第187話 忘れない

文字数 553文字

 それは私が二十歳の時のことだった。 
 母が急死した。心不全だったが前兆がなく、近くの友人の家に遊びに行った帰り苦しくなった。電話をもらい、私は迎えに行った。
 家まで、もう少しなのに歩けなくなって救急車を呼んだ。


 それから後のことは夢の中での出来事のよう。


 周りの人たちが皆優しかった。
 遠い田舎の、父の兄と妹がやってきた。新幹線は走っていない時代。その伯父と叔母に会ったのは2度目だ。
 おばさんはよく動いてくれた。はっきりは覚えていないのだが、私が茶を入れようとすると、いいから座ってな、と気を遣ってくれた。

 それに比べて伯父はひどかった。ひどかったからいまだに覚えている。
 明日は告別式、母との別れの夜に、伯父は酒に酔いつぶれた。
 あの頃はまだ父はしっかりしていた。
 叔母はそんな伯父に慣れているようだった。 

 通夜の場で酔い潰れる。
 なんなのこの伯父さん! 
 来なければいいのに。来させなければいいのに。
 家族は想像しなかったの? この醜態を?
 通夜の夜にはらわたが煮えくり返った。

 叔母がなんとか寝かしつけたのだろう。 
 
  
 朝が来た。
 その朝、私は……
 それは母の告別式の朝ですよ。

 他所から借りてきて、積み重ねてあった座布団に……
 伯父はトイレと間違えて、やったのだ。


【お題】 さよならの前夜
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