」
 感激に潤む白ウサギの目を見ても、蒼玉(そうぎょく)の声はなお厳しい。
「はいっ」
「いっそうお守りするように」
「はい!喜んで!!」
 月兎(げつと)の威勢のいい返事を聞いて、やっと蒼玉(そうぎょく)の表情が緩んだ。
「け、消すとか……」
「ヤベェ」
「そうやな、(しょう)(まもる)のこと”ロリコン”呼ばわりしてたしな」
「……(あきら)
「いや、ちゃいますよ!俺は思てへんで」
 焦りながら両手をブンブン振る(あきら)の陰で、(えんじゅ)(しょう)は顔を見合わす。
「僕たちも消されちゃう……?」
「ヤベェ」
「そんなことはいたしませんよ。みなさんは、(まもる)の大切なお友だちですから」
「マジで?」
「知りたいことは解決なさいましたか?ご自分が悪者になっても、友人を守ろうとなさる玄武様」
 軽いノリの笑顔を作った(しょう)は、そのまま動きを止めた。
「……は?」
 今度こそ何かを読まれたのかと、(しょう)の目つきが鋭くなるが。
(まもる)がそう言っておりましたから」
「はぁ?!んなわけねぇ」
 だろ、と仲間に目を向ければ、(えんじゅ)(あきら)も、明後日のほうを向いて目をそらしている。
「バレてないって、本気で?」
 顔をそむけたまま、(えんじゅ)は声を震わせた。
「オレはそんな偽善者じゃねぇぞ」
「人はみんなそうだ。良くも悪くもある。そこに特別はなくて、すべてが特別だ」
「……アーユスがもっと使えるようになったら、(まもる)の言ってることって、わかるようになんの?……オマエらわかった?」
「なんとなく?みんな違ってみんないい、じゃない?」
(えんじゅ)はみすずの生まれ変わりかよっ」
 もごもごと黙り込んでしまった(しょう)に、仲間たちの生温かい視線が送られた。
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