水の村が焼け崩れていく音を背に、
太陽と若武者は体を離して、もう一度見つめ合った。
「
蒼玉のことは、俺が責任を持とう」
「どうか、わたしのことは”チャンドラ”と」
太陽ばかり見ていた若武者が、はっとした表情で
蒼玉を振り返る。
「
駿河様は身内ではありません。気軽に真名を呼ばないでください」
「家族のようなものじゃないか」
若武者は革手袋をはめた大きな手を、生真面目な顔を崩さない少女の頭に置いた。
「
義兄と呼んでくれていいのだぞ」
「スーリヤが添わないのならば他人です。わたしの家族は姉上だけです」
「
顕香の家は分家だから、得宗家ほど
煩くはない。
甘縄殿だって、
蒼玉を養女にしたいと、あれほどおっしゃっているじゃない」
太陽が腕を伸ばして、
蒼玉の小さな体を胸に閉じ込める。
「父上は、お前たち姉妹をたいそう気に入っている。“宝玉が我が家の娘となるならば、なんとめでたいことだろうか”とな」
「……気に入られているのは姉上だけです」
「そんなことはないよ。それに、
蒼玉を天涯孤独の身にしたくはない」
「わたしは置いていかれるつもりはありません。姉上」
蒼玉はキリっとした瞳で
太陽を見上げた。
「わたしも眠ります。その間に、この身のアーユスも回復するでしょう」
「
蒼玉……」
宥めるように、
太陽は妹の頬に片手を添える。
「しばらくはアンデラのいない世界になる。
蒼玉は普通の娘として暮らせばいい。”月並みな人の幸せ”というものを、手にしてほしい」
蒼玉はふるふると首を横に振って、
太陽の手をぎゅっと握りしめた。
「赤ん坊のころに捨てられたわたしを、妹だとおっしゃってくださった。育てて、守ってくださった。
紅玉姉上。あなたがわたしの唯一の家族。姉上で、母上です。素性もはっきりしない子供を……」
「妹は妹だ。証拠もある」
蒼玉の首に掛けられた革ひもを引っ張り上げて。
太陽・
紅玉は、そこに下がるふたつの
勾玉を揺らした。
白と淡緑が混じる石と、夕焼けを閉じ込めたような石。
ふたつの
勾玉が、村を飲み込んでいく炎に染め上げられている。
「今回も、この首飾りは無事だったんだね。あれだけの攻撃を受けて」
革ひもをなぞった
紅玉の手のひらが、ふたつの
勾玉を握りしめた。
「この
翡翠と
赤瑪瑙は、先代グール―の婚礼の品なんだよ。
天空もそうお認めになったでしょう?あたしたちの父親はね、
蒼玉。何度も話したけれど、何も持たず、グールーの腕輪さえ置いて、この
勾玉だけを持って村を出ていった」
蒼玉は瞬きもせずに、微笑みかける
紅玉を見つめるばかりだった。
◇
「……あ」
「あ?なんだよ」
短い声を上げた
煌に、
渉がすかさず反応する。
「あ、いや。……
勾玉なんて、……珍しいやろ」
煌は顔を隠すように体を傾け、口の端に力を入れる顔を作った。
(あ、これもう話してくれないヤツだな)
不自然な距離の取り方は、アーユスが漏れるのを心配したのだろう。
(オレはまだそんなに扱えてないのを、わかってるクセに)
それでもその態度かと、
渉が横目で眺めていると。
煌の視線が一瞬だけ
鎮に向いた。
(やっぱ、
鎮関係か)
納得するのと同時に強い視線を感じて。
振り向けば、尋ね顔をした
蒼玉が
渉を凝視している。
「ふふっ。本当に、玄武様は知りたがり屋さんですね。……あら」
ヘーゼルの瞳が不機嫌に細められたのを見て、
蒼玉はとうとうクスクスと笑い始めた。
「アーユスを読んだのではありませんよ。
鎮から聞いているのです」
「
蒼玉」
再び口を
塞ごうとした
鎮の手を、
蒼玉が空中でとらえて握りしめる。
「わたしが悪者になってしまいますよ?」
すねた目をする
蒼玉に、
鎮は降参とばかりのため息を漏らした。
「
蒼玉の望みのままに。……お前たちのことは、ずっと話してたんだ。全部」
「僕たちのことって……、どんなふうに?」
笑みを深めた
蒼玉が、
槐に向かって唇に人差し指を立ててみせる。
「それは
鎮とわたしの秘密です。ただ、それでわたしは知ったのです」
「なにを?」
「
鎮がここに招いてもよいと思えるほど、信頼している方たちなのだと。そして、実際に
視てわかったのです」
「僕たちを?」
「はい。最初にいらしたお正月にお会いしています」
「……あ!
小径を出たとこにいたノウサギ?」
「あれはワタクシですよ」
「え」
固まった
槐を見下ろした
月兎は、得意そうにそのヒゲを動かした。
「ビャッコ様の血をお借りして、特別に出していただいたのです。ワタクシもこの目で見ておきたかったので。まあ、どうやら
敵では
ないようでしたから、見逃しましたけれど」
「へ、へぇ~」
「見逃していただいてアリガトウ」
キラリと光る大ウサギの瞳を前に、
槐と
渉の顔が引きつる。
「ほな、
蒼玉はどこで俺らと会うてん?」
「オマエ、すげぇな」
月兎の圧にも動じない
煌に賞賛を送り、
渉はイスに座り直した。
「ほかにそれっぽい動物や鳥はいなかったし」
「わたしは
鎮でした」
「は?」
片眉を上げる
渉にひとつ微笑んで、
蒼玉は
鎮を見上げる。
「……いい?」
「もちろん。
蒼玉の望みなら」
鎮はシャツの中に手を入れると、革ひもを引っ張り出した。
「あ、それって!」
槐が声を上げるのも無理はない。
今さっき、
蒼玉が
視せた
勾玉の首飾りが、その指にかけられていたのだから。
「
煌、オマエあれ知ってたんだな」
渉の低い声に、しぶしぶと
煌はうなずく。
「大阪で世話になったときに見てん。……
秋鹿さん、風呂のときも外せへんさかい」
『白虎を守護するために渡したのか、
月』
「はい。
鎮は感能力が高く、幼いころより危険な目に遭うことが多かったのです。それまで守っていらっしゃったお母さまがお亡くなりになってからは、特に」
「ワタクシが
主より預かり、お運びしたのです。驚いたビャッコ様はお可愛らしかったですねぇ」
「だって、
月兎はあのときムカデだったから」
「あのあと、ちゃんと
屠ったではありませんか。ビャッコ様に悪さをしないように」
「それにもびっくりしたよ。急に燃えたから」
「聞いていないわ、
月兎」
「はっ!」
「しまった」という顔をした
月兎の耳が、ペシャリと下がった。
「でも
主、でもですね。ほかに適当な生き物が、そのときいなくてですね」
「言い訳は聞かない。あなたならカヤネズミでもリスでも呼べたでしょう。あのとき、
鎮はまだ5歳だったのに……。刺されでもしたら、どうするつもりだったの。そんな半端な仕事をするなら、次からは
遣わない」
「
主ぃ~」
「許してあげて、
蒼玉」
「でも、怖かったでしょう?」
「驚いただけだよ。いきなりムカデが話しかけてきたんだから」
蒼玉がため息をつきながら
月兎をにらむ。
「次はない。今度やったら消す」
「……ぎょ、御意」
月兎の耳は下がったまま、プルプルと震えていた。
「たくさん助けてもらったし、俺は
月兎に感謝してるよ」
「ビャッコ様っ」
「
鎮に免じて許します」
感激に潤む白ウサギの目を見ても、
蒼玉の声はなお厳しい。
「はいっ」
「いっそうお守りするように」
「はい!喜んで!!」
月兎の威勢のいい返事を聞いて、やっと
蒼玉の表情が緩んだ。
「け、消すとか……」
「ヤベェ」
「そうやな、
渉は
鎮のこと”ロリコン”呼ばわりしてたしな」
「……
煌」
「いや、ちゃいますよ!俺は思てへんで」
焦りながら両手をブンブン振る
煌の陰で、
槐と
渉は顔を見合わす。
「僕たちも消されちゃう……?」
「ヤベェ」
「そんなことはいたしませんよ。みなさんは、
鎮の大切なお友だちですから」
「マジで?」
「知りたいことは解決なさいましたか?ご自分が悪者になっても、友人を守ろうとなさる玄武様」
軽いノリの笑顔を作った
渉は、そのまま動きを止めた。
「……は?」
今度こそ何かを読まれたのかと、
渉の目つきが鋭くなるが。
「
鎮がそう言っておりましたから」
「はぁ?!んなわけねぇ」
だろ、と仲間に目を向ければ、
槐も
煌も、明後日のほうを向いて目をそらしている。
「バレてないって、本気で?」
顔をそむけたまま、
槐は声を震わせた。
「オレはそんな偽善者じゃねぇぞ」
「人はみんなそうだ。良くも悪くもある。そこに特別はなくて、すべてが特別だ」
「……アーユスがもっと使えるようになったら、
鎮の言ってることって、わかるようになんの?……オマエらわかった?」
「なんとなく?みんな違ってみんないい、じゃない?」
「
槐はみすずの生まれ変わりかよっ」
もごもごと黙り込んでしまった
渉に、仲間たちの生温かい視線が送られた。